私、ブーイングに参加する
総合部門の予選は続くが、強者と認定されていた老執事、二人の美人秘書が自爆ともとれる敗北を喫し姿を消す。
パーフェクトレディ御剣かなめ曰く、「総裁が失格なのに、秘書が出すぎたことはできませんわ」とのこと。
どうせ嘘だろうとは疑うのだが、相手はパーフェクト。一介の公務員が手に負えるものではないので、無用な詮索は控えることにする。
そうなると総合部門。陸奥屋一党とカラフルワンダーの出場者は、血みどろ尻バットの二つ名を欲しいままにするシャルローネと、インチキくさい忍者である。
「それじゃあ魔法使いのお嬢ちゃん。私が先にいかせてもらうよ」
音も立てずに、忍者が試合場に立つ。
「いずみ、わかってるわね?」
美人秘書御剣かなめが、背後から声をかけた。心なしか忍者の背中が、ビクッと怯えたような気がした。
「一門の名声は、貴女の肩にかかってるのよ? 負けは許されないわ」
「自分はとっとと負けたクセに、何を言ってくれるのさ?」
「いずみ? 私は分家、あなたは本家。………おけ?」
「いや、おけ? とか言われてもさ………」
「負けたら夏休みの残りは、総裁秘書として働いてもらうわよ? もちろん無償で」
「なんだその理不尽! つーか労働賃金払わねーたー、どんな会社よ!」
「『いつも心にときめきを』。これが我が社のモットーよ?」
「ときめきだけで腹がふくれりゃ、世話ないだろ!」
「あら、人間として正しい生き方よ?」
「企業としちゃあ間違った在り方だよな」
「人らしくをモットーに。総合商社ミチノックは、今日も歩み続けています」
「暗い黄泉路を歩かせないでくれ」
なにやら揉めているようだが、忍者ごときで美人秘書に勝てないのは、火を見るより明らかだ。それなのに、なぜ忍者は逆らおうとするのか? ただ愚かとしか評しようがない。
様々な思惑が交錯しながら、忍者の試合がはじまる。
相手は妖精の美少女。
こちらは覆面、ダボッとした色気のない忍者服。
とりあえず私たち陸奥屋一党は、妖精さんに旗をあげた。
「ちょっと待て! 見た目だけで判定の旗、上げんなやっ!」
忍者は不満そうだが、こればかりは男の性。どう足掻いたところで、判定は覆らない。
「見てろよコンチキショーども。どうせこんな可愛い顔した女は、性格が悪いに決まってんだ。化けの皮剥がしてやるから、吠え面かく準備してやがれ」
どこまでも口の悪い人間だ。おまけに人の性根を疑うなど、人格がゆがんでいる証拠である。美貌で劣るということは、人をここまでゆがませるのか? おそろしいことである。
しかし陸奥屋の精神は、そんなことで臆することなどなかった。
「忍者、美少女を倒す時は、できるだけ色っぽく、な。な。な」
「投げられた美少女があられもない姿を披露する、というシュチュがたまらんのぉ」
「先ほどの執事さんの鞭、あれはイイものでしたなぁ」
「忍者、お前もあれくらいのこと出来んのかい?」
陸奥屋一党。
それは『自分に正直な集団』であった。
「さて、妖精のお嬢ちゃん」
すでに銅鑼は鳴っている。忍者は無造作に歩を進めていた。
「ウチのメンバーはスケベ心たっぷりで私に期待をかけているが、私としてはそんな破廉恥な振る舞いは本位じゃない」
妖精は呪文の詠唱を終えたようだ。しかし指示棒に似たステッキに、待機させている。
忍者は続けた。
「しかしお前が抵抗するならば、私は『あらゆる手段』を用いて勝利を目指さなければならないんだ」
消費した魔力の回復を待っているのか? それとも必中の距離まで、忍者を引き付けているのか?
「ここで私に勝ちを譲るか、あられもない姿を世界配信するか。………どちらを選ぶ?」
返答は至近距離からの、初級水魔法。
それを足でかわす忍者。しかし逃げた場所に、フェンシングのようなステッキの突き、さらに突き。
紙一重で妖精の連撃をかわす忍者だが、まだ余裕がありそうだ。
「ずいぶんと甘く見てくださってるのかしら、忍者さん?」
妖精から、初めて声をかけてきた。
というか試合場で会話するだけの余裕は、通常はあり得ない。
「なんだい? どこかで聞いたことのある口のきき方だな」
「さあ、もしかしたら貴女の身近にいる人間かもしれませんわね」
「お鏡とはアクセントが違うな。第一アレは変装できるほど器用じゃない。だとしたらその嫌味臭い口調は、ただひとり。………お前、委員長だろ?」
「ななな何を言っているやら、さっぱりですわね!」
「じゃあミチノック学園高等部一年A組、野々村………」
「ちょっちょっちょっ! なに言ってくれやがりますのかしら、この外道忍者はっ!」
「いや、お前委員長じゃないってんなら名前出してもいいだろ」
「それはあまりにも野々村さんという方に御迷惑でしょうがっ!」
「みんなよく聞け~~! いんちょの好きな奴はなぁ~~………」
妖精さん、ログアウト。
棄権と見なされて忍者の勝ちとなった。
「………ふっ、他愛もない」
勝利を宣言された忍者は、奢ることなくニヒルな笑みを浮かべたが………。
「忍者のアホーーッ!」
「なんで美少女を逃がすんじゃいっ!」
「俺のときめきを返せーーっ!」
空き缶、弁当殻、座布団と、あらゆるものが試合場に投げ込まれた。そして浴びせられる、ブーイングの声である。
「ちょ………お前らっ、ちったぁ勝者を讃えやがれっ!」
まあ、ゲーム世界で他人のリアル情報を晒そうとしたのだ。このくらいの仕打ちは当然だろう。
すでにマヨウンジャーの面々は、嬉々として座布団放ってるし。私もこのお祭り騒ぎに乗じることにする。なぜなら忍者自身が、このブーイングを喜んでいるからだ。
しかし委員長さん。
正体がバレるリスクを冒してまで、何故わざわざ忍者に話しかけたのか?
もしかして忍者に遊んでもらいたかっただけなのでは?