私、滅びゆく者を見る
たぬきの悲鳴が聞こえてきた。
「あぁっ、天狗さん! なんて御無体なっ!」
「えぇい、やかましいです、たぬきさんっ! とっとと言うこと聞きやがれですっ!」
人が鎖鎌の練習に苦労しているというのに、なんとも気の抜けた争う声である。どう聞いても、子供あそびの悪代官と芸者でしかない。
「そのようなことをされては、たぬきは………たぬきはもうっ………!」
「へっへっへっ、口ではイヤイヤ言っておきながら、軆の方は素直じゃねーかです! もうコイツを呑み込んで、離しやがらねーです!」
私を監督していた忍者が、チッと舌打ちした。足音もなく、二匹の珍獣へと足を運ぶ。
「あぁっ! そのような責めっ! お許しくださいませっ!」
「とか言いながら、そなたの軆はこのように悦んでおるぞです! 観念して昇天しやがれです!」
「あ~~っ………あっあっ天狗さんっ!」
「うひょひょひょひょ! たまらねぇです!」
すごい音がした。それも二発。目をやると、たぬきと天狗がたんこぶから煙を立てて、仲良く伏せていた。
「いい加減にしないか、卑猥たぬきにエロ天狗」
「なにをしてたんですか、たぬきと天狗は?」
稽古の途中ではあったが、私も顔を突っ込む。何故ならたぬきの粗相は、飼い主である私の不始末になるからだ。
忍者はしゃがみこんだ。そしてたぬきの傍らに落ちていた棒を拾う。いつもの八角棒ではない。
丸棒だ。
「………忍者さん、いつもの八角棒じゃありませんね」
「棒ですらありません、御主人様っ! これは杖ですっ!」
たぬきが起き上がった。とりあえず、分銅で叩いておく。割りといい音がして、たぬきは気を失う。
「そうですっ、忍者さん! ジャック先生が嫌がる私たちに、無理矢理………」
忍者の分銅も唸る。天狗、昇天。
忍者はクリクリと、丸杖をいじくっていた。
「………そうか、たぬきが丸杖か」
何やら納得顔の忍者だが、私は基本的な質問をぶつけてみた。
「忍者さん、棒と杖はどこに違いがあるんですか?」
「あぁ、マミヤさんは知らなかったか。誤解語弊を恐れず、ざっくりと言い切ってしまうと、長さが違います。棒はあくまでも棒。長ければ長いほど、武器として有利ということで、身の丈よりも長い物を用います。杖は流派によりけりですが、たぬきの杖は乳の高さ位ですかね」
ふむふむ。
「そして棒はその形のまま完成されていますが、杖は『槍を断たれた時の代用』として、誕生した術という一面もあります」
なるほど。すると突き技が多いのか?
「ならば忍者さん、槍のように先端を尖らせては、どうでしょうか?」
「言うと思った」
クスクスと忍者は笑う。
「杖術を槍から編み出した流派もありますが、マミヤさん。剣術から生まれた杖もあるんですよ」
剣術から?
ならばなおのこと不思議だ。木を使うなら木刀がある。わざわざ剣から杖術を編み出す必要が無い。
そう言ってみたが、忍者は木刀を持ってきた。
並べてみると、長さが違う。杖の方が長いのだ。
「いやいや忍者さん、長ければ良いというのならば、棒の方が長いでしょう」
「市街地、屋内、路地裏。限定された空間で、棒は取り回しに難がある」
なんだ、その限定された条件は?
戸惑いをみせると、忍者はニヤリと笑った。
「たぬきの杖は捕方を中心に伝えられ、広まったものだ。つまり、徳川三〇〇年の歴史の中で実戦に投入され続けた武術、ってことさ」
伏せていたたぬきを、裏返し。仰向けにしてやる。まだ目を回していた。気を失っているので、顔の筋肉に緊張感がない。
「いいんですか、忍者さん?」
「何がですか?」
「そんな実戦武術、コレに教えて」
「いいんじゃないんですか? 技も術も、使う者や学ぶ者がいなければ、滅びるだけですから」
蔵の中にしまっていても意味が無い。そう言って忍者は笑った。
私は笑えない。
そんな実戦武術とか、貴重な武術をとか言いながら、現実世界でそれを学んでいないのだ。
おそらくジャック先生の体の中には、そのような貴重な技術がたくさん眠っているのだろう。そしてシャドウやユキさんに、現実世界で伝えているのかもしれない。
ゲーム世界とはいえ、実在する古流武術に驚きを隠せなかったが、それが消滅の憂き目に逢ってこともまた、驚きであった。
「仕方ないだろ? 使い道が無いんだから」
滅びることが仕方ないと、また忍者は笑った。
確かにその通り。
ジャック先生の………いや、剣術はどこまで行っても、人を斬る技術でしかない。槍は人を突く技術だ。そのような技術、現代社会ではどこにも居場所が無い。どこにも行きようが無いのだ。