私、種族を決める
ということで、それまで開いていたものをバタバタ閉じて、新たにウィンドウを開く。
「こちらが種族のラインアップになっております!」
チュートリアルさんは自慢気に胸を張ったが、彼女が得意げな態度に出る根拠は、まったくもって薄い。
が、いまは種族選びだ。そこに集中しなくては、いつまで経ってもゲームが始まらない。
開かれたウィンドウに目を通す。
人間 スタンダード、かつオールマイティー。序盤は決め手に欠ける種族だが、レベルが上がりスキルを取得すれば、一人軍隊になれる可能性がある。すべての職業に就くことができ、大半のスキル取得が可能なところが強味。
ドワーフ 力持ちで頑丈な肉体を持つ種族。バトルにおいては味方の楯となり、強力な一撃を放つファイター。僧侶、魔法使いにはなれないが、基本的な魔法は使える。職業においては鍛冶屋を営むことができ、レベルがあがるとかなり高価な武器武具の製作が可能になる。かなりボロい儲けだ。探索では鉱物などをよく見つける。
魔族 序盤では魔法攻撃などがバトルで有効。人間に比べて少し頑丈だが、僧侶とは相性がよくない。探索では毒物などをよく拾い、街で売ればなかなかの儲けになる。僧侶にはなれないが、毒草などの栽培で稼ぐことが可能。スタートダッシュには最適な種族。
ニンフ 妖精のたぐい。人間に比べて打たれ弱い面があり、序盤のバトルでは僧侶になり味方の回復を手伝うのが良い。とはいえレベルとスキルの向上が目覚ましいので、戦士や魔法使いとしても有能なあたりが侮れない。人間に次ぐオールマイティー種族。探索ではマジックアイテムなどをよく見つける。
「と、このようになっておりますが、どちらを選ばれますか?」
「ふむ」
ここはひとつ、思案のしどころだ。
普段の私ならば、迷うことなく人間を選ぶだろう。スタンダード、オールマイティー、そんな印象が私に合っている。
しかし今回はゲームである。
遊びに来ているのだ。
しかもこの疑似体験型のゲームを選択したのは、普段とは違うことをしてみたかったからなのだ。
となると、人間という選択肢は即座にボツ。
残るはドワーフ、魔族、ニンフとなる訳だが………。
さて、魔族はそれとなくわかる。ニンフ、こちらも妖精のようなものだろう。イメージが湧く。
しかしドワーフというのは、あまり馴染みが無い。種族の説明文から想像するに、野人かゴリラを連想してしまうのだが。
「それぞれの種族、人類以外でだいたいどのような姿をしているのか、サンプルは無いのかな?」
「サンプルですか? サンプルですね? よくぞ聞いてくださいました!」
チュートリアルさんはウィンドウを開いた。
かなりワイドなウィンドウだ。そしてそこには、私の背丈と同じだが異形の姿をした者たちが現れた。
「ヤマさんの身長と同じプレイヤーさんのデザインを集めてみました! どうですかどうですか?」
なるほど、魔族は狼をモチーフにしているのか、尖った耳とフサフサな尻尾をつけている。顔立ちは精悍、どことなく翳りを帯びていて暗い。しかし肉体は絞りに絞り抜かれて、俊敏なバネを隠し持っていそうだ。強いというのなら、これほど頼もしい肉体が他にあろうか?
あった。
ドワーフの肩書きが添えられている。筋肉と限定するならば、ドワーフの筋肉はまさに戦車、いや要塞だ。そこに鎧兜と楯にトマホークを備えている。これを頼もしいと言わずして、何を頼もしいと言おう。
しかしニンフも捨て難い。こちらは筋肉などとは無縁。スマートで華麗なテクニシャン、と形容するべきか。盗賊が適職とされていたように思うが、まさにトリックスター。ピーターパンのように軽装であるが、鋭利な刃物を思わせる鈍色の輝きがあった。
「まだまだサンプルはありますよ! ただしこれらは、レベル上位者のデザインですから、参考に留めておいてくださいね!」
プレイヤーデザインのスライドショー、そんな勢いで種族代表の姿が披露された。
が。
「ちょ、いまの! 前の前のデザインだ。戻してくれないか!」
心に響くデザインがあった。
チュートリアルさんがページを戻す。
あれは一体どんな種族だったのか?
いや、あれはスカしたニンフなんかではない。
筋肉ダルマのドワーフなんかでもない。
考える必要などあるだろうか? いや、無い。
コウモリの黒き翼。
高貴な正装。
そして漆黒よりもさらに黒いマントと、血よりも赤い裏地。
さかのぼっていたページが、ピタリと止まる。
髪は気障なまでに整えられ、愛の詩を囁くに相応しい。
これだ!
私の実生活から遥かにかけ離れた存在!
インチキ臭さと胡散臭さを足して、二で掛けたような風貌!
魔族こそがこれからのゲームライフにピッタリと言えよう!
「ヤマさん、魔族のデザインがお気に召しましたか?」
「………あぁ」
「こちらのプレイヤーさんは現在レベル十五ですが、コツコツと経験値を貯めたら、すぐに追いつきますよ!」
「………魔族で決めてくれ」
「職業はどのようになさいますか?」
「魔法使いで行ってみるか。どうせ職業は、変えることができるのだろう?」
「はい! それでは魔法使いということで! 初期装備はこのようになります!」
私のデザインの中で、装備だけが展示された。
まずは黒いマント。
うむ、よろしい! これは戦士の「革の胸当て」に相当するらしい。
それからステッキ。これは魔法の杖なのだが、いざというときは、打突にも使えるそうだ。大変によろしい!
「服装はどのように?」
「先ほどの方のような、気障なものにできるかね?」
「生地は若干安物になりますが………」
装備サンプルと服飾サンプルが合体。私の身長に調整される。
「では最後に、髪型をふくめたお顔立ちのデザインです!」
カッチリとしたオールバック。それに似合う広い額。柳の枝がしなったような眉。冷たい瞳と神経質そうな細面の輪郭。
まさに闇の帝王。
悪のスーパースター。
女たらしの吸血鬼のようだ!
「それではこの姿を、ヤマさんとして登録しますね!」
「あ、ちょっと待ってくれないか。………まだ名前の変更は効くかな?」
「もちろんですとも! どのように変更されますか?」
「この風貌………これに合う名前は………マミヤ。マミヤとしよう!」
「かしこまりました! ではこれでよろしいですか?」
「うむ! やってくれ」
体感ゲーム世界に、私の存在が登録された。
これからこの世界で、私はマミヤとなる。
魔族の魔法使い、マミヤ。
頭文字を「マ」で並べたところが、私のこだわりである。
違う人生を体験するという私の願いは、この姿だけで叶いそうな気がしてきた。
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