表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
333/506

私、乙女の闘いを見る


 そして戦士部門から、もう一試合。

 ユキさんである。

 ユキさんはいいのだが、なんの因果であろう。対戦相手は御存知、茶房『葵』店主の三条葵ふたたび、であった。

「………寝技のすごい娘だったよね?」

 ユキさんは不安そうに呟く。

「大丈夫ですよ、ユキさんの剣なら」

 すでに試合を終えていたアキラが、セコンドを買って出ている。

「三条さんって、無刀取りできたっけ?」

「さぁ、ボクは素手ですから」

 ただし、とアキラは言う。

「葵さんのユニフォーム、見て下さい。革防具にスネ当て………刀剣対策してますけど、使い込んでますね」

「相当稽古を積んでるってことかな?」

「チーム『まほろば』の一員ですよね? あの白銀輝夜と稽古してるのかな?」

「だとしたら、私すごく不利じゃない?」

「じゃあユキさん、こんな手はどう? ゴニョゴニョ………」

 耳を貸してたユキさんだが、露骨に嫌な顔をした。

「言いたいこと言ってくれるなぁ………闘うのは私なんだよ?」

「それくらいの奇手を打たないと、三条さんには勝てないですよ?」

「ううう………」

「さぁ、もう銅鑼(ゴング)だ。ボクはさがりますからね?」

 なにやら策をさずけたようだが、はてさて。どうなることやら………。


 ゴング!

 三条葵が出てきた。

 ユキさんはその場から動かない。

 三条葵は警戒しながら、ジリジリと間を詰める。

 もうじきユキさんの制空権。………というところで、腰をおろした。もちろん「どっこらしょ」という座り方ではなく、軸を崩さないまっすぐな座り方だ。

 正座に見えるが、左様に非ず。足の甲をつけずにつま先立つような形である。

「居合よね、アキラの策って………」

「そのようだね」

 ただし、居合をどのように活かすのか? それは見てみないとわからない。見たところでわからないかもしれない。

 とにかくユキさんは変則的、居合用の正座。両手は脚の付け根に引きつけている。

 間を詰めていた三条葵の動きが止まる。柔の間、剣の間というにはかなりあるというのにだ。

「警戒しているな?」

「飛び込めないわね」

 これは剣を腰に帯びているから、というだけではなさそうだ。技量の差? いや、技そのものの仕組み。いわゆる相性の悪さを、三条葵が嗅ぎとったのかもしれない。

 つまり簡単に言うと。

「出れば斬られるな」

「来たら斬るわね」

 前者が三条葵の視点。

 後者がユキさん視点。

「ですがこれじゃあ、勝負になりませんよぉ?」

 モモの疑問はもっともだ。両者はまったく動かなくなったのだ。

 いや、三条葵が前脚を引っ込めた。

「ねらったか? ユキさん………」

「感じ取ったみたいね、危険を………」

「あんなに距離があってもですかぁ?」

 距離があってもだ。

 ただ、ユキさんがあの距離をどのように詰めるつもりだったかは、私にはわからない。

「ユキが出るわ!」

「む!」

 ユキさんの両手が鞘と柄へ。同時に湯気の立ち上るが如く、上半身がヌ~~ッと立ち上がってきた。正しくは膝立ち、しかし三条葵は大きく後退。

 ユキさん、右足を送り出して片膝の姿勢。ついに一歩、前へ出た。

 三条葵の表情が強ばっている。

「良い圧力じゃの。相手を力ませとる」

「自慢の娘だからね」

 じいさんとジャック先生の声が聞こえてくる。

「お前さん、息子も居ったじゃろ?」

「あれは腕力にたよりすぎる。それに好戦的過ぎだ」

「お前さんがそれを言うのかい」

 じいさんはカラカラと笑っていた。

 私などはこの試合、一瞬たりとも目が離せないというのに。

 ユキさんの攻めは一歩では終わらない。左を送り出して右膝をついた形。さらに右足を送り出してと、前に前に出てゆく。

「すごいわね、あんなことができるんだ」

「ああ、頭の位置も刀の位置も、まったく変わらずに前へ出ている」

「三条さんは後退一方ですぅ」

 前に出るだけで、あの三条葵を退ける。

「アキラじゃできなかった技だな」

「そうね………」

 コリンとしては、ちょっと面白くないだろう。唇を可愛らしくとがらせていた。

「ですがぁ、それでは終わらないみたいですよぉ?」

 三条葵、時計回りにステップ………できない! すぐにユキさんの正面に戻ってきた。

「安全地帯じゃなかったみたいですねぇ………」

「でも正面は、もっと危険な場所よ?」

「そうなると、逃げ場はひとつ………」

 反時計回りである。

 しかしこれもダメ。また正面に戻ってくる。

 こうなると三条葵は、後退しかなくなる。いや、たった今………それも失った。

 壁に追い詰められたのだ。

 ユキさんはすでに鯉口を切っていた。故にスルスルと静かに、刀を抜き出すだけである。

 出だしはゆっくり、徐々に速度をあげて………。

「勝負ありっ!」

 切っ先が鯉口を離れるより先に、勝敗が宣せられた。

 タオル投入、ギブアップである。

 投げ入れたのは、白銀輝夜である。


 ユキさんは静かに、刀を鞘へ戻した。変則的な正座から、通常の正座。そこから静かに立ち上がり、一礼。(きびす)を返して戻ってくる。

 しかし彼女の目は、どこも見てはいなかった。

「三条葵さんを見てるんだと思いますよ? 背中で………」

「おぉう、シャルローネさん。脅かさないで下さい」

「ユキちゃんからすれば試合場から出るまでは、試合は終わってないってところでしょうね」

「たしかにまぁ、ジャック道場心得としては」

 つまり、勝ったと思っていたら敵が息を吹き返して、逆転負けを喫する。あるいは死んだと思っていた敵が息を吹き返して、反対に斬り殺される。という状況を考慮しているのだ。

 事実。

「お疲れさま」

 アキラが肩にタオルをかけるまで、ユキさんは殺気立っていた。つまりアキラに背中をまかせるまで、油断は一切なかったのである。

「ねぎらいの言葉をかけたいけど、ユキは帰って来ないわね………」

 コリンはもらす。

「客席で休むより、きっと戦場のそばを選ぶわ、あの娘………」

「私なら戻ってくるかなぁ、みんなと一緒に勝利を喜びたいし」

 まあ、シャルローネさんなら、そちらを選ぶだろう。これは二人の性格の違いであって、どちらが正しいというものではない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ