その2
本日二本目の更新です
マズイなと忍者が言ったとおり、アキラが前に出られなくなった。
空手でいう後屈立ち。前足に体重をかけない立ち方なので、前足による蹴りが出しやすい。
三条葵の前蹴りが、アキラの前足………つまり左足のヒザを襲い始めたのだ。
これではアキラも前に出られない。もがくようにジャブを出すが、足腰をともなわぬただの手打ちに過ぎない。
「しかも三条葵は上体を反らしているから、余計にアキラのジャブは届かなくなっている」
ならばとさらに踏み込み、アキラは左を伸ばすが………。
「あっ………」
「やられたっ!」
三条葵の膝が、アキラのアゴを下から突き上げたのだ。
一瞬アキラの動きが止まる。それもガードが解けた常態でだ。
そこへ三条葵のヒジ。
アキラのヒザが伸び切った。
三条葵が正面から抱きつき………。
「さらにマズイな」
そのままスープレックス。地面に頭から突き刺さったアキラの脚が、痙攣しながらピンと伸びる。
ダメージがひどい。体力ゲージの下げが止まらない。
だが三条葵は容赦しない。寝技に持ち込み、アキラの右に腕ひしぎ逆十字固めだ。
「いけるぞアキラ! 逆転だ!」
忍者が叫ぶ。
いや、どう見てもこれは負け確定だろうに。腕をヤラレてお仕舞いなのだが。………なのだが。………腕をヤラレて?
引っ掛かるところがあった。それが何かは分からない。
しかしすでにアキラの目は、妖しい輝きを放っていた。
ゴグンっ!
嫌な音がする。
アキラの右腕が、あり得ない角度に曲がっていた。
が、それでもアキラはもがいて、技をかけられたまま三条葵の上になっていた。
左は生きている。
そして三条葵はアキラの腕を離さない。
忍者の「やっちまえ!」の声に反応するように、アキラは残った拳を降り下ろした。
クリティカル。
当たり前だ。三条葵はアキラに技をかけていて、動けないのだから。
そこへ二発目、三発目! 三条葵の体力ゲージがみるみる減ってゆく。
そして、ついに………。
三条葵の腕が、アキラを解き放った。体力がゼロになったのだ。
銅鑼が鳴り、敗者は姿を消してゆく。
そしてアキラもまた、うつ伏せになって動かない。
「………勝ったのかい、アキラが?」
私が訊くと、忍者はうなずいた。
「どうやってよ? アキラは腕を折られたんでしょ?」
コリンが訊くと、忍者は大きく息を吐いた。
「そこが味噌さ。ここはゲーム世界だ、腕を折られてもバイブレーションが走るだけ。そして体力ゲージが減るだけさ」
「ルールに助けられたのかい、アキラは?」
「ルールを活用したのさ。ここはゲーム世界だ、現実世界でボクシングとレスリングが闘う機会は無い」
そうだ、ここはゲーム世界なのだ。私が先程引っ掛かっていたのは、現実生活との差である。
例え剣で斬られても槍で突かれても、痛みを感じることが無ければ戦意を失うこともない。闘い続けることが可能なのだ。
「だがもしも三条葵が、アキラの腕じゃなく首をねらっていたとしたら、結果は逆になってただろうな」
「腕よりも首の方が、ダメージポイントが高い、ということだね?」
そのとおり、と忍者はうなずいた。
「だったらなんで三条葵は、アキラの首をねらわなかったのよ?」
その疑問は私もたった今、感じたところだ。
忍者は答える。
「恐かったんだろうな、アキラの右が」
ここで、忍者からの質問。
「打撃と投げ技、どっちが効くと思う?」
「打撃」
私は答えた。
その理由は、「投げ技には受け身がとれるから」だ。
コリンの答えも打撃。
「だって柔道の試合でもお相撲でも、投げられてノックアウトなんて見たことが無いわ」
忍者の答えは、投げ技だった。
その理由は、「打撃が相手に拳や脚をぶつけるのに対して、投げ技は相手に地球をぶつけるから」だそうだ。
どうも今ひとつ、ピンと来ない。
「じゃあ、プロボクシングは、真剣勝負だけど。プロレスは?」
「………ショーだよね?」
言葉を選ぶ質問は、しないで欲しい。
「大相撲でたびたび取り沙汰されている疑惑は?」
「八百長疑惑かしら?」
こらコリン、もっと言葉を選びなさい。
「だが、そうせざるを得ない理由がある。………あの怪力な巨人たちが本気になって投げ合いをしたら、どうなると思う?」
「ケガ人では、済まないだろうね………」
だから、お客さまが不快なものを目にするような場面が無いように、事前の取り決めは必要なのだと忍者は言う。
よかった。プロレスや大相撲の話題になった時は「どうなることやら」と思ったが、なんとか障りなく話がまとまった。
「ただ、これは私個人の意見。大相撲やプロレスが八百長とかショーとかいう証拠は無い。私個人が横綱に、品の無いガチンコなんてやって欲しくないだけさ。それに力士やプロレスラーが真剣勝負やってなくても、奴等が強いことに変わりは無いからな」
もともとデカくて強い奴等が、朝から晩まで鍛えているのだ。セメントに弱い訳がないと、忍者は締めた。
「でも、あの三条葵。キックやヒジを使うなんて………レスラーの風上にも置けないわね!」
コリンが憤然とするが、忍者は大笑い。
「なによ忍者、何が可笑しいのよ!」
「いやぁ、デコちゃんは人が好いなぁってね」
その一言で、私にはピンと来た。
「よもや忍者、三条葵さんはレスラーじゃないとか?」
「そう、最初のグレコはフェイクだな。私も騙された。だがダウンを喫してからの、あの構え。あれでわかったよ」
「?」
「あれはヒクソン・グレーシーの構えさ。それと中国武術の詠春拳も、ああいう構えをとる。三条葵はかなりあれこれミックスしてるが、基本は総合格闘技なんだろうな」
「だったらなんで、アキラの寝技パンチをゆるしたのよ? それこそ三条葵の十八番でしょ?」
忍者の顔が変わった。
こいつ、普段は道化を演じてるだけじゃないのかと疑いたくなるような、怖い戦士の顔だった。
「だからさっき言ったろ? アキラが恐かったのさ」
小柄でありながら、少年のようなアキラ。
太陽の申し子のように、明るく朗らかなアキラ。
オオカミ耳も可愛らしく、「マスター、マスター」となついてくる、可愛らしいばかりのアキラ。
そのアキラが、いつの間にか私たちでは手が届かないようなモンスターに育ったような、そんな幻覚に襲われる。
いや、もしかしたら。
拳闘士としては反則の腎臓打ち。あの一撃を放つと決めた時から、アキラは違う形に成長をはじめたのかもしれない。
それが是であるか非であるか?
それは私には分からない。
それを判断できるはずのジャック先生なら、どう答えてくれるだろう?
「技に飲まれてないから、大丈夫だろ?」
あっけらかんと答えそうな気がする。
これをもってアキラの予選全勝と、トーナメント進出が決定した。