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私、夏をむかえる


 夏空たかく、入道雲。

 学生諸君にとっては心踊る、大人にとってはただ暑苦しい季節。真夏の到来である。

 たとえば同期にくらべて落ち着きがあろう私。そんな私にも夏休みを心待ちにしたり、身の縮こまる冬よりもアクティブな夏を好んでいた時期はありました。

 そう、すべては過去形です。

 若いころには、暑ければ脱ぐということができたのだけれど、社会人ともなれば………まして公務員ともなれば真っ裸になって真夏の王様を目指す訳にもいかず、ただただ狂おしいまでの暑さを日陰でやり過ごしたくなる所存。大多数の働くお兄さん、働くお父さんにはシビレるほどに理解していただけるものと思う。

 しかし公務員というものは少しばかり嬉しいものも存在している。

 そう、ボーナスである。

 普段は吹けば飛ぶような薄っぺらい報酬のために、あくせくと働いている私だが、この夏はドグラの国のマグラの森を快適にプレイするためエアコンを新調。たのんでもいないのに猛暑が暖めてくれた我がアパートでも、プレイに集中することができるのである。

 夏至のドロボウ祭以降、私の動きにキレが出たとマヨウンジャーの面々はいぶかしんだ。私がエアコンを新調したと告白すると、「このブルジョワめ!」と攻撃してきたのが、ホロホロとベルキラ。

「マスター! 私たちの部屋は暑いんだぞ!」

「そーだそーだ! お互い愛し合っていても、くっつくことができないんだよ!」

「我々は、空調設備を要求する!」

 いや、二人とも。ゲーム世界で涼しく感じても、現実で脱水症状を起こしちゃいかんだろ?

「水分補給は小まめにしろよ」

 としか答えようがない。

「ボクは減量がすすんだり、燃え上がる夏って響きが好きだから、大歓迎ですけどね」

 アキラは親夏派らしい。

「みなさん、家は風が吹き抜けないんですか? 暑ければ窓や玄関を、開けっ放しにすればいいのに」

「アキラ? 世の中にはドロボウっていう、悪い人たちがいるんだよ?」

「あぁ、みなさんそっちが心配なんですか。ボクの地域はあんまり、ドロボウの心配は無いからなぁ………」

 どれだけ平和な地域に住んでるんだ、アキラ………。

「ふっふっふっ………」

 モモが不敵に笑いだした。

「私は盆地に住んでますからぁ、夏の暑さと冬の寒さはぁ、シーズンになると満喫できますよぉ?」

 微笑みは菩薩に似て、されど内なる怒りは夜叉の如し。

「みなさんにもぉ、盆地民の怒りの声を、お裾分けしたいくらいですぅ」

 モモの怒りは深く静かに蓄積しているようだ。

 そしてここに、私以外の裏切り者が一人。

「………ウチにはエアコンなんて無いわ。扇風機かウチワしかないわよ?」

 コリンである。

 ホロホロとベルキラは、「同志よ!」と叫んで歩み寄ろうとしたが、次の言葉で動きを止めた。

「大体にして、エアコンって必要なものなの? 使ったとしても、一年で二~三日じゃない」

 ホロホロは目を剥いた。

 ベルキラは顔を真っ赤にした。

 そして私たちは、声を揃える。

「なんですとーーっ!」

 「」の数は足りていないが、もちろんコリン以外の全員の叫びである。

「待ってくださいねぇ~~。みなさん、一度落ち着きましょうねぇ~~♪ コリンちゃん? コリンちゃんが住んでいるのはぁ、北海道ですかぁ?」

「………リアルの話題は御法度だけど、そうよ」

 コリンをのぞく五人は、ホッとため息をついた。

 北海道。

 日本では人気の高い観光地である。だれもがその雄大な景色に心奪われ、最高の食材を用いたグルメに舌鼓を打つ。

 世界に誇れる日本の観光地、北海道。

 ………しかし私たちは、決して移住しようとは思わない。

 北海道。

 そこは『移民の根性』が『試される大地』だからだ。

 北海道。

 その厳冬期は、あまりにも過酷と聞いている。

 あくまでも………あくまでも聞いただけの話である。私自身が確認した訳ではないと、前置きさせていただく。

 世界でも有数の過酷な土地、アメリカ合衆国アラスカ州。あの土地よりも北海道の気温は低いという話だ。そして時には、東京や沖縄よりも気温が高くなると聞く。

 厳冬期イベントの東西戦。

 あそこでカラフルワンダー主、シャルローネさんはサンピラー魔法を使った。サンピラーとは、まず空気中の水分が氷になるところから始まる。

 賢明なる読者諸君、この時点で疑問を感じてくれたまえ。空気中の水分が氷になるだと? どんな現象かね、それは? どれだけ冷え込めば、そんなことが起きるんだ!

 だがしかし、試される大地の挑戦はつづく。太陽がのぼって寒気がゆるむ時刻になっても、なお気温があがらない。そんな時にサンピラー現象が起こるというのだ!


 だから私たちは、コリンが道民だと聞いて、ホッと安堵のため息をついたのだ。

 よかった。仲間に嫉妬の眼差しを向けなくて済むのだ。本当によかった、と。道民であるコリンのことが、私たちにとってはまったくうらやましくはないのだから。

 もっとハッキリ、分かりやすく言うならば、「そんな過酷な土地には、私たちは住みたくない」というのが本音である。

「それはそれはコリンちゃん、涼しい土地に住んでるんですねぇ♪」

「そうね、気温が二五度を上回るのは、年に二~三日よ」

 ………それは、夏なのか?

 ちょっと物足りない気はしたが、なにしろ北海道のことだ。油断はできない。

「それでぇ、冬はものすごく雪が積もったり吹雪に見舞われたり、大変なんですよねぇ?」

「一気に降られるとキツいみたいね。交通機関も麻痺するわ」

 コリンはスネの辺りを指差した。この辺りまで降られると、自動車が動かなくなるというのである。

「?」

 私は疑問を感じた。

 北海道の話だ。

 豪雪地帯の話題である。

 冬は雪が降り積もり、二階の窓から脚立を使って外へ出る、という話をしているのだ。

「あの、コリンちゃん? 北海道なのに、それだけしか雪が降らないんですかぁ?」

「降らないわよ? 港町だから」

「でもでもぉ、サンピラーやダイヤモンドダスト現象なんかは………」

「見たことないわね。そんなに冷え込まないもの」

「「「なんだそりゃーーっ!」」」

 私たちは声を荒げた。

 年端もいかぬ娘にそのような振る舞い、はなはだ遺憾ではある。だがしかし、御理解いただきたい。夏は涼しく冬の害も少ない北海道など、どこの世界の北海道よ?

 私たちの思いは、ひとつであった。

「なによ、釧路に文句ある訳?」

 ほ?

 具体的な地名が出て来たぞ?

 余談を許さぬ状況のまま、次回へ続く。

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