私、ジャック先生の闘いを見る
ジャック先生の身なりは、普段はラフな普段着だ。そこに無理矢理のように帯を締め、日本刀を差している。
それが今日は和服に袴、羽織姿である。
「白銀輝夜といい、カラフルワンダーのおジイちゃんといい、みんな和服が好きよねぇ?」
コリンが半ば呆れ気味に言うと、忍者が面白そうにのぞき込んできた。
「何故だかわかるかい?」
コリンは忍者の目を見て、老執事を見る。
「私は存じております、コリンさま。ですがここで正解を教えてしまいますと、コリンさまの『考える楽しみ』を奪ってしまいますので、控えさせていただきます」
頼みの綱は断ち切られた。
少し考えて、コリンは答える。
「日本刀を使ってるから?」
「半分だけ正解。正しくは、『あれが日本刀の性能をもっとも発揮する服装』だからさ」
「そうなの?」
「そうだ。日本刀は和服を着た人間とともに発展してきた。和服を着た人間のために発展してきた、って言った方がわかりやすいかな?」
「だけどあんまりピンと来ないわね」
忍者はニコニコしながら解説する。
「そうだな、じゃあ話は逸れるけど、ジャック先生の和服は『吉岡染め』ってアイテムなんだ」
その吉岡染めというのは宮本武蔵と一乗寺下り松で闘った、吉岡一門の家業だったそうである。
「剣術の家が染め物を作ってたの? ナニよそれ」
「可笑しいと思うだろうけど、可笑しい話じゃないんだ。この吉岡染めの着物はな、刃物を通しにくいんだ。和服の方も逆に、剣術とともに発展してきたのさ」
本当なのか、忍者?
こっそり聞いてみた。
「マミヤさんまで信じるなよ。このゲーム世界に、吉岡染めなんて存在しない。ただ、吉岡染めが刃物に強いってのは知られた話だよ」
半分嘘で半分本当とは。身内まで煙に巻くのか、この忍者は。と思ったが、今まで煙に巻かれたことは数知れず。今さらな話である。
「まあ、有り体に言うと居合辺りは、帯が無いと話にならない流派もある。やっぱり日本刀を使うなら、和装が一番なのさ」
「じゃあユキはどうなのよ? あの娘、普段の洋装で日本刀使ってたわよ?」
ギクリ。
ユキさんが反応した。
ベルキラの陰に隠れようとしている。
「ねぇユキ! なんでアンタは平服だったのよ!」
子供の追求は容赦が無い。
ユキさんは顔半分だけ、こちらに出している。
「あ、あのね、コリン………」
「うんうん」
「準備された振り袖と袴、すごく派手だったから………」
「は?」
「だって剣道着や稽古着ならまだしも、ピンクの振り袖や朱袴なんだよ! あんなの私、似合わないもん!」
いや、むしろその手の色合いは、女の子に人気なのでは?
「いいじゃないの、ピンクや赤って。女の子っぽいじゃない? アンタ地味なんだから原色使ってアピールしないと、これから先キツイわよ?」
何故コリンは目上で剣の腕も上の人間をつかまえて、アンタ呼ばわりできるのだろうか?
「なんだったらその一本お下げもポニーテールにして、攻めよ攻め!」
「ポポポポニーテール!? むむむ無理無理無理、そんな派手なの!」
ポニーテールが派手な髪型? 確かに男の子を意識した、『あざとい』髪型だと聞いたことはあるが、そこまで拒否しなければならないものでもあるまいに。いや、むしろ真面目そうなユキさんがポニーテールというのは、見てみたい欲求に駆られるのだが………。
「あ、やっぱりダメ。やめときましょう、ユキ」
「ほ?」
「そこで独り身の哀しい中年が、ユキのことスケベな目で見てるわ」
「あはは、無い無い。マミヤさんに限って、そんな不埒な考え」
「先程から二人とも話が脱線しまくってるようだが、今からジャック先生が未知の強豪を相手にするんだぞ?」
「あ………」
「そうでしたそうでした。あんまり心配してなかったから、つい………」
ユキさん、薄情なコメントはよしましょうや………。
気を取り直して、試合に集中。
現在二人は試合場中央で、ルール説明を受けていた。
西洋剣士はジャック先生を睨むようにして、早くも気合充分。対するジャック先生は、相手のアゴでも見ているのか。視線を合わそうとはしない。
右に左に。西洋剣士は足踏みしながら、脚に喝をいれている。ジャック先生は不動。しかし………。
「………集中、してるのか? ………あれは」
「わからないわ」
「かなり集中してらっしゃいますよ、ジャックさまは」
老人の言葉がたのもしい。
「こりゃあジャック先生、相手に何もさせないつもりかもな」
忍者の予想は、的確な策に思える。
敵は未知の強豪だ。そんな相手にどのように振る舞うのが得策か?
敵の都合には一切付き合わない。あくまでも自分の得意分野で、注文相撲を取る。繰り返すが、相手に一切付き合わない。それがベストだと私は思う。
「一撃必殺かな?」
忍者に訊く。
「連打圧勝かもしれん」
忍者が答える。
「すべての準備が整いました」
アキラは口許を引き締めた。
「ここでお待ちかねの銅鑼よ!」
コリンの言葉を待たずして、試合開始の銅鑼が鳴った。
西洋剣士が振り向いた。同時に剣を抜いている。なるほど、抜かりは無いようだ。
対するジャック先生は?
こちらも抜かりは無い。すでに敵に相対している。ただし、剣は抜いていない。両手をだらりと提げて、湯気の静かに立ち上るが如し。如何様にも振る舞えるように佇んでいた。
常ナル構ヘ。
そこに在りてそこに無し。留まるようにして流れている。その目的は、不測の事態に如何様にも対処できるように。
私たちが一番最初に習った武術の技である。これを伝えたジャック先生は、「これを常々錬磨吟味し、怠るまじきこと」と戒めてくれた。
すなわちこれが、ジャック流の極意というやつだ。
それを実戦の場で惜し気もなく、私たちに見せてくれている。
私たちは、師匠に恵まれたようだ。実戦の場に降り立つことのできる極意を、いの一番に教えてくれる師匠に巡り会えたのだ。この出逢いを、神に感謝すべきではなかろうか?
「?」
?とは、背後からの気配だ。だが私は振り向かない。ジャック先生の演出する、『真実の瞬間』を見逃したくないのだ。
「???」
「?????」
が、背後の気配がうるさ過ぎる。
「ジイさん、これは………」
「いえ、いずみさま。まだ分かりませぬぞ?」
謎の会話が交わされるが、構っている余裕が私には無い。
「な、なによマミヤ。………相手がちっとも、出て来ないじゃない………」
コリン、声を震わせるな。………返事ができないだろ。
いや、私が返事できないでいるのは、コリンのせいではない。
違う違う、返事をではないだけじゃない。私は指ひとつ動かせないでいたのだ。
なんだこれは?
いい大人の男である私が、裸足で逃げ出したくなるような、そんな恐怖に包まれているぞ?
そして………。
見える。
空気が凍りついてゆくのが見える。
なんだこれは?
何が起こっているんだ?
「おーおー小童が。ハナから決まっとる勝負に、大人げ無いのぅ」
耳元で声がした。
ような気がする。
「………ジイさん?」
忍者の声がした。と思う。すべてはどこか遠くで、交わされた会話のようだった。
「そこまでシャッチョコ張らなくても、もう勝負は決まっとるぞ?」
しゃがれた声の言う通り。
西洋剣士が尻餅をついた。剣を放り出している。
そして犬のように這って、ジャック先生から逃げ出したのだ。
試合場から姿を消す。そのまま戻って来ない。カウントが進んだ。
10カウント。
試合終了である。
西洋剣士の戦意喪失により、ジャック先生の一本勝ちが宣せられた。
この裁定に不服を唱える者は、会場の中に一人もいなかった。