私、ゴールデンカードを観戦する
大変にはしたない姿というものに対し少なからず期待してしまうのは男の悲しい性なのだが、老執事の予選の残り二戦ははしょって紹介させていただくことにする。
何故なら老執事の二戦目はガタイのいいドワーフ親父、三戦目はスキンヘッドにヒゲ面のオッサンだったからだ。
しかも悪いことに二人のオヤジ、魔法少女同様に磔にされて鞭で打たれておきながら、棄権を申し出なかったのである。
鞭のたびにあがる、艶めいた声。
ただしオッサン。
バイブレーションの感覚に耐えきれず、波打つ肢体。
だけどオッサン。
正直、私はフルタイムで観戦したことを後悔していた。さらに本音を語るなら、「お願いいたします、さっきの魔法少女と再戦してください。もちろんギブアップ無しのルールで」というところだ。それほどまでにオッサンたちのはしたない姿は見苦しく、なおかつ濃厚なものであった。
まったくもって、明日の朝食はノドを通らないであろうほどの暑苦しさである。
口直しが必要だ。
御剣かなめ、秋月冴、メイドさんといった、綺麗どころ三連戦である。
まずはメイドさん。
試合場に上がるや否や、対戦相手が苦しみ出した。デバフにより体力ゲージがみるみる減少し、ついにはゼロへ。
本来ならば一本勝ちなのだが、銅鑼が鳴っていないのに倒れてしまったのだ。
運営の協議が入り、デバフの原因が試合前にメイドさんが対戦相手に提供した、お茶であることが判明。毒物が混入されていたというのである。
当然メイドさんは反則負けとなったのだが、三戦連続で同じ手口の反則負けなのだ。メイドさんもメイドさんなのだが、同じ手口にひっかかる対戦相手たちも対戦相手たちである。
それにしても男というものは、ヒラヒラふわふわなメイド服、エプロンドレスで迫られると、まったく逃れられないものである。
続いて秘書の一人、秋月冴さん。
彼女はお茶を運んでは対戦相手にぶっかけ、書類を運んでは対戦相手の頸動脈をカットするなど、ねらってるのかよ? といいたくなる奮戦振りで一次予選を突破。
ただし、本人はまったくそのことを自覚していないようではあった。大変に性質の悪いタイプである。
そしてみんなのお姉さま。御剣かなめさんの登場だ。
彼女はパーフェクト・レディらしく、魔法と物理の波状攻撃で全勝を飾った。ただ、彼女の放った手裏剣のことごとくが対戦相手のお尻に命中していたのは、理由が分からなかったが………。
そして我々陸奥屋の第一次予選、最後の一人が試合場に入った。
群衆が足を踏み鳴らす。
手拍子で奴を出迎える。
そして人々は口々に叫んだ。
「総裁総裁総裁っ! 俺の総裁ーーっ!」
「見ているだけで辛抱たまらんぞっ! 濡れるーーっ!」
「抱いてくれとは言わんから、キスしてくれーーっ!」
「あっーー!」
相変わらず男性人気は凄まじい。そして女子からはブーイングの嵐。
陸奥屋一党の総裁、鬼将軍の登場である。
くわえた薔薇のひと茎を観客席に放り込み、すかさずウィンクをひとつ。
「あぁーーっ! ワシゃ、ワシゃもうダメじゃーーいっ!」
「俺なんかもうっ、もうっ………キュウ、クラクラ」
「あぁっ、兄者! しっかりしてくれーーっ!」
今にも暴動が起こりそうなほど、男たちは興奮しきっている。そして邪な想いなどないのに、私まで熱く拳を突き上げていた。
興奮の坩堝の中、やりずらそうな顔で対戦相手が入場して来る。
チーム『まほろば』代表、天宮緋影であった。だがしかし、この娘も同類である。背後からは「H・I・K・A・G・E! ア・マ・ミ・ヤ・ヒ・カ・ゲ! ひ~ちゃんひ~ちゃんひ~ちゃんひ~ちゃんひ~ちゃんガンバってーオーーッ!」などと、かなり練習を積んだであろう声援が、振り付きで注がれていた。
まあ、見苦しい男どもによる不快指数の高い声援よりは、はるかに心地よいものではあるのだが。
あるのだが、しかし。
女子の群れとすれ違うとき男子が不快を感じるかのように、居心地の悪そうな眉のしかめ具合を鬼将軍も見せた。
そして奴は片手を挙げた。とたんに男性陣女性陣、ともに声援を止めて静まり返る。
「………何故か女子人気が高いな、ひ~ちゃん」
「………そちらこそ殿方からの熱い声援、羨ましい限りですよ鬼将軍」
「欲しいとねだっても、くれてはやらぬぞ。我々は『男』という、鉄をも挫く固い結束で結ばれているのだ」
「いりません持って帰ってください、お願いですから」
和風お姫さまのような天宮緋影だが、意思の主張はハッキリしている。
しかし乙女の主張は、あの男の耳には届いていないようだ。
「その鉄の結束を背負っているのだ、負ける訳にはいかないのだよ、ひ~ちゃん」
「相変わらず人の話を聞かないで、自分のペースでしか生きない男ですね、鬼将軍」
「………では、ひ~ちゃん。よろしいかな?」
「いつでもかまいませんよ、鬼将軍………」
銅鑼が鳴る。
予選だというのにいきなりのゴールデンカードだが、闘いはすでに始まってしまったのだ。
まずは奴がマントをひるがえす。
「はーーっはっはっはっ! 私の名は鬼将軍! 悪の組織陸奥屋一党の総裁だーーっ!」
そして天宮緋影は呪文詠唱。意外に姑息な女である。というか鬼将軍が相手の場合、この戦法が正しいのかもしれない。鬼将軍という男、晴れの舞台では必ず見得を切る。そして見得を切る間は無防備なのだ。そして何より姑息だろうとなんだろうと、この男はまともに相手をしてはいけないのだ。
「………ぬばたまの闇へと落ちる門を、今ここに開くべし! 漆黒魔法・異空間転送!」
天宮緋影が魔法を発動した。
鬼将軍の足元に黒い空間が広がる。
そして純白の軍服を身にまとった悪魔は、高笑いのまま異空間へと落下していった。
「さらに漆黒魔法・異空間召喚、発動っ!」
先ほど鬼将軍が落下した穴の真上に、もうひとつ穴が開いた。高低差は三メートルほどだろうか?
すると高笑いが聞こえてきて、上の穴から鬼将軍が落ちて来た。そのまま、最初に開かれた下の穴へと落ちてゆく。
「天宮緋影の対鬼将軍魔法! 無限るーぷの術です!」
上の穴から下の穴へ。
脱出する術も無く、鬼将軍は落下し続けていた。
「天宮一族家伝の奥義! とくと味わいなさい、鬼将軍!」
陸奥屋総裁鬼将軍、最大のピンチである。
というかその魔法、天宮家の技なのかよ?