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その2


 魔法部門の予選は続く。

 私の奮起に呼応するが如く、陸奥屋魔法部隊が次々と出撃した。六人が三戦ずつの十八連戦、結果は全員予選突破。三戦全勝が一人で、残り五人は二勝一敗と悪くない成績であった。

 この連戦を眺めて特筆すべき点は、よその魔法使いはほとんど脚の使わない………いや、陸奥屋魔法使いたちがあまりにも機動力重視というか、私たちって異端なのねというくらいに脚を使っていることだ。

 長距離戦においてはショット&ランが原則と、陸奥屋一乃組の出稽古初期段階から叩き込まれている。私たちにとっては常識的な技術でしかないのだが、よそ様から見るとかなり奇異に映っているらしい。

 もっとも、盾だ鎧だ装飾具だとアイテム頼みの魔法防御が大半の魔法使いたちである。動きたくなんかない、というのはなんとなく分かる。陸奥屋魔法部隊に黒星をつけた連中にしても、アイテムやら何やらで魔法にブーストをかけて、ようやくウチの戦法を打ち崩しているという『アイテム頼み』に過ぎない。彼らの中では、魔法は『鍛える物』ではなく『アイテムに頼る物』でしかないのだろう。現に対戦相手たちから、「陸奥屋は魔法で不正している」とクレームが入っているようだ。運営サイドの調査が入っているらしいが、そのようなことをしても無駄でしかないのは、火を見るより明らかだ。

 まあ、レベル6の私ごときが………あるいはレベル一桁にすぎない陸奥屋魔法部隊が強力な改造魔法、圧縮魔法を駆使していれば、クレームのひとつもつけたくなるというものだ。しかしこれは、稽古に励んだ結果である。悪いが君たちには、苦杯を舐めていただくしかない。

 そして陸奥屋魔法部隊の実力は、シャドウの登場で決定的となる。

 これまで見たこともない、本当の上位魔法使いを相手にショット&ランの華麗な戦闘を見せつけたのだ。

 シャドウが走る。敵の範囲魔法が降り注ぐ。しかしシャドウは、もうそこには居ない。

 ならばと敵は弱魔法を連打。それこそ陸奥屋の面目躍如。ことごとくを脚でかわし、逆に弱魔法をプレゼントした。

 レベル23という圧倒的なハンデを背負いながら、レベル9のシャドウが一本勝ちをおさめたのである。

 試合序盤こそは私たちも、「オーレ! オーレ!」と闘牛士(マタドール)に対するかのように声援を送っていたが、中盤に差し掛かる頃になると固唾を飲んでファイトの行方を見守ってしまったのである。

 シーン現象という言葉があったそうだ。これはベルキラからの知識である。かつて平成一桁の頃、ある格闘技団体の興行で見られた現象らしい。本来熱狂すべき観客が、最高の一瞬………つまりフィニッシュの場面を見逃すまいと、固唾を飲んでファイトを見守る現象だそうだ。それを私たちが、平成三〇年のゲーム世界で再現している。

 そして必然をもって訪れる、真実の瞬間。シャドウによる弱魔法連打から、圧縮魔法の仕上げである。

 敵が崩れ落ち、勝敗を決する銅鑼が鳴る。私たちはそれまで忘れていた呼吸を、一気に取り戻した。

「………さすがですね、シャドウさん」

 アキラがもらす。

「見ましたか、マスター。シャドウさんの脚さばき」

「あぁ、さすが陸奥屋一乃組斬り込み隊長だ」

「そうじゃありませんよ、マスター」

 アキラは私の理解度の低さに、苦笑いを浮かべている。

「速いんですよ、シャドウさんの脚は」

「?」

 特別、そうは見えなかった。

 が、すぐに顔から血の気がひく。

 シャドウは「特別速く動いてもいない」のに、高レベル魔法使いの範囲魔法を、ことごとくかわしてみせたのである。

「もちろん、敵の先を読むって技術もあるんだと思いますよ? でもシャドウさんの脚は、こう………何かが違うんですよね」

 何が違うのか?

 それはアキラにも解らないようだ。

「落ちる体さばきよ」

 背後から声をかけられた。振り向くと、美人秘書御剣かなめが微笑んでいた。

「落ちる体さばき、ですか?」

「そう。アキラ君はジャブを出すとき、後足で地面を蹴ってるわよね?」

「はい」

「後足で地面を蹴るためには、筋肉で『溜め』を作らなきゃダメよね?」

「はい、わかります」

「シャドウ君の歩法は地面を蹴るんじゃなくて、身体を沈める………身体が落下する力を使っているの。そうすると『溜め』を作る時間を削除できるし、速度ゼロから重たい身体をヨッコラショと動かさなくて済むから、初動の速度が全然違うのね」

 なんだかイマイチ、よくわからない。

 そんな私にかなめさんは、さらに説明してくれる。


 自転車を漕ぎ出す。

 当然、初動のペダルは重たい。

 よいしょよいしょと漕いで、スピードに乗ってくると、ペダルは軽くなる。

 シャドウの動きは最初から坂道を下る体勢でかまえているようなもの。

 落下する力が自転車を押してくれているようなものなので、最初からペダルは軽い。

 初速がまったく違うのだ。

「自転車を例にあげるなら、最初から誰かに後押ししてもらってる。って考えてもいいわね」

「理屈ではわかりますが、かなめさん。そんなことが可能なんですか?」

「あら? 今やったじゃない、シャドウ君が」

 んなこと言いたい訳じゃないやい。

 口を尖らせたい気分だったが、かなめさんがチョイチョイと指をさす。

 圧勝したシャドウが、ジャック先生に叱られているのだ。

 曰く、あの程度の相手に浮身なんて使うんじゃない、と。

「へぇ………浮身って技なんだ………」

 アキラが感心したように言う。

「ふふっ、アキラ君。浮身と同じ効果を、もっと簡単に得られる技、お姉さんは知ってるんだけどなぁ」

 御剣かなめの微笑みは、まさに魔性の微笑みであった。

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