私、ヒノモト・ノボルに御座候と関わる
忍者はニヤリと笑った。
どう考えても無駄だらけの大車輪斬り。それをアキラほどの者がよけられない理由が、剣にはあるというのだ。その理由とは?
「最後の最後まで切っ先でノドをねらってたから、白銀輝夜は突きでくるとアキラは踏んだのさ」
いや、それはわかるがしかし、それだけの説明で無駄だらけの大車輪斬りをフォローするというのは、いくら忍者でも乱暴すぎるというものだ。
「納得いかないかい、やっぱ」
もちろんだ。
「そうだよねぇ」
だったら早く説明してくれ。私もホロホロもコリンも、その秘密が知りたくてウズウズしているんだ。
「じゃあ、簡単に説明するぞ。大車輪斬りは、一拍子で事を処理しているからだ」
………………………………。
………………………。
………………。
「コリン、わかったかい?」
「ホロホロ、大丈夫?」
「マスター、理解できた?」
私たちの答えは同じだった。
「「「訳がわからん」」」
忍者が言うには、アキラのノドをねらった切っ先が下を向いた瞬間から、逆袈裟に斬りおろすまで。一切よどみが無いから速いのだと。
「まだピンと来ないわ」
「これは数式や化学式で表すものじゃないから、理屈や理論で飲み込むものじゃない。肌で感じ取る感覚みたいな話だ」
無茶理論で説明するぞ。
忍者は宣言した。
勾配のついた用水路に水を流す。用水路には障害物は無く、カーブもかかってないものとする。
「このとき水は、どうなるか? 摩擦や空気抵抗は考慮しないものとする」
「そういう質問なら、『水は加速を続ける』と答えるのが、定石だよね?」
「その通り、用水路の距離が長ければ長いほど、水は速く流れることになる」
「その言い方だと、小車輪よりも大車輪の方が速い、って理屈になるわね」
「そう、その通り。わかるかな?」
余計にわからない。
AからBまでしか走らないのと、AからBを経由してCまでいかなければならないもの。
どう考えても、AB間の方が仕事を早く終えることができる。
「じゃあマミヤさん、一〇〇メートルを加速しながら走る私と、五〇メートル地点で止まってもう五〇メートル走るマミヤさん。どっちが速い?」
あ、なるほど。
よどみが無いと速い、というのは、そういうことか。
まして忍者が加速を続けるというのなら、忍者と私の差は歴然としたものになる。
「それはわかったけど、エイッて剣を振る短い間に、そんな加速って可能かしら?」
序破急と、忍者は答えた。出だしはゆっくり、加速してゆき、最後は最高速になるという考え方だ。
「それならば可能かもしれないね」
だが、まだ納得はできていない。私の頭の、なんと硬いことか。
「まってよ、マミヤ。それなら序なんて必要ないでしょ? いきなり急がいいじゃない」
それだ。そうとも考えられる。
しかしこれは日本剣術の話。なにが飛び出すか、どんなトンデモ理論が現れるか油断ができない。
「例えば若いデコちゃんと、オッサンもいいとこまで達してるマミヤさん。どっちが速い?」
「もちろんアタシよね」
コリンが胸を張って答える。
「だけどデコちゃんは、若いから一途。こうと決めたら一直線」
「若いっていいわよね?」
コリンはうっとり。
「だがマミヤさんは年食ってどんくさい分、右にも左にも進路を変えられる。場合によっては止まることもできる」
「………変化に富んでいる、って考えていいのかな?」
ホロホロが訊くと、忍者はしたり顔でうなずいた。
「技の終わりは相手を逃がさないくらいに速い。だが技の始まりは相手がカウンターを合わせてくるかもしれない。だから『如何様にも変化対応』ができるように、ゆっくり始まるべきという考え方さ」
忍者は付け加える。
「この辺りの技術は過去作品『ヒノモト・ノボルに御座候』の一篇、『思いとどまり後戻り、斬らぬ居合に御座候』の中で主人公ヒノモト・ノボルが披露しているが、細かい解説はしていない。まったく不親切な作品だ」
「ちょっと待った、お前なに言ってんのさ」
「ついでに言うとこの『ヒノモト・ノボルに御座候』な、間違えてノクターンノベルにも投稿して『なろう』と同時連載してたんだよ」
「ちょ………誰か忍者を、このバカ止めろよ!」
「そしたらアダルトシーンもないくせに、『なろう』よりも『ノクターン』の方がヒット数が多くてな」
「やめねぇか、このバカ!」
「しかも向こうでは感想やレビューまで入ってんだぜ! みんな、作者指さしてやれ!」
「「「バーカ! バーカ! バーカ!」」」
つい乗ってしまった。
こんな時ばかり、私たちは協力的で団結することができてしまう。
補足して言うならば、この奇作『ヒノモト・ノボルに御座候』は、検索をかけていただくか『作者マイページ』から入ると確認できることと思う。
お目汚し、暇潰しにはよろしいかと思われるので、気にかかった方は御一読を。もっともその内容は各方面からお叱りを受けそうな知識が散りばめられているので、鵜呑みにすることは厳禁だそうだ。
とりあえず、アキラが負けたのは事実。
ユキさんの肩を借りて退場して来るアキラに、私たちはねぎらいの拍手を送るばかりであった。
ヒノモト・ノボルに御座候。どうぞ御一読あれ。