私、盆前
「ですがマスター?」
柔王丸の話題である。
「あれが柔道着じゃなく空手着だったら、格闘ゲームの女の子にああいうデザインがいたと思うんですけど、柔王丸の方をひろうシャルローネさんがスゴイですよね?」
「ん! そのセンス、ピカイチである! とか言いそうだな、総裁なら」
ということで鬼将軍に目をやると、美人秘書二人を筆頭に陸奥屋一党が、洋ランにボンタン姿で総裁シートを囲んでいた。どうやら名作『熱笑!! 花沢高校』のつもりらしい。私も陸奥屋でその存在を知った作品だが、「どおくまん先生、おそるべし!」と唸る快作である。
そしてその光景を眺めるジャック先生と緑柳じいちゃんが、感涙にむせびながらウンウンとうなずいているのは、不遇であった時代を思い出してのことなのか。
まあ、それはそれ。
何よりも、シャルローネさんの柔王丸コスチュームを見た対戦相手の楓さんが、なんのことやら理解できずポカンとしているのが気の毒なかぎりであった。
シャルローネさんは胸の前で十字を切る。
「コイ………マジントヤラ………」
いや、マジンじゃなくて楓さんだから。つーか十字を切るのは空手であって、柔術じゃないから。さらに言うならカタコトやめれや。ツッコミついでだ、柔王丸の初陣なんてパロッても誰が知ってるのよ?
しかし私のツッコミは、あまりにも無粋だったようだ。
「おぉっ、柔王丸が喋ったぞ!」
「やるじゃん、三四郎くん!」
陸奥屋一党は大喜び。いきなり場が盛り上がってしまった。ってか三四郎って誰さ?
まったく、どこまでもマイナー路線を貫いて、若年層をおいてけぼりにする陸奥屋スタイル。何故私たちは、そうとしか生きられないのだろうか? 不器用な生きざまというのならば、あまりにも不器用すぎる生き方である。
開幕、銅鑼。
自慢のメイスは柔道帯の腰に差して、シャルローネさんは身構える。どうやら初手は得物なしでゆくようだが、この娘も陸奥屋と口をきける種族である。油断はできない。
対する楓さんは呪文詠唱。魔法の準備に取り掛かっていた。そこへシャルローネさん、駆け寄っていってスライディングしながらの回し蹴り! いわゆるアリ・キックだ。
魔法対策としてはごく普通の奇襲戦法なのだが、今はなぜか汚ない手にしか見えないぞ、シャルローネさん!
「いきなりでしたね、マスター」
「初手は魔法、あるいは様子見と思っていたけど、見事に心の隙を突かれた形になってるね」
ファースト・コンタクトのアリ・キックは見事にヒット。楓さんが足を引きずる。どうやらバイブレーションが走って、シビレたようになっているらしい。
さらに執拗にアリ・キック、アリ・キック、アリ・キック! 楓さんはダウン寸前だが、悪役王シャルローネさんがムンズと髪を掴んで………弓を引くようなモーションから、ナックルアロー!
一発、二発………三発と殴りつけて、延髄斬り!
飛んだ! シャルローネさん飛んで、楓さんの後頭部をザックリ一撃!
………か?
どうした? 何があった? シャルローネさんが右の足首を抱えて、苦悶の表情。痛みに転がり回っている。
「………楓さんの反撃ですよ、マスター」
「なんと?」
見れば楓さん、抜いた剣を盾代わりにして後頭部を防御。そこへシャルローネさんの脚が飛び込んだのだ。
苦しむシャルローネさんに、楓さんは逆手に持った剣の柄で一撃! さらに弱ったシャルローネさんを立たせて、喉元へ一撃! 受け身はとっているが、シャルローネさんも朽ち木のように倒れる。
楓さんの凶器攻撃は続く。
シャルローネ圧倒的不利という状況で、彼女を奮い立たせる大声援が巻き起こった。
イーーノーーキッ!
イーーノーーキッ!
イーーノーーキッ!
猪木コールかよっ!
「いえ、マスター! 効果は抜群ですよ! 見てください、シャルローネさんが………シャルローネさんがっ!」
シャルローネさんが?
あぁっ! シャルローネさんのアゴが、長く伸びているっ!
楓さんの凶器攻撃を、空手で言う内受け。
そこからナックルアロー! さらには頭突き!
ひるむ楓さんのバックを取った! 細い腰を抱えたまま、間髪いれず反り返るように………バックドロップ!
そのまま片エビに押さえ込み、カウントが入る!
「ワン!」
会場中が声をそろえる!
「ツー!」
観客は総立ちだ!
「スリー!」
座布団が飛ぶ。
観客も飛ぶ。
そして誰も彼もが同じ言葉を叫んだ。
「やったーーっ!」
実況担当の私でさえ、すべてを忘れて立ち上がった。
が。
「マスター、プロレスの試合じゃないんだから。楓さんの体力ゲージは、まだまだ余裕があるんですけど………」
え? そう言われれば、そうだよな。
でも楓さん、すでに敗者みたいにうなだれて。
あ、シャルローネさんが健闘を讃える握手。楓さんを立ち上がらせたところで、魔法攻撃。
「やっぱりヤルんですね、シャルローネさん………」
「や、ちょっとこれは酷くないかい?」
「ですがマスター、楓さんはずっと前からシャルローネさんのペースに飲まれてたんですよ?」
「?」
「楓さんは剣も魔法も使える、オールラウンドプレイヤー。その彼女がいつ、魔法を使いましたか?」
………その答えは、魔法など使わなかった。いや、使うことを忘れていたと言った方がいいだろうか?
「柔王丸のコスチュームで登場した時からか、ファースト・コンタクトのアリ・キックからか。いずれにしても彼女はシャルローネ・ワールドを構築して、楓さんを巻き込んでしまったんです」
そして彼女の頭から、魔法というものを忘れさせた。
「いーーち………にーー………さーーん………だーーっ!」
シャルローネさんと観客が、右の拳を突き上げた。
予想外の試合巧者、シャルローネさん。
果たして忍者は、この怪物に勝つことができるのだろうか?
「ですがマスター。ジャック先生からの伝言ですが、何故この時期にシャルローネさん。猪木スタイルを選択したのか? ということですが………」
「何か意味があるのかい?」
「今は『お盆の前』ですよね?」
「あぁ、盆前だね」
なんだろう、嫌な予感しかしない。
「マスター、イノキ・盆前です」
イノキ・盆前。
イノキ・ボンマエ。
イノキ・ボンバイエ。
「………………………………アキラ。シャルローネさんの座布団、全部持ってけ」
処理に困るオチがついてしまった。
どうしよう………。