表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
317/506

私、ジャック先生の闘いを見る


 ジャック先生の身なりは、普段はラフな普段着だ。そこに無理矢理のように帯を締め、日本刀を差している。

 それが今日は和服に袴、羽織姿である。

「白銀輝夜といい、カラフルワンダーのおジイちゃんといい、みんな和服が好きよねぇ?」

 コリンが半ば呆れ気味に言うと、忍者が面白そうにのぞき込んできた。

「何故だかわかるかい?」

 コリンは忍者の目を見て、老執事を見る。

「私は存じております、コリンさま。ですがここで正解を教えてしまいますと、コリンさまの『考える楽しみ』を奪ってしまいますので、控えさせていただきます」

 頼みの綱は断ち切られた。

 少し考えて、コリンは答える。

「日本刀を使ってるから?」

「半分だけ正解。正しくは、『あれが日本刀の性能をもっとも発揮する服装』だからさ」

「そうなの?」

「そうだ。日本刀は和服を着た人間とともに発展してきた。和服を着た人間のために発展してきた、って言った方がわかりやすいかな?」

「だけどあんまりピンと来ないわね」

 忍者はニコニコしながら解説する。

「そうだな、じゃあ話は逸れるけど、ジャック先生の和服は『吉岡染め』ってアイテムなんだ」

 その吉岡染めというのは宮本武蔵と一乗寺下り松で闘った、吉岡一門の家業だったそうである。

「剣術の家が染め物を作ってたの? ナニよそれ」

「可笑しいと思うだろうけど、可笑しい話じゃないんだ。この吉岡染めの着物はな、刃物を通しにくいんだ。和服の方も逆に、剣術とともに発展してきたのさ」

 本当なのか、忍者?

 こっそり聞いてみた。

「マミヤさんまで信じるなよ。このゲーム世界に、吉岡染めなんて存在しない。ただ、吉岡染めが刃物に強いってのは知られた話だよ」

 半分嘘で半分本当とは。身内まで煙に巻くのか、この忍者は。と思ったが、今まで煙に巻かれたことは数知れず。今さらな話である。

「まあ、有り体に言うと居合辺りは、帯が無いと話にならない流派もある。やっぱり日本刀を使うなら、和装が一番なのさ」

「じゃあユキはどうなのよ? あの娘、普段の洋装で日本刀使ってたわよ?」

 ギクリ。

 ユキさんが反応した。

 ベルキラの陰に隠れようとしている。

「ねぇユキ! なんでアンタは平服だったのよ!」

 子供の追求は容赦が無い。

 ユキさんは顔半分だけ、こちらに出している。

「あ、あのね、コリン………」

「うんうん」

「準備された振り袖と袴、すごく派手だったから………」

「は?」

「だって剣道着や稽古着ならまだしも、ピンクの振り袖や朱袴なんだよ! あんなの私、似合わないもん!」

 いや、むしろその手の色合いは、女の子に人気なのでは?

「いいじゃないの、ピンクや赤って。女の子っぽいじゃない? アンタ地味なんだから原色使ってアピールしないと、これから先キツイわよ?」

 何故コリンは目上で剣の腕も上の人間をつかまえて、アンタ呼ばわりできるのだろうか?

「なんだったらその一本お下げもポニーテールにして、攻めよ攻め!」

「ポポポポニーテール!? むむむ無理無理無理、そんな派手なの!」

 ポニーテールが派手な髪型? 確かに男の子を意識した、『あざとい』髪型だと聞いたことはあるが、そこまで拒否しなければならないものでもあるまいに。いや、むしろ真面目そうなユキさんがポニーテールというのは、見てみたい欲求に駆られるのだが………。

「あ、やっぱりダメ。やめときましょう、ユキ」

「ほ?」

「そこで独り身の哀しい中年が、ユキのことスケベな目で見てるわ」

「あはは、無い無い。マミヤさんに限って、そんな不埒な考え」

「先程から二人とも話が脱線しまくってるようだが、今からジャック先生が未知の強豪を相手にするんだぞ?」

「あ………」

「そうでしたそうでした。あんまり心配してなかったから、つい………」

 ユキさん、薄情なコメントはよしましょうや………。


 気を取り直して、試合に集中。

 現在二人は試合場(リング)中央で、ルール説明を受けていた。

 西洋剣士はジャック先生を睨むようにして、早くも気合充分。対するジャック先生は、相手のアゴでも見ているのか。視線を合わそうとはしない。

 右に左に。西洋剣士は足踏みしながら、脚に喝をいれている。ジャック先生は不動。しかし………。

「………集中、してるのか? ………あれは」

「わからないわ」

「かなり集中してらっしゃいますよ、ジャックさまは」

 老人の言葉がたのもしい。

「こりゃあジャック先生、相手に何もさせないつもりかもな」

 忍者の予想は、的確な策に思える。

 敵は未知の強豪だ。そんな相手にどのように振る舞うのが得策か?

 敵の都合には一切付き合わない。あくまでも自分の得意分野で、注文相撲を取る。繰り返すが、相手に一切付き合わない。それがベストだと私は思う。

「一撃必殺かな?」

 忍者に訊く。

「連打圧勝かもしれん」

 忍者が答える。

「すべての準備が整いました」

 アキラは口許を引き締めた。

「ここでお待ちかねの銅鑼(ゴング)よ!」

 コリンの言葉を待たずして、試合開始の銅鑼が鳴った。

 西洋剣士が振り向いた。同時に剣を抜いている。なるほど、抜かりは無いようだ。

 対するジャック先生は?

 こちらも抜かりは無い。すでに敵に相対している。ただし、剣は抜いていない。両手をだらりと提げて、湯気の静かに立ち上るが如し。如何様(いかよう)にも振る舞えるように佇んでいた。

 常ナル構ヘ。

 そこに在りてそこに無し。留まるようにして流れている。その目的は、不測の事態に如何様にも対処できるように。

 私たちが一番最初に習った武術の技である。これを伝えたジャック先生は、「これを常々錬磨吟味し、怠るまじきこと」と戒めてくれた。

 すなわちこれが、ジャック流の極意というやつだ。

 それを実戦の場で惜し気もなく、私たちに見せてくれている。

 私たちは、師匠に恵まれたようだ。実戦の場に降り立つことのできる極意を、いの一番に教えてくれる師匠に巡り会えたのだ。この出逢いを、神に感謝すべきではなかろうか?

「?」

 ?とは、背後からの気配だ。だが私は振り向かない。ジャック先生の演出する、『真実の瞬間』を見逃したくないのだ。

「???」

「?????」

 が、背後の気配がうるさ過ぎる。

「ジイさん、これは………」

「いえ、いずみさま。まだ分かりませぬぞ?」

 謎の会話が交わされるが、構っている余裕が私には無い。

「な、なによマミヤ。………相手がちっとも、出て来ないじゃない………」

 コリン、声を震わせるな。………返事ができないだろ。

 いや、私が返事できないでいるのは、コリンのせいではない。

 違う違う、返事をではないだけじゃない。私は指ひとつ動かせないでいたのだ。

 なんだこれは?

 いい大人の男である私が、裸足で逃げ出したくなるような、そんな恐怖に包まれているぞ?

 そして………。

 見える。

 空気が凍りついてゆくのが見える。

 なんだこれは?

 何が起こっているんだ?

「おーおー小童が。ハナから決まっとる勝負に、大人げ無いのぅ」

 耳元で声がした。

 ような気がする。

「………ジイさん?」

 忍者の声がした。と思う。すべてはどこか遠くで、交わされた会話のようだった。

「そこまでシャッチョコ張らなくても、もう勝負は決まっとるぞ?」

 しゃがれた声の言う通り。

 西洋剣士が尻餅をついた。剣を放り出している。

 そして犬のように這って、ジャック先生から逃げ出したのだ。

 試合場から姿を消す。そのまま戻って来ない。カウントが進んだ。

 10カウント。

 試合終了である。

 西洋剣士の戦意喪失により、ジャック先生の一本勝ちが宣せられた。


 この裁定に不服を唱える者は、会場の中に一人もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ