私、案ずる
そこは種族の区別なく、職種の区別もギルドやレベルの区別も無い。
誰もが集い情報を交わし、大いに語らう場所。
それは茶房『葵』。
私はいつものように暖簾をくぐり、歩ちゃんに案内されて奥座敷へ。
猛暑をしのぐ冷茶を二杯。それから熱い一杯を届けられた。
その蓋に手をかけた時、待ち人は歩ちゃんに案内されて来た。
「お招きにあずかりまして、カラフルワンダー主シャルローネです」
「お忙しいところ申し訳ありません。迷走戦隊マヨウンジャー主、マミヤです」
互いに目を見合わせて、思わず吹き出してしまう。私たちはもう、そんなかしこまった間柄ではないのだ。
「どうしたんですか、マミヤさん? 急に呼び出したりなんかして」
「えぇ、実は夏のイベントについてなのですが」
「あ、もしかしてマミヤさん。魔法部門に出場とか? それでそれで、私の動向を気にしちゃったりしてます?」
「魔法部門には出場しますが、シャルローネさんの動向は気掛かりではありませんね」
「ほ?」
「さる筋からシャルローネさんは、総合部門にエントリーという情報が入りましたので」
「ありゃ、バレちゃいました?」
シャルローネさんは美少女の姿のまま、気安く親しみやすい笑顔を見せた。
「で、シャルローネさん。貴女が魔法の名手というのは存じてますが、それなら魔法部門に出れば良いものを。………なにかあったんですか?」
なにかあった? と復唱して、シャルローネさんは考え込む。
そして口を開き………。
「マミヤさん、マヨウンジャーの魔法使いは、マミヤさんだけですよね?」
「えぇ、そうですが」
「じゃあもしも、マヨウンジャーのみんなが職種魔法使いだったとしたら、今回のイベントをどうします?」
「全員で魔法部門に出ます」
「そうすると、仲間の中で順位が着いちゃいますよ?」
ん? なんだろう、この違和感は。確かに同じ部門へ全員で出場すれば、成績に順位がついてしまうだろう。だがそれは仲間の中でのこと。イベントの成績で身分の順位が決まる訳でなし。誰もが同じ条件で闘える訳でなし。
むしろ仲間ならば、順位で奢ることなく腐ることなく。成績の奮わなかった者を笑うでなく、むしろ敗因を学ぶべし。
本来仲間というのはそうあるべきであり、カラフルワンダーはそれが出来る集団だと、私は踏んでいた。
なのにシャルローネさん、今さら順位を気にするとは、これ如何に?
いや、シャルローネさんがその程度の人間ならば、カラフルワンダーのあのメンバーが仲間になるであろうか?
………………………………。
彼女の瞳をのぞき込む。
偽りの色が浮かんでいた。
そして彼女の小鼻が、ピクピクと動く。
「シャルローネさん、それは、嘘でしょう?」
「う~~ん、マミヤさんには隠せませんねぇ。………ここだけの話ですよ?」
シャルローネさんが語るには、彼を識り己を識れば百戦危うからず、だそうで。つまりこれから先、めぐり逢うであろう強豪たちの力量を知るために、闘技場と似たルールの総合部門に出るというのだ。
「とはいえ、危なくないのかい? 戦士の中には魔法を使える奴だっているんだ。それに楯やら鎧やらで武装してるのが普通だろうし」
「あらマミヤさん、私の心配してくれるんですか?」
どうして女の子というやつは、こんな時に大好物のスイーツと出くわしたような顔ができるのだろうか?
「心配というよりも、戒めていると言った方が正しいかな? 無謀だぞ、って」
「その辺りは、なんとかしますよ。マミヤさんがジャック先生に武術を習っているように、私だって伯士から手ほどきを受けてるんですから♪」
「おじさんとしては心配な限りだなぁ………」
「やっぱり心配してくれてるんですね。うれしいなぁ、そういうの」
おや、心配されて嬉しいときたか。
ということは?
「カラフルワンダーのみんなは、シャルローネさんの心配はしてくれないのかい?」
「全然! むしろ私に『やり過ぎるなよ』みたいな感じで、失礼ですよね? こういうのは」
そういえば彼女の通り名は、『血みどろ尻バット』である。探索に出た折りは、愛用のメイスを振りかざしモンスターの群れを右に左にという、大奮闘を見せるとか。
「いや、本当に。気をつけるんだよ、シャルローネさん」
マグラの森に現れる、紅の撲殺天女。そんなフレーズを頭から振り払って喋ったのだ。私の言葉は空虚に響いたかもしれない。
しかしそんな空虚な言葉でも、彼女は嬉しかったのだろう。極上の笑顔で、とてもよい返事をしてくれた。
「マスター、日程が出たよ」
拠点『下宿館』に帰ると、マヨウンジャーの面々がホロホロを囲んでいた。
「第一次予選が、土曜日の夜八時からだって」
「第一次予選?」
それはどういうことか? 私もウェブにアクセスしてみる。………運営公式ホームページ、と。ここだここだ。どれどれ?
まずは『真夏の祭典! G1クライマックス開催』の文字が、目にとびこんで来た。そして私が気にするべき、魔法部門のページを開いてみる。
魔法部門、参加者八〇〇名とあった。
参加者八〇〇名?
はて? アキラに聞いたカラテの世界大会は、選手全員でも二〇〇名もいなかったはずだが。
「あ、マスターがフリーズしちゃいましたよ?」
「なによ、八〇〇名くらいで。アタシのとこなんか、一六〇〇名なのよ? 一六〇〇名! ふざけるなって言いたくなるわよ!」
ちなみに戦士部門は一〇〇〇名程度。今回のイベントは、私たちにとって空前のスケールとなった。
「変な話、厳冬期イベントよりも規模がデカいな」
「今回は夏休みもからめてるからねぇ」
ベルキラとホロホロでさえ、呆れ返っていた。
「そうだ、呆けている場合じゃない」
「あ、マスターおかえりなさい」
「肝心の組み合わせはどうなったんだ?」
ページをめくっても、それらしきものは出て来ない。
「そちらの方はぁ、まだまだ難航しているようでぇ~。明日の発表までお待ちくださいとのことでしたぁ♪」
珍しく神に祈りたい気分であった。
たのむから、いきなり知り合いと闘わせないでくれ、と。