私、乙女の闘いを見る
そして戦士部門から、もう一試合。
ユキさんである。
ユキさんはいいのだが、なんの因果であろう。対戦相手は御存知、茶房『葵』店主の三条葵ふたたび、であった。
「………寝技のすごい娘だったよね?」
ユキさんは不安そうに呟く。
「大丈夫ですよ、ユキさんの剣なら」
すでに試合を終えていたアキラが、セコンドを買って出ている。
「三条さんって、無刀取りできたっけ?」
「さぁ、ボクは素手ですから」
ただし、とアキラは言う。
「葵さんのユニフォーム、見て下さい。革防具にスネ当て………刀剣対策してますけど、使い込んでますね」
「相当稽古を積んでるってことかな?」
「チーム『まほろば』の一員ですよね? あの白銀輝夜と稽古してるのかな?」
「だとしたら、私すごく不利じゃない?」
「じゃあユキさん、こんな手はどう? ゴニョゴニョ………」
耳を貸してたユキさんだが、露骨に嫌な顔をした。
「言いたいこと言ってくれるなぁ………闘うのは私なんだよ?」
「それくらいの奇手を打たないと、三条さんには勝てないですよ?」
「ううう………」
「さぁ、もう銅鑼だ。ボクはさがりますからね?」
なにやら策をさずけたようだが、はてさて。どうなることやら………。
ゴング!
三条葵が出てきた。
ユキさんはその場から動かない。
三条葵は警戒しながら、ジリジリと間を詰める。
もうじきユキさんの制空権。………というところで、腰をおろした。もちろん「どっこらしょ」という座り方ではなく、軸を崩さないまっすぐな座り方だ。
正座に見えるが、左様に非ず。足の甲をつけずにつま先立つような形である。
「居合よね、アキラの策って………」
「そのようだね」
ただし、居合をどのように活かすのか? それは見てみないとわからない。見たところでわからないかもしれない。
とにかくユキさんは変則的、居合用の正座。両手は脚の付け根に引きつけている。
間を詰めていた三条葵の動きが止まる。柔の間、剣の間というにはかなりあるというのにだ。
「警戒しているな?」
「飛び込めないわね」
これは剣を腰に帯びているから、というだけではなさそうだ。技量の差? いや、技そのものの仕組み。いわゆる相性の悪さを、三条葵が嗅ぎとったのかもしれない。
つまり簡単に言うと。
「出れば斬られるな」
「来たら斬るわね」
前者が三条葵の視点。
後者がユキさん視点。
「ですがこれじゃあ、勝負になりませんよぉ?」
モモの疑問はもっともだ。両者はまったく動かなくなったのだ。
いや、三条葵が前脚を引っ込めた。
「ねらったか? ユキさん………」
「感じ取ったみたいね、危険を………」
「あんなに距離があってもですかぁ?」
距離があってもだ。
ただ、ユキさんがあの距離をどのように詰めるつもりだったかは、私にはわからない。
「ユキが出るわ!」
「む!」
ユキさんの両手が鞘と柄へ。同時に湯気の立ち上るが如く、上半身がヌ~~ッと立ち上がってきた。正しくは膝立ち、しかし三条葵は大きく後退。
ユキさん、右足を送り出して片膝の姿勢。ついに一歩、前へ出た。
三条葵の表情が強ばっている。
「良い圧力じゃの。相手を力ませとる」
「自慢の娘だからね」
じいさんとジャック先生の声が聞こえてくる。
「お前さん、息子も居ったじゃろ?」
「あれは腕力にたよりすぎる。それに好戦的過ぎだ」
「お前さんがそれを言うのかい」
じいさんはカラカラと笑っていた。
私などはこの試合、一瞬たりとも目が離せないというのに。
ユキさんの攻めは一歩では終わらない。左を送り出して右膝をついた形。さらに右足を送り出してと、前に前に出てゆく。
「すごいわね、あんなことができるんだ」
「ああ、頭の位置も刀の位置も、まったく変わらずに前へ出ている」
「三条さんは後退一方ですぅ」
前に出るだけで、あの三条葵を退ける。
「アキラじゃできなかった技だな」
「そうね………」
コリンとしては、ちょっと面白くないだろう。唇を可愛らしくとがらせていた。
「ですがぁ、それでは終わらないみたいですよぉ?」
三条葵、時計回りにステップ………できない! すぐにユキさんの正面に戻ってきた。
「安全地帯じゃなかったみたいですねぇ………」
「でも正面は、もっと危険な場所よ?」
「そうなると、逃げ場はひとつ………」
反時計回りである。
しかしこれもダメ。また正面に戻ってくる。
こうなると三条葵は、後退しかなくなる。いや、たった今………それも失った。
壁に追い詰められたのだ。
ユキさんはすでに鯉口を切っていた。故にスルスルと静かに、刀を抜き出すだけである。
出だしはゆっくり、徐々に速度をあげて………。
「勝負ありっ!」
切っ先が鯉口を離れるより先に、勝敗が宣せられた。
タオル投入、ギブアップである。
投げ入れたのは、白銀輝夜である。
ユキさんは静かに、刀を鞘へ戻した。変則的な正座から、通常の正座。そこから静かに立ち上がり、一礼。踵を返して戻ってくる。
しかし彼女の目は、どこも見てはいなかった。
「三条葵さんを見てるんだと思いますよ? 背中で………」
「おぉう、シャルローネさん。脅かさないで下さい」
「ユキちゃんからすれば試合場から出るまでは、試合は終わってないってところでしょうね」
「たしかにまぁ、ジャック道場心得としては」
つまり、勝ったと思っていたら敵が息を吹き返して、逆転負けを喫する。あるいは死んだと思っていた敵が息を吹き返して、反対に斬り殺される。という状況を考慮しているのだ。
事実。
「お疲れさま」
アキラが肩にタオルをかけるまで、ユキさんは殺気立っていた。つまりアキラに背中をまかせるまで、油断は一切なかったのである。
「ねぎらいの言葉をかけたいけど、ユキは帰って来ないわね………」
コリンはもらす。
「客席で休むより、きっと戦場のそばを選ぶわ、あの娘………」
「私なら戻ってくるかなぁ、みんなと一緒に勝利を喜びたいし」
まあ、シャルローネさんなら、そちらを選ぶだろう。これは二人の性格の違いであって、どちらが正しいというものではない。