私、フー・マンチューを観る
尻の痛みをこらえつつ、忍者が入場。
そして誰もチェックしていなかった対戦相手が、入場してきた。
試合開始とは違う、楽器としての銅鑼が激しく打ち鳴らされる。爆竹が弾けた。辺りは硝煙の匂いに包まれる。大勢で操作する、金の龍が二頭。試合場内を飛び交った。
インチキくさいラーメン・ミュージックが奏でられる。そして焚かれたスモークの中から、正に怪人が現れた。
長身である。
ナイスバディである。
美貌は豪華絢爛を絵に描いたかのようだ。………と思う。
何故『と思う』としたか?
それは彼女が真っ黒な丸眼鏡………サングラスをしていたからだ。
頬から作り物のドジョウひげが伸びていたからだ。
中国服の袖口に両手を突っ込み、『謝々』のポーズをしているからだ。
中国帽の彼女をズバリと評するならば、怪人としか言いようがなかったからだ。
彼女は名乗った。
「秘密のフー・マンチュー博士よ」
「嘘つけ、お前姐さんだろ」
忍者が鋭くツッコむ。
「ノーノーノー、ワタシ国家転覆をねらう悪の秘密結社を束ねる、フー・マンチュー博士あるね」
どう見ても、『天才悪魔』の方である。フー・マンチュー博士と天才悪魔フー・マンチュー。どれだけの落差があるか? 気になった方は、ウィッキーさんことウィキペデイア、あるいはグーグル先生などに訊いてみるとよろしいかと思う。
「なぁ、姐さん………」
忍者は隙なく言う。
「………フー・マンチューって何さ?」
「お嬢、あなたドクター・フー・マンチューも知らないの?」
「当てずっぽうで言うけどな、姐さん。今の若い衆はフー・マンチューなんて知らんぞ?」
なるほど道理で、鬼将軍にジャック先生。さらには緑柳のじいちゃんたちには、大ウケなはずだ。
「ふっ………正体がバレちゃ仕方ないわね………」
「格好つけてドジョウひげを外してるけど、姐さん今、歳の話ごまかしただろ?」
謎の美女は中国服を脱ぐと、華麗に投げ飛ばした。しかしその下には、キョンシーのような中国服を着ていた。
「お嬢、ドキドキした? お姉さんの裸が見れると思って、ちょっぴり心ときめいた?」
「ねーよ」
忍者は釣れない態度だが、私はちょっぴり心ときめいた。そんなときめきを覚えるほど、張り詰めたバストは巨大である。
「さあ、正体がバレたなら名乗らせてもらうわ! 私こそがライヤー夫人、夫人だけど独身! 男に関しちゃちょっとウルサイわよ!」
「男の好みがウルサイから、いつまでも独身なんだろうが」
いやいや忍者、ライヤー夫人ほどの美貌とナイスバディならば、独身である方が魅力的だとおじさんは思うけどな。
だがしかし、好みがウルサイから独身。その考え方は面白い。
例えば鬼将軍。
日頃の立ち居振舞いからして、かなりのブルジョワと私は見ている。そして普段の言動からして、私と同じ独身。間違いなく独り者。その背景に、「女性の好みで妥協は見せない」という信念が裏付けされていたならば、それはかつての『独身貴族』というフレーズが似合う、華麗な生き方とは言えないだろうか?
結婚できないのではない。私たち貴族は、安易に結婚や交際を『しない』のだ。
何故なら私たちの精神は、貴族のように気高いからだ。安易な妥協など、我々の辞書には存在しないのだ。
うむ、独身万歳。
誇り高き独身ブラボー。
私たちは蝶のように虎のごとく、気高く自由であるのだ。
独身讃歌はさておき、試合開始の銅鑼である。
「さあ、お嬢。待望の一戦よ。お姉さんの胸に飛び込んで来なさい」
キョンシーもどきの巨乳美人が、大きく腕を広げた。
「わ~~い、姐さんの巨乳だ~~♪」
忍者、それって罠じゃないのか? それなのに無防備でスキップなんかして………。
パァァアンっ!
広げた両手を一気に合わせるライヤー夫人。その手のひらの間には、忍者の頭部がっ!
「………チッ」
ライヤー夫人が舌打ちした。
手のひらの間には忍者の頭ではなく、切り出した丸太が挟まれている。
その丸太を、ライヤー夫人は捨てた。捨てた丸太が爆発して、手裏剣が飛んできた。もちろんそんなケチな手を食らう、ライヤー夫人ではない。
分身の術のようにスルリとかわして、男を惑わす笑みを浮かべる。
「やるわね、お嬢。だけど次はどう出るのかしらね?」
夫人の足元で土埃が立った。中国靴の下には、踏み潰された忍者がもがいている。
が、消えた。
いや、忍者装束を贄としてスルリと脱出したのだ。
ノースリーブの薄っぺらな上半身が、下半身の女性的なラインを際立たせる。そして覆面と頭巾を外せば、細面に涼しげな眼差し。長い髪を無造作に束ねているが、やはり美貌と呼ばざるを得ない娘。忍者の素顔が現れた。
「やっぱりお嬢は、そうでなくちゃね。せっかく元がイイんだから、覆面で隠しちゃダメよ」
「最初から自慢気に素顔さらしてる奴が、よく言うぜ」
と、もう一人の忍者装束が、ライヤー夫人の背後に忍び寄る。おそらくは忍者が所持する激レアアイテム、天狗であろう。刀を抜いて八相にかまえている。
小忍者の天狗がいきなり斬りつけた。が、ライヤー夫人はスライドするように横移動。
しかしその避難先には、忍者が打った手裏剣が待っていた。
「やるじゃない、お嬢。でもね、こうしたらどうかしら。………バリヤーっ!」
ドスドスドスッと、ライヤー夫人の豊満ボディに手裏剣が刺さった。
………なんて事ぁない。
「うきゃ~~っ! いずみさんっ! 手裏剣が刺さりましたーーっ!」
そう、ライヤー夫人に襟首を掴まれた天狗が、盾にされたのだ。
「む! 天狗、戻れっ!」
とりあえず指環に天狗を戻したものの、ダメージは少なくない。おそらくこの試合中、天狗の復帰は無理だろう。戦力ダウンである。
忍者、何気なくピンチだ。