私、だらしなくコリンを撫でる
予約投稿を失敗して、現在更新です。申し訳ありませんでした。
続いて戦士部門の一回戦。緑柳じいちゃんからジャック先生と、難なく初戦を突破。ちなみに予選でアキラに一敗を喫した三条葵も、きっちりトーナメント進出は果たしている。
三条葵に三条歩と、少々分かりづらいかもしれないが、『トルコパンツのボインおねいちゃん』が、厨房に籠りほとんど姿を現さない姉の方である。
ちなみにレスリングのユニフォームは、昭和の頃にはトルコパンツ、西暦二〇〇〇年を越えてシングレット。最近ではレオタードと名称が代わっている。これはもしかすると、レスリング競技に女子部門が登場したことが一因かもしれないが、素人の私にはまったくわからない。
レスリングのユニフォームに関しては、これまでとして。
アキラの登場である。
トーナメント進出勢としては、闘い方が若い部類である。闘い方が若いとはパワーやスピード、あるいは勢いを信条としたファイトスタイルのことである。対して闘い方がシブいとは、試合の流れをコントロールしたり、相手の長所を潰すような闘い方であり、単純なテクニシャンとは趣を異にする。あれができるこれができるという闘い方ではなく、試合巧者と呼ばれるようなタイプを指した。
アキラの対戦相手は、その試合巧者を連想させる年配者。
たぬきがアキラの首を揉みながら言う。
「アキラさんの長所は、スピードとタイミングです。相手に付き合ったファイトは厳禁ですよ? 常に先手、ポジショニングも先手、リズムも先手。おけ?」
「あぁ、まずは速攻だね」
ロングタオルに穴を開けて、そこに頭を通しただけのリングコスチューム。そのタオルを外して、アキラは試合場中央へ。すでに額には玉の汗が浮かび、湿った前髪が貼りついている。
年配の槍士と向き合い、簡単なルール説明を受ける。
年配の槍士は挑発するように、アキラをしきりと罵る。しかしアキラは集中するように、相手の胸板しか見ていない。
両者が別れる。
「アキラさん、あんな安っぽい挑発に乗っちゃダメですよ?」
たぬきがマウスピースをくわえさせた。
「………挑発? モゴモゴ、なんの話?」
「聞いてなかったんですか? ………まあいいです、アキラさん。いつも通り行きましょう!」
おけ、と答えたところで銅鑼が鳴った。
アキラはグローブふたつを顔の前に揃えた、ピーカーブースタイル。本来のアキラの構えだ。体もよく前傾しているし、膝の動きも柔らかい。調子がいい証拠だ。
ツツツと歩み寄って、いきなり槍の間合いを潰しにかかる。頭は小刻みに、上下左右と振りながらだ。これだと敵は、的が絞りづらくなるのである。
が、槍士はスケベったらしい戦法に出てきた。チョンチョンと軽く槍を突いては、バックステップ。軽く突いてはバックステップを繰り返したのだ。
アキラからすれば、間合いを潰そうとすれば槍に触れる。触れればバイブレーションが走り、動きが止まる。動きが止まれば強攻撃が飛んでくると、大変に面白くない戦法である。
だがジャック先生は、口の端を吊り上げた。
「いい手を取ったと思ってるんだろうけど、下の手だよ」
隣で緑柳じいちゃんもアゴを撫でている。
「槍の使い方を心得ておらんのぉ」
それを聞いた私としては、ぜひとも槍師のお姫さま『プリンセス・オブ・ピカドール』と異名をとるコリンさまに、意見を求めたいところである。
「突きすぎなのよね。槍は引くときに隙が出る、って言われてるわ。あんなに突いたら、ごらんなさい。引く数もすごいことになってるわ」
コリン曰く、槍士が引くときにアキラが『突入のフェイント』を仕掛けている、というのだ。
「あの槍士、自分でアキラを誘ってジラシてるつもりでしょうけど、ゲームをコントロールしてるのはアキラの方よ。槍士のことを自在にバックステップさせてるわ」
なるほど、まもなく槍士は壁際に追い詰められる。
壁ドンで蹴っ躓いたのは、槍尻だった。それ以上槍を引くことができなくなった。
私たちの目がそれを確認したのと、アキラの突入が同時。一気に間合いを潰した。
が、槍士が槍を捨てた。腰の剣に手をかける。アキラの踏み込みにカウンターを合わせるつもりだ。
「アキラ相手に、それは無理だわ」
コリンの言葉が終わらぬうちに、ジャブから肝臓撃ち。動きが止まったところで、右が腹からアッパー、さらにフックと叩き込まれる。
「往年のマイク・タイソンだね、かなめ君」
「はい総裁、あのコンビネーションは見えにくい避けにくい連打となっています」
鬼将軍などはリビングでくつろぎながら、ペーパービューを楽しむかのようである。
「おまけに肘を叩いたね、コリン」
「あそこは急所なのかしら? 相手が剣を落としたわ」
左右のフックが力み無く、美しい軌跡を描いてコメカミに吸い込まれた。膝を棒のように突っ張らせて、槍士の体がグラリと傾く。
しかしアキラの連打は止まらない。
槍士は地面に横たわるより早く、姿を消しながら撤退していった。
アキラの勝利である。
しかし『姿を消していなければ、そこにあったであろう急所』目掛けて、アキラの拳は飛び続けた。
その、豪雨が叩きつけられるような連打が止んだのは、「勝負あり!」を宣言されてからであった。
「リングの殺し屋か」
忍者がもらす。
「キラー本能に磨きがかかってるな、アキラの奴………」
「そうね、見てるだけの試合なら面白いけど、アキラの前に立つ自分を想像したら………おぉ、怖い怖い」
コリンも身震いしてみせる。
「だが、槍師ならインファイター対策くらいは考えてるんだろ?」
「まあね………アキラに勝てないアタシが言うことじゃないけど………」
コリンが語るインファイター対策は、「敵は必ず来てくれる」ということらしい。
「敵は必ず近づいて来るわ。そして必ず通るルートがあるのよ。そこを迎撃するんだけど、タイミングやストッピングパワー。そもそも予測したルートが正しいのか? 不安定要素は山積みね」
「それでこそ対人だろ? 必勝法、攻略法なんてものは存在しない。人間を相手にしてるんだからね」
「とはいえ、これだけの差を見せつけられると、ちょっとヘコむわぁ………。拳闘っていう取り柄のあるアキラと、なにもできないアタシ。似たような歳なのにね」
「取り柄がある、は他のことが出来ないってことさ。他人と比べて落ち込むことはないよ」
「でも何かできるってのは羨ましいわ」
「若いからだよ、他人と比べたくなるのは。自分ってものが出来上がってくるにつれ、他人とは比べなくなるさ」
そう、私だって他人を羨んだ時期はある。
運動のできる同級生。勉強のできる同級生。話の面白い同級生。みんなそれぞれ何か特徴があった。私には何もないと思っていた。
しかし学校を卒業し、就職。押し寄せてくる仕事に立ち向かい、世の中に寄り切られ涙して、少しずつ『私』を築き上げてきた。
そしてそれなりに出来上がった私に気がついたとき、思ったのだ。
もう若くはないんだな、と。
だからコリンの頭を撫でてやる。
「むしろ今は、心が揺れ動くコリンの若さが羨ましいくらいだよ」
「………マミヤ、言ってることがオッサンくさいわよ?」
「だってオッサンだもん」
「仕方ないわね、コリンちゃんの頭を撫でて、若さを取り戻しなさい」
つまり、もっと頭を撫でてちょうだい。ということだ。
素直じゃない仔猫ちゃんである。