私、鬼門筋を避ける
さて、そうなると稽古になる。
いつもの陸奥屋一乃組道場。私たちはジャック先生に、G1クライマックス出場の旨を伝えた。
「今年は部門別に競技をするらしいけど、みんなどの部門に出るんだい?」
ジャック先生は私たちを試すような眼差しだ。
「はい、アキラ、ベルキラ、モモが戦士部門。ホロホロとコリンが総合。私が魔法部門に出ます」
ジャック先生はカラカラと笑う。
「こらこら、そんなに簡単に手の内をバラすものじゃないぞ?」
「兵法の上ではそうですが、師に隠し事というのは不敬と考えましたので」
「………なるほど、マミヤさんはそちらを取りましたか。どうりでホロホロがふくれっ面なわけだ」
振り向くとホロホロが、「どうしてそんな簡単に教えちゃうかな?」という眼差しを、私に向けている。
「まあまあ、ホロホロ。どうせ内緒にしたところで、もう忍者にスッパ抜かれてるさ」
「それはわかるけど、それでもなぁ………」
どうせホロホロも、本気で怒ってはいない。そんなことで怒るよりも今は、正直に手の内を晒したことで、イベントに対する心構えを聞き出すことに頭を回しているはずだ。
「ジャック先生、陸奥屋一乃組はどんな布陣でイベントに臨むんですか?」
アキラが直球を放った。
「さすがアキラ、ストレートには定評があるねぇ」
ユキさんがひょっこり顔を出した。そして眼鏡を発光させて、ちょっと意地悪な顔をする。
「ストレートに定評があるのはいいんだけどさぁ、アキラと同じ戦士部門に、私と父さん………ジャック先生が出るとしたら、どうするの?」
「どうにかしないとならないんですか?」
「へ?」
「ジャック先生やユキさんが戦士部門にエントリーするのは、もう想定済みなんだけど。それでも何かしないとならないんですか?」
「いや………それは、その………」
これにはジャック先生も大笑いだ。
「ユキ、そんな脅しをかけたところでアキラには通じないよ。なにしろお前たち同様、マヨウンジャーは俺の弟子だからな」
「ううう………」
「それよりマミヤさん、俺たちの手の内も明かさないと、フェアじゃないよね」
ジャック先生が語るには、まず回復役のフィー先生はお留守番。この人は本当に、戦闘ができないらしい。
そして陸奥屋を名乗るだけあって、戦士部門は数多く三人。ジャック先生、ユキさん、ダイスケ君。
「魔法部門には、シャドウを送り込もうと思ってるんだ」
「私のライバルですね? それで、ジャック先生。いま一人はどのように?」
「はて、誰かいましたかな?」
「おとぼけは困ります。陸奥屋一乃組のジョーカー、忍者いずみはどうするんですか?」
私の問いに、ジャック先生もニヤリと笑う。
「総合部門に出場してもらう。あの舞台こそ、忍者の本領という奴だからね」
「汚なさ全開という奴ですね?」
ジャック先生は無言でうなずいた。
ポンという音がした。振り向くとホロホロが、励ますようにコリンの肩を叩いている。ベルキラも叩く。アキラもだ。「がんばってね」の一言が痛々しい。「骨は拾いますからねぇ」という、モモの言葉は残酷だ。
「ちょっと待ちなさいよアンタたち! 忍者と対戦が決まった訳じゃないんだから!」
うむ、確かにその通り。だがしかし私たちは、いつの間にか忍者コンプレックスを患ってしまい、彼女に私たちの技は通じないと勝手に思い込んでいる節がある。この病、いつ頃から患っていつ頃から発症したものやら、私の記憶も曖昧である。ただひとつ確実に言えることは、「コリンじゃ忍者に勝てないよなぁ」ということである。
「ジャック先生………」
その忍者の声がした。
天井からである。
「陸奥屋本店の布陣が判明しました」
なるほど、味方同士で探り合いか。陸奥屋一乃組の本気がうかがわれる。と思ったが、どうせそんなものは後々発表になるのだ。あの鬼将軍が黙っていられるはずも無し、だ。
「わかったのは、本店の布陣だけか?」
ジャック先生は、天井を見上げることさえなくたずねた。
忍者は答える。
「まさか。他の組も全部調べ上げたさ。ただ、みんな好き者だなぁって」
「?」
エントリーが戦士部門に偏っている、とでもいうのだろうか?
「力士隊魔法部隊は、それぞれの得意部門に出場。これはまあ、いいとしてだ………」
「問題は本店にある、というのかい?」
「そ。しかもありがたくないことに、総合部門に偏ってんのさ」
コリン、ピンチ度数跳ね上がりである。
「まず、あそこの参謀くん。彼は得手の剣を活かして戦士部門に出場。あとはかなめ姉さん、秘書の冴さん。執事のジイさんにメイドさん。そして総大将、陸奥屋総裁鬼将軍も総合部門に出場だ」
「コリンちゃんモテモテですぅ♪」
「こんなモテ方、したくないわよ」
天井から、忍者が舞い降りた。
「よ、デコちゃんも総合部門に出るみたいだな」
「デコちゃんゆーな」
ここしばらく表記を控えていたが、コリンはハニーブロンドを後ろに流して、額を全開にした髪型である。
「マヨウンジャー諸君にも言っておくけど、今年のG1はどのチームも本気だぞ? 心してかからないと、痛い目に逢うことになる」
「忍者、一応確認のために訊くけど」
私としては気になるところなので、確認はしておきたい。
「カラフルワンダーは全員、魔法部門に出るんだよね?」
「そうそう、それそれ」
忍者は喜劇映画でも観ているような顔だった。
「あっちのジイさんは戦士部門、紫ンは不参加。そして気になるエース・シャルローネが………」
いらないもったいをつけやがる。
「総合部門に登場だ」
なんだろう、この偏り具合は? もちろんこのゲームは、「剣も魔法もあるんだよ?」な世界ではあるが、それにしても総合部門に人気が偏りすぎではないだろうか?
「基本的によそのチームは、武術じゃ勝てないから他部門に流れる奴が多いみたいだ。そして見る目のある連中は、カラフルワンダーっていう怪物がいるから魔法部門を避ける。まあ私たち陸奥屋一党からすれば、総合部門が一番の鬼門筋なんだけどな」
カラカラと声をあげて、忍者は笑った。
「そんなことよりダンナ、どっちを応援するんだい?」
しかもイヤラシく、私の肩に腕を回してくる。
「なんの話だい?」
「おとぼけですなぁ、この色男め。妻妾相討つの事案は、可能性アリなんですぜ? デコちゃんと魔法姉ちゃん、どっちを推すのさ? ん?」
なにをホザいているのか、この忍者は? というかサイショー相討つとは、どのような漢字を充てるものやら。
ただし、コリンとシャルローネさんのどっちを推すのかと問われれば、私の答えはひとつである。
「コリンに決まっているだろう? いかに魔法を授かっていようとも、チームメイトを差し置いて応援するような人間は、私にはいない」
「あらら、あくまでチームメイトとしてかい。忍者さんガッカリだよ」
忍者にガッカリされる筋合いは無い。やはりこの忍者のホザくことは、私には理解不能である。
「そんな訳だ、コリン。陸奥屋一党にとっては鬼門枠への出場だが、全力で頑張るんだぞ?」
「マミヤこそ、しっかり稼いで来なさいよ!」
変に上機嫌なコリンだが、稼いで来なさいとはまた、女房くさい物言いである。