私、白銀輝夜を見る
さて戦士部門予選も、いよいよ大詰めだ。先にジャック先生が出るか、はたまたカラフルワンダーの翁が立つか。そんな予想をしていたら、ほかの剣客が試合場に立った。
「………ふむ」
鬼将軍がうなずく。
「へぇ………」
かなめさんが納得顔。
「ぬぅ………」
忍者は呻き声をもらした。
それもそのはず。チーム『まほろば』からの刺客、白銀輝夜が立ったからだ。
上下とも白い剣道着である。朱色のリボンでなびく銀髪を結い上げていた。籠手………剣道で使う小手ではなく、戦場で用いる鉄を呑んだ籠手である………と脛当ても朱で揃えている。
中年の身でありながら、おもわず見とれるほどに美しい戦装束であった。
白銀輝夜は、これもまた朱色の鉢巻きを締める。当然のように鉄を呑んでいることだろう。
そのセコンドには少しクセのある金髪の、華やかな娘がついていた。確かライヤー夫人の邸宅、地下迷宮で相対した記憶があるが、名前までは覚えていない。間違いなく言えるのは、華やかな娘もまた、チーム『まほろば』の一員だということだけである。
「………できますな、彼女は」
執事さんも唸った。
「彼女について、何か御存知で?」
「かなめさまの調査では現実世界でも剣が達者な方だそうです」
「流派などは?」
「リアルの話題になるとかで詳しくは語られませんでしたが、おそらくは古流………それも実際に血を吸ってきた流派らしいです」
「………………………………」
ジャック先生の話では、実際に血を吸ってきた剣術流派というのは、意外と新興流派が多いという。北辰一刀流、神道無念流、天然理心流など幕末の景色の彩った流派は、江戸中期以降に発している。
何故幕末期に限定したか? 戦国期やそれ以前の室町鎌倉時代にも、剣術はあったろうに? そのように思われる方もいらっしゃるだろうが、『戦場』における主力兵器は弓矢と槍だったのだ。場合によっては投石でもある。
ざっくりと何の説明もなく言い切ってしまうと、刀剣は戦場において『オマケ』程度の武器でしかなかったのである。考えてもみれば、そうだろう。敵も味方も甲冑を身につけているのだ。わざわざ防具の隙間をねらって刀剣を振るうよりも、槍でエイッと着いた方が簡単である。槍でエイッなどと言ってしまったが、これも詳しく話すと長くなる。なにしろ相手は甲冑姿だ。槍の用法にも工夫が必要である。ただ、本当に簡単に言わせてもらうならば、槍は突くのではなく『集団で叩く武器』だったのだ。
話を戻そう。
戦場では役立たずの刀剣だったが、江戸期に槍の持ち歩きが禁止され、一躍主役におどりでることとなる。しかし皮肉なことに、そこからは天下太平。合戦の無い時代へと突入する。
ただし、この太平の世が剣術の熟成を促進した。
武士の習い事、心構えとして研鑽され、民衆の生活が安定するにしたがい庶民も手習うことが許され、様々な流派が興り広まってゆく。
そこへ黒船だ。
幕末動乱、暗殺の日々。京の都の狭い建物の中、あるいは市街戦に用いられたのが、他ならぬ刀剣であった。
ということで、実際に血を吸った剣術流派というのは、案外新しい流派が多いとジャック先生は語ったのだ。
しかし。
しかし例外というものは、どこにでもある。
一刀流や示現流である。
彼らは江戸の初期………いや、それ以前に興りながらも徳川三〇〇年の歴史の中で受け継がれ、幕末の風景の中へよみがえって来たのである。
日本の剣術は、血を吸い続けてきた訳ではない。しかしひと度事あらば、いつでもその牙を剥くことができるほど、鍛え練られていたのである。
ということで、白銀輝夜。彼女の手は一五〇年の歴史を持つものか? はたまた三〇〇年の徳川の歴史の中で、飛躍の時を待ち続けてきたものなのか? それはわからない。
しかしただひとつ、確実なことがある。
「………やるな、あの女。おそらく戦士部門の、優勝候補だろう」
忍者が苦々しくもらした通りである。
「やりますかな、いずみさま?」
老執事が問う。
「あぁ、私ではちょっと敵わないだろう」
若い忍者は答える。
「並々ならぬ腕前ですな」
老執事は落ち着いている。対戦する訳でもない相手に、無駄な緊張はしないという体だ。それはまるで、「奴と私と、どちらが本当に強いんだ?」という、若い忍者の比武根性、無駄な競争心をたしなめているようにさえ見える。
「………はやり過ぎ、入れ込み過ぎだったかな、執事さん?」
「お若いのですから大いに結構、というところでしょう。私などからすればその若さ、うらやましい限りです」
「お恥ずかしい」
忍者が恥じ入るなど、私はこれまで見たことがなかった。意外に敬老精神があるのだろうか? それとも………実は老執事が忍者でさえ頭を垂れるほどの実力者なのか?
夢と期待に胸はふくらむばかりである。
さあ、始まるぞ。
腰の鞘から刀を抜いて、白銀輝夜がかまえた。中段である。
そして相手は甲冑で武装した槍兵。ほぼ素肌の白銀輝夜にくらべば、滑稽なほどに防御を固めていた。
槍兵がヤッと突く。
白銀輝夜は一歩退くように、脇構えに移った。
気をよくしたのか、槍兵がさらに出てくる。
が、もちろんそれは罠。美しい弧を描いて、白銀輝夜の剣が輝いた。
槍のケラ首がとぶ。
刀の棟を使って、槍の残りをすり落とす。
無手となった敵に、白銀輝夜が迫った。
「参れ」
ただ一言である。
戦闘不能からの戦意喪失。
槍兵はこれだけで、棄権を申し出たのである。