私、アキラにシビレる
本日二話目更新です
青いショートヘアーに狼の耳。白い体操服に、グローブとリングシューズに合わせたような、真紅のブルマー。アキラは正義の味方カラーと呼ばれる配色で、試合場へ降りた。
リズミカルに爪先だけで跳ねている。いや、あれこそ『ステップを刻んでいる』というやつだろうか?
「調子がよさそうね、アキラ。減量が上手くいったのかしら?」
コリンが言う。
「減量? ゲーム世界でのファイトで、減量なんてするのかい?」
私が訊くとコリンは、知った風な顔で答える。
「アキラが言うには、ここぞという時には食事量を減らしたりして、ファイトに挑むそうよ。そうすると神経とか集中力が鋭くなって、機敏さが出るらしいわ」
そういうものなのだろうか? 食事制限をかけられるほど健康を害していない私は、減量などしたことがない。そして減量してまで神経の鋭さや集中力を必要とするケースが、私の日常には存在しない。
「相手が出てきたわよ?」
「ほう、中肉中背の剣士か。………バランスが良さそうだね」
「バランスが良いのは、何でもできるってことね」
「何でもできるってことは、何にもできないってことさ」
私たちが対戦相手の評価を、あーでもないこーでもないと言っていると、執事さんが身を乗り出してきた。
「ですがマミヤさま、コリンさま。大切なのはアキラさまが、どのように処理をするか? これに尽きるかと思われますよ?」
なるほど、私たちに声をかけてくれたのは初めてだが、この老紳士もアキラのファイトに興味津々なのかもしれない。一番のポイントをズバリと突いてきた。
「執事さんは、どちらが勝つと思ってらっしゃいますの?」
コリンも『さま』をつけて呼ばれたせいか、いつもと口調を変えている。
「もちろんアキラさまです。おそらくはノーダメージの圧勝かと」
「アキラのファンなんですね、執事さん?」
私が訊くと、老紳士は相好を崩した。
「えぇ、私は陸奥屋一党のみなさま方、一人一人のファンです。どの試合も手に汗握る思いで拝見してますよ」
試合場中央で、両者にルールの確認。それが済んだら両陣営に別れて………銅鑼が鳴る!
二人は普通に歩み寄り、剣がかまえられた。いわゆる一足一刀の間合い。
が、アキラはなおも歩みを止めない。かまえてもいない。
剣士の方が慌ててステップバック。なおもアキラに詰められる。
アキラの動きを止めようとしたか、剣先が動いた。
同時に剣士の顔面が弾ける。
ジャブか?
見落としてしまった。
「ジャブよ! それも、フリッカーだわ!」
コリンが鋭く言った。
ジャブは納得できる。しかし下から弾き出すフリッカージャブなど、手足の短いアキラの技ではないはずだ。
はずなのだが………。
アキラの右拳は右頬のそばに。そしてほとんど半身の体勢で、ダラリと左腕を垂らしている。いや、振り子のように揺らしていた。
デトロイト・スタイル。
キューバ・スタイル。
いろいろな呼び方をされているが、私にはこの呼び名がしっくりと来る。
ヒットマン・スタイル。
ヒットマンとは殺し屋を意味するが、日本人の悲しい性なのだろう。どうしてもスナイパーのような、長距離射撃をイメージしてしまう。
そのヒットマン・スタイルから繰り出されるフリッカージャブが、再び剣士の顔面を弾いた。
三発目、四発目。ジャブをもらっては後退を、剣士が繰り返す。そのリーチの差を物ともしない闘い振りに、観客は息を飲み静まり返っていた。
またジャブ、さらにジャブ、それでもジャブ。剣士はアキラの正面に縫い付けられたように、左右への動きを忘れていた。
「いや、アキラがそれを許していないのか?」
思わず一人言をもらすと、「そのようですな。技量に差がありすぎます」と、老紳士が答えてくれた。
「もうジャブとは呼べないかしら? アキラが肩を入れだしたわ」
コリンの言う通り、アキラのジャブはストレートと呼んで差し支えないほどに、グンと伸びていた。体力ゲージの減り具合も、これまでとは段違いである。
「それにしましてもアキラさま、踏み込みが鋭くなられましたな」
老紳士は感心したように、ため息混じりだ。
「剣士が動くか動かぬか、その先の先を押さえ込むようにして拳を繰り出してらっしゃいます」
「コリンの言う神経の鋭さが、それを可能にしているのかな?」
「そのように察します」
剣士が足を止めた。
反撃のために止めたのではない。一発のダメージから回復するより早く、次のパンチに見舞われているのだ。
こうなると、もう釘付けである。
左、左、左!
ストレートの連打を浴びて、剣士はついに力尽きた。
崩れ落ちる剣士が、姿を消してゆく。撤退だ。
アキラの勝利が確定する。そこでようやく、歓声が挙がった。またもやシーン現象が発生していたのである。
私からすれば、ほとんど付け焼き刃のヒットマン・スタイルだったが、アキラは苦労することなく三戦全勝を飾った。