私、チュートリアルのチユちゃんに出会う
何も無い真っ白な空間だった。
白く音も無い世界。
もしもこの世に白い闇というものがあったならば、きっとこの空間のようなものを言うのだろう。
「はじめまして、お客さま! 私はこのゲームの案内人、チュートリアルのチユちゃんで~~す!」
いきなり甲高い声が私を襲った。
そうだ、これは襲われたと表現するのが、もっとも正しい。
それくらいに破壊的で容赦がなく、私の聴覚に壊滅的なダメージを与えてくれる音量だった。
声の暴力。
そんなものがこの世にあったとは。
いや、世の中には騒音による苦情というものもある。
だがしかし、個人でその破壊力を有しているとは!
警察は何をしているのだろう?
法律は死んだのか?
これは立派な凶器ではないか。
このような凶器は、断固として取り締まるべきだと、私は思う。
「お客さまに当ゲーム、ドグラの国のマグラの森をお楽しみいただくべく、運営から遣わされて来ました~~っ!」
まだ続くか、この騒音はっ!
いかに忍耐強い私でも、ポリバケツ一杯分の苦情書を提出してやるぞっ!
「お客さまにおかれてはなんの心配もなく、このチユちゃんにすべてをまかせてくださいね!」
なにかね、その生娘相手に初めての「きゃあ」を奪うようなセリフはっ!
「あら? お客さま、どうされましたか?」
「うるさいのだよ、君の声が! 騒音、公害、それらをはるかにしのぎ、人類の健康を害するレベルで!」
「それではお客さま、機能と呟いてください!」
耳鳴りがしてきそうなダメージだが、言われた通りにする。
と、真っ白な空間に半透明なウィンドウが開いた。
そこから設定を選べと公害は言う。
触れた覚えも無いのに、設定画面が開いた。
「そこで音量を調整して………そうそう、よくできました!」
ようやく通常会話程度まで、声が低くなる。
しかし通常会話の音量に至るまでに、一〇段階の最高から九つもレベルをさげるのは、いかがなものだろうか?
「じゃあ今度は、画面の明るさを調整しましょう!」
こちらも調整。
木造の部屋。アンティークと古書に囲まれた、洋風板張りの部屋が浮かんだ。
そしてベストにネクタイ、タイトスカートの女の子。
ファンタジーの雰囲気作り、いわゆる演出のためか、妖精のように透明な羽を背負っている。
「ようやく私の姿が見えたようですね?」
「あ、あぁ………まあね」
「それではプレイヤーさん、まずはお名前を決めてください!」
名前? なにを言っているのか、この案内人は?
「私の名前は………」
「あ、違います違います! 名前は名前でも実名ではなく、ゲームの中での名前です!」
「ゲームの中の? ………ニックネームのようなものかね?」
「そう考えていただいて、差し支えありません!」
ふむ、そういう趣旨なら………。
ちょうど私の手元に、半透明なキーボードが現れた。
これを使って記入するらしい。別のウィンドウが開いて、履歴書のような記入欄があった。
名前 ヤマ
性別 男
職業 公務員
「あの、お客さま? 現実での情報は、ここでは御法度。訊いてはいけないし、語ってもダメなんですよ?」
「そうなのかね?」
「そんなことをすれば、ゲームを楽しもうとする方々にとって、興醒めでしかありません!」
私はまた、正直に記入しなければならないかと思っていたのに。
いや、考えてもみれば名前の欄にニックネームを入れている時点で、少しは察した方がよかったのかもしれない。
とはいえ。
「この世界での職業とは、どのように決めれば良いのかな?」
すくなくとも私にとっては初見の場所。職業もなにもあったものではない。
「なるほど、お客さま。このような場所は初めてなのですね? いいんですよ、肩の力を抜いて、私に全部まかせてください」
だからそのいかがわしい物言いはヤメなさい。
「まずこの世界では、装備を整えたりスキル………能力を上げるために、お金が必要になります! で、そのお金を手にいれる方法がコチラ!」
ちゃらん♪ と音がして、またウィンドウが開いた。
簡単な説明文とともに、「基本的な職業」が並んでいる。
「こちらの職業が初心者さんには選びやすいと思います! これらの職業に就くと、お仕事のたびに報酬が貰えるんです!」
なるほど、これは必要事項のようだ。
「もちろんレベルが上がると職業変更、副業などで稼ぐこともできますので、御心配なく気軽に選んでくださってかまいませんよ?」
そういうものなのか。
公務員として市役所に勤め、転職など頭になかった私としては、新鮮な発想と言える。この言葉に触れただけでも、このゲームを選んで良かったと思った。
で、その職種はというと………。
戦士 基本的に公務員。なにもしなくてもバトル報酬とは別に、銀貨が入ってくる。少額ではあるが………。その他にも探索で得たアイテムを売る、探索の護衛に着くなどで報酬を得ることも可能。どの種族でもなれるが、ドワーフにとって適職。
盗賊 バトル報酬とは別に、探索で得たアイテムを売る、泥棒に入るなどで報酬を得る。探索ではレベルの高いアイテムを発見する可能性が高い。
どの種族でもなれるが、ニンフにとって適職。
僧侶 バトルでは回復担当。当然報酬も貰える。探索では聖属性のアイテムに反応し、「引き」も鬼レベル。教会で聖具を販売しているがシスターに搾取されているため、実入りは少ない。レベルが上がり自分の教会を建てるまでは辛抱だ。典型的な大器晩成型。人類とニンフしかなれない。
魔法使い 魔族の採取栽培するあやしいアイテム。探索で得た毒系アイテムを調合精製熟成して、あやしい薬品を販売するのが収入のメイン。もちろんバトルで魔法をブッ放し、魔族の回復に毒を与える。もちろん探索では、毒や闇属性のアイテムに反応。「引き」も強い。ドワーフ以外の種族がなれる。
………………………………。
「なあ、チユちゃん」
「なんでしょう、ヤマさん!」
「………これは職業よりも先に、種族とやらを先に選ぶのが、正しいのではないかな?」
「ヤマさん、種族を決めてインしたんじゃないんですね! では次回は、職業も決まってないヤマさんが、先に種族を決める話です!」
………いいのか? シナリオが全然前にすすんでないぞ?
本日連続三話公開!
第三話は八時公開予定です!