私、ようやく西洋剣士に出会う
本日二話目の更新です。
あっという間の出来事だった。
などというと嘘になる。事実、私たちは翁の動きを目でとらえていた。トトト………と歩いたような気はしたが、逆に言うと何をしたとかでなく、ただ間合いを詰めただけである。相手は無抵抗、何をするでなくただただ間合いを許してしまったのだ。
「マンガなら今の動き、ものすごいスピードで動かすか、あるいは両手を振って走らせるだろうな」
忍者の解説だ。
「だけど見たか? 翁は和服の袖ひとつ、袴の裾ひとつ動かさずに間を詰めたんだぜ?」
「言われてみれば………」
「そうよね、着物が全然乱れてないわ」
「アキラの時にかなめ姉ぇが言ったとおり。あのジジイ、前に落っこちたのさ」
踏ん張るでなく、蹴るでもなし。歩くでなければ駈けるでなし。
ただ前方に落下していって、小刻みに脚が追いつくだけ。
「あれをやられるとなぁ、目の前のジジイが、そのまま巨大化するようにしか見えなくなるんだ」
つまり、見たことの無い光景であるため、脳の処理速度が落ちるのだという。もっとわかりやすく言うと、何が起きたのか理解できず、対処しきれないのだそうだ。
「予備知識もない素人にアレってのは、まさに『不意討ち以上の卑怯の極み』さ」
「意外と酷いのね、あのおジイちゃん」
「曲者とは思っていたが、好好爺の資格ゼロだな」
あぁ、と忍者は苦々しく言う。
「あれが本物の、兵法家って人種よ」
「お言葉ですが、いずみさま」
汚いジジイとは正反対。勤勉実直を絵に描いたような老執事が、目を細めている。
「いずみさま、失礼ながらいずみさまは先程から、大好物を前にしてらっしゃるように瞳をキラキラ輝かせてらっしゃるように見えますが?」
「御冗談、私はあんな化け物はタイプじゃないんでね」
「嘘と浮気はいただけませんね、いずみさま」
「嘘はわかるが、浮気ってのはどういうことだい?」
老執事は相変わらず、大人としての微笑みを絶やさない。
「お話をうかがっていますと先程から、やれ白銀輝夜だ居合の達人だと。戦士部門の選手にばかり目移りしてらっしゃるようですが………いずみさまの相手は、総合部門でお待ちかねなのですよ?」
「ふふふ………それもそうだな」
「まだわかってらっしゃらない」
いや、執事さん。忍者の相手はかなめさんや鬼将軍。はばかりながらコリンやホロホロだと言いたいんですよね? 忍者もそれは承知してますが?
「いずみさまは、何も御理解いただけてない。その気になればこの私めも、あちらの翁に負けず劣らず、いずみさまのおもてなしをさせていただきますよ?」
ぅおっ? なんだこの寒気は?
急激に背筋が冷たくなったぞ?
執事さんは相変わらずニコニコしているし、忍者は忍者で珍しく相好を崩しているというのに。
なんだろうか? この『虎の檻に放り込まれた感』は?
いや、もちろんその正体を知りたい訳ではない。むしろ知りたくないし、御免こうむりたい。
ただひとつ、言えることがある。
この温厚な老執事は、あの鬼将軍に仕える者であり、御剣かなめとともに鬼将軍の懐刀であるということだ。
「勝負あり!」
決着の判定がくだった。
翁の勝利である。
それも刀を抜かず、傷つけることもなく。相手に一切の攻撃を加えることなく、一本勝ちを得たのだ。
「はっはっはっ、気障なジジイだな」
すでにジャック先生が控えていた。
「まったくどちらさんもこちらさんも達人ゴッコがお好きなようだが、さて俺はどんな勝ち方をすればいいんだ?」
すでに私たちの眼下、試合場におりて首をゴキゴキ鳴らしている。
そのジャック先生の相手は………。
「ん?」
忍者が警戒する。
明らかに殺気立っていた。
「甲冑姿の西洋剣士よね?」
コリンも警戒しているようだ。
縦回転で下から上へ、剣をクルクル回している。ずいぶんと滑らかな、あるいはこなれた動きである。
「やるな、あいつも」
「そのようですな」
忍者と老執事の意見が一致した。
「西洋剣術のお出ましかよ」
「まさしく、現代のジェダイのようで」
西洋剣術?
そんなものが存在するのか?
いや、もちろんレイピアを用いたフェンシングは知っている。
しかし敵がアップで使っているのは、両刃の両手剣である。例えるならばそう、騎士などが用いるようなアレである。
「………厄介だな」
「そうなのかい?」
「あぁ、日本の剣術は秘伝だ極意だといいながら、公開性が強いんだ」
忍者は語る。
「それはある意味、二度と訪れることのない刀剣の時代を意味するし、あるいは大戦中に御先祖さまたちが暴れすぎて、逆に欧米人の興味をひいてしまった結果とも言えるんだけど。いずれにせよ日本剣術は広く知れ渡りすぎたんだ」
それに対して西洋剣術は?
「西洋では刀剣の時代から銃器の時代へのシフトが、日本ほど歪じゃなかったんだ。自然にゆっくりと刀剣が滅んでいったのさ、表向きは」
「表向きは?」
「そう、すでに刀剣の時代じゃないからね。だけど剣術で身を立てた家は、伝家の秘術として残していたのさ」
まさかと言いかけたが、忍者は言葉を続けた。
「貴族が残したのさ、って言ったら信じるかい?」
日本には貴族など、すでにいない。だが美術品だの骨董だのを買い集め、文化の保護だのなんだのと言いたがる貴族が、剣術家の後援者になっていたら?
「それらを掘り起こして再現した連中が、日本にも渡って来てるのさ」
「で、その実力のほどは?」
肝心なところである。
忍者は真顔で答えた。
「私なら真正面から相手にしたくないな」
どうやらデキルようだ。
「なにしろ奴らは公開性の低い連中でね、何をやらかしてくるかわからないからな。好きこのんで相手にするモンじゃないよ」
その公開性の低い敵と、ジャック先生が闘うのだ。
どうなるというのか?