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私、身内の敗退を連続で観る


 忍者の言う居合対策とは何か?

 私もまた、試合場に目を移す。

 が。

 ………………………………。

 何故だ?

 異様な圧迫感(プレッシャー)に押し潰されそうになる。

「マミヤさん………これが居合潰しの手だよ………」

 息苦しいほどの圧迫感の中、忍者の声を遠く感じてしまう。

 殺気。とだけ、忍者は言う。私もその一言だけで、すべてがわかった。

 ジャック先生は今、剣を抜くことなく翁を圧殺しているのだ。

 斬らば斬る。

 抜かば斬る。

 動けば斬る。

 何をしても斬る。

 その気迫により、翁に金縛りをかけている。これこそが居合封じであると、忍者は言った。

 ピキッ。

 どこかで氷か、硝子にヒビでも走るような音がした。その源を探るような余裕は、今の私には無い。

 パキッ。

 またどこかで、ヒビ割れる音がする。

 今度はその源が、私の目に写っていた。

 音は、単なる幻聴であった。それと知れたのは、私が幻覚を見ていたからだ。

 ジャック先生と翁の間で、空気が凍りつき結晶してゆく幻覚である。それほどまでに二人の間で、空気が張りつめていたのだ。

 居合対居合。

 互いの流派の尊厳を、己の命よりも大事といえる金看板をかけて、二人の剣士が相対している。ただそれだけで、会場は水を打ったかのように静まり返っていた。

「………小僧、仕掛けるぞい」

 言った時には、もう仕掛けている。翁の足元から泥と砂と埃が発射された。足指で蹴ったなと、すぐにわかる攻撃だった。そして発射された泥は、ジャック先生目掛けて走っている。

 ジャック先生は後退、しかし手裏剣を打っている。これを翁は足でかわす。

 そしてすかさず、鎖分銅。ジャック先生は掌で、これを叩き落とした。

 攻防は目まぐるしく入れ替わる。しかし二人とも意外の武器ばかり交換して、ちっとも刀に手をかけない。

「必殺の武器、必殺の一撃だからな。温存してるのさ」

 忍者が言った。思わず忍者の横顔を見る。まばたきひとつしない、お人形の横顔であった。

 そして攻防は、しばしにらみ合いに移る。

「………やるな、ジジイ」

「なんとしても、お前さんをここで仕止めにゃならんからのぉ」

「どういうことだ?」

「太平楽の世の中に、お前の剣術は毒が過ぎる。おとなしくしとれ、ワシが悪いようにはせんから」

「じいさん、アンタがそれを言われたら、おとなしくしてるかい?」

 カカカッと翁は笑った。

「答えは、これじゃよ!」

 塩の目潰しが飛んだ。本来ならばジャック先生の十八番(おはこ)である。それを逆に翁が放った。それをしゃがんでかわすジャック先生。

「かかったな!」

 ジャック先生は懐から………あれは?

 思った時には閃光。

 試合場ばかりでなく、会場全体を照らすような、凄まじい光であった。網膜を焼かれたように、視力を失う。このまま一生、何も見えないのではないかという恐怖が、私を襲った。

 まばたき、目を凝らしして、必死に視力の回復に努める。

 かなり長い時間、目を失ったような気がしたが、実際はそれほどでもなかったようだ。

 闘う二人の姿を探す。

 それらしい影を捕らえることができた。

 どうやらその光景は………。

 ジャック先生が斬られている姿だった。

 二の太刀、三の太刀が入る。そして最後に、真っ向大上段からの一太刀。

 体力を失ったジャック先生は撤退、姿を消していった。

 一体どうやって?

 私たちが視力を失っている間に、何が起こった?

 その答えは、忍者が指さす先にあった。

 翁がまだ、刀を振っていた。

 視力が回復していないのだと、忍者は言う。

「つまり最後に見たジャック先生の位置、姿を元に、目が見えなくても斬りかかっていったんだろうな」

 審判が制止に入る。

 運営スタッフも止めに入る。カラフルワンダーや陸奥屋の面々、もちろんセコンドのシャルローネさんも止めに入った。

 そして全員斬られた。

 たったのひと試合で撤退数の新記録を打ち立てた翁は、刀を納めてこう言った。

「ふぅ、スッキリしたわい」


 ジャック先生敗退はショッキングな出来事であったが、さらにセンセーショナルな出来事は続く。

 総合部門、セーラー服に戦艦の大砲をたくさん背負ったシャルローネの入場は、もう慣れっこになってしまったのだが………。

「………これは意外だったな」

「総合部門は、ほとんどチェックしてなかったもんね」

 その対戦相手を見て、開いた口が塞がらなくなったのである。

 ここにもいたよ、チーム『まほろば』からの刺客が。

「お手合わせは初めてでしたかしら、シャルローネさん?」

 賢そうな方のたぬき、出雲鏡花がそこにいた。

「どうぞお手柔らかに」

 嘘クサく、シャルローネさんに対し一礼。

 そして銅鑼(ゴング)前に、シャルローネさんに近づく。耳元で囁いた声だが、会場マイクがその声をひろった。

「………あのことを、バラしますわよ?」

 シャルローネさん、ピクリ。

 しばし間を置いて、今度はシャルローネさんから。

「………なんの話かしら?」

「知ってますのよ、(わたくし)………」

「………………………………」

 ふたたび、沈黙。

 沈黙を破ったのは、出雲鏡花。

「まさか氷結の魔女と恐れられた方が、あのような方を」

「ちょちょちょちょっと待って! ちょっと待ちましょう、出雲鏡花さん」

「私には待たなければならない理由は、ございませんことよ?」

「それがあります。あるんですよ、鏡花さん」

「あら、ファースト・ネームで呼ばれてしまいましたわ。照れてしまいますわね」

「いいですか、鏡花さん。私たちは誤解や誤認に満ちた世界に生きています。もっと腹を割って話し合う必要があると思います」

 シャルローネさんは、無駄なくらいシリアスな表情である。

「あら、私、シャルローネさんを誤解してましたの? でしたらあの方………」

「そこですよ! 鏡花さん! その辺りはすごい誤解だろうから今ここで口にするべき話じゃないと私は思うんですけどねーーっ!」

 ものすごい大声だ。

 それはもう、出雲鏡花の言葉をかき消すかのように。

 ものすごい早口だ。

 それはもう、出雲鏡花にこれ以上なにも喋らせたくないかのように。

「………こほん」

 出雲鏡花は咳払いをひとつ。

「シャルローネさん?」

「な、なんでしょう?」

「貴女に秘密があるのはわかりますが、乙女は常に乙女らしくですわよ?」

「は、はぁ………」

「それにシャルローネさんが秘密にしたいことは、人間誰しもあることなのですから」

「とはいえ鏡花さん!」

 出来るたぬきが、シャルローネさんにツッ………と身を寄せる。

「………の………………で………ですわ」

 マイクは声を拾えない。

「よろしいですこと?」

「………………コクリ」

 シャルローネさんはうなずくと、ポケットからハンカチを取り出し頭上で振った。

 白旗のかわり。つまりギブアップ宣言である。

 勝負あり。

 出雲鏡花の決勝戦進出である。

「………あの」

 肩を落としたシャルローネさんが、出雲鏡花に歩み寄る。

「鏡花さん、申し訳ありませんが」

「はい」

「………あのことは、どうぞ御内密に」

「あら………」

 出雲鏡花は栗色の髪をかきあげた。

「シャルローネさん、あのこととはどのことですの?」

「はい?」

「ですから、『あのこと』とは、どのことを指しているのでしょう? 私とんと存じ上げませんわ」

 ぽっかり。

 そんな擬音が、試合場から聞こえてきた。もちろんではあるが、シャルローネさんが発した擬音である。

「あの、それって………鏡花さん?」

「それでは決勝戦の準備がございますので、ごきげんよう」

 出雲鏡花は背を向けて、さっさと退場してゆく。

 ぽっかりとしたシャルローネさんを残して………。

「氷結さん、氷結さん!」

 斬岩青年が、シャルローネさんに声をかける。というか斬岩くん、今までどこにいたんだい? なにやら目隠しや猿ぐつわ、手足には拘束してたようなロープがブラ下がってるし。

「騙されたんですよ、あのタヌキに!」


 鹿威(シシおど)しがが、カコーーンと鳴った。


「騙されたーーっ!? ちょ、待って斬岩! なにそれっ?」

「だってシャルローネさん、他人に知られたくない秘密なんて無いでしょ?」

「あ、いやっ! そ、それは………ゴニョゴニョ………無いわっ!」

 あるだろ、絶対。

「騙したなーーっ、出雲鏡花ーーっ!」

 女の子の秘密など、大人からすればどうというものではない。どうせ誰が好きだの嫌いだの。そうでなければダイエットくらいなものだ。

 しかしシャルローネさんの秘密というなら、ちょっと知りたい気もする。

「ほらほら、負け虫がいつまでも騒いでるんじゃないよ。早く客席に戻りな」

「あ、忍者さん」

「私はこれから、優勝を賭けて難敵と戦わないとならないんだ」

「めずらしくシリアスだね、忍者さん?」

「めずらしく、は余計だよ。さっさと客席に戻らないと、あのことをバラすぞ」

 準決勝では不発であった、血みどろ(ケツ)バット。忍者の尻で、いま炸裂。

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