私、ジャック先生につき合わされる
アキラは鉛の粉を仕込んだグローブ、サップを装備している。それに手裏剣。さらにはレイピアも装備できるようになった。すべてはレベル5になったおかげ。恩恵を受けていると言ったところだ。
ちなみに手裏剣はモモやベルキラ、コリンも装備している。これらは元々レベル1の頃から、『大型武器と小型武器が装備』できたもので、レベルアップの恩恵ではない。私たちは、『ひとつの武器、ひとつの魔法を鍛え上げてゆく』という方針を持っていたので、あまり他の装備に力を入れていなかっただけだ。
余談ながらその証拠に、ホロホロなどは初期の頃から弓矢の他に、ダガーを隠し持っていたりする。元々私たちは、限定されてはいるものの、複数の武器を装備できたのだ。
さらに余談。
よそのチームも当然のように、複数の武器を装備できる。しかしながら闘技場では、持ち替えなどの暇が無い。試合時間は六分間しか無いのだ。故にホロホロような飛び道具装備者くらいしか、複数の武器を活用する者がいないのだ。
もっともジャック先生に言わせれば、「状況に合わせて得物を交換する、という発想が無いのさ」となる。なかなか手厳しい先生である。
で、本題。
「アキラがレイピアの稽古をしてるんだ。みんなも何か他にひとつ、併用武器を稽古してみないかい?」
唐突にジャック先生が、変なことを言い出したのである。
「もちろんこれは、新しい武器を装備して闘技場に出てみろ、って言ってるんじゃない。他の武器を通じて今の武器の精髄を探ってみろ、って言ってるのさ」
ちょっと待っていただけますか、ジャック先生。あなた今、武器の精髄とおっしゃいましたか? あんた一般人に、ナニ仕込もうとしてんのさ!
「なに、重たく考える必要なんて無いさ。なにしろゲーム世界の体験なんだからね」
気楽に言うなや、オッサン。あなたの技は間違いなく人を殺めることのできるものなんだから、おいそれと人に授けるものじゃないでしょ?
私の心中を察したか、コリンが私の袖をクイクイと引く。
「見た? ジャック先生の目。………断ろうったって、もう手遅れだぜ。って目をしてたわよ?」
しまった。
もう手遅れだったか。
すでに私たちは、ジャック道場の門下生。そして私たちはすでに、その殺人技術を身体に流し込んでいたのか!
「………よろしいんですかぁ? まだまだ稽古不足の未熟者ですのにぃ」
ぅおっ? モモが食いついた? 一番武術に疎そうなモモが、真っ先に食いついたかっ? いやいや待て待て。そういえばこの娘、桃色ドラゴンの異名をとり、ヌンチャクのようにモーニングスターを操るのだ。武術に興味関心を示しても、なんら不思議は無い。
そして門下生の食いつきに、ジャック先生は満足そう。
「もちろんオッケーさ。未熟者だから稽古する。ガンガン稽古してメキメキ強くなる。そこに遠慮なんか必要ないさ!」
おうおう、えらく積極的。えらくポジティブな考え方じゃねぇか。
「アキラのレイピアは色々と事情があって、修業が難航してるけど、みんなは気楽に取り組んでもかまわないからね」
お~い、みんな! ここで悪魔が甘い言葉で、みんなを地獄道に誘惑してるぞ~~! 気をつけろ~~!
「………ジャック先生。私のような怪力バカでも、稽古は可能でしょうか?」
二番テーブル、二番テーブル! ベルキラさんが釣られました! はりきってサービスしていきましょーーっ!
「フッフッフッ………弓やダガーに相性がいい武器なんて、考えられないけど。今回はジャック先生につき合ってもいいかな?」
こら軍師、待て軍師。
そんなこと言っていながら、君の耳は期待でピクピク動いているぞ。
「それじゃあみんな、今から武器を配るからね」
って先生っ! ジャック先生っ! 私とコリンは同意してないでしょっ! してないからっ!
「………って、無理矢理つき合わされることになったけど。………マミヤ、アタシの武器………見たことない?」
「………日本刀に見えるな」
黒い鞘、鞘から伸びる紐。そして独特の柄。浅く反り返った姿は、どこからどう見ても、日本刀そのものだった。
「剣と魔法のファンタジーなゲームに、なんで日本刀なのよっ!」
「私に怒るなっ! ジャック先生に怒れっ!」
「なんだ、コリンも日本刀なのか」
ベルキラも同じく、日本刀を腰帯に差していた。
「マスター、私なんて鞭ですよぉ、ムチ♪」
モモが手にしていたのは、革製の鞭である。女王さまとお呼びなさい! の、あの鞭を丸めたものだ。
「で、マミヤさんはコレね」
「あ、はい。すみません」
心の隙を突かれてしまって、武器術併用の同意をしてなかったのに、ついつい得物を受け取ってしまった。
ジャラリと音がする。
「ジャラリ?」
刃が鈍く光っていた。
「………あの、ジャック先生。………これは?」
「あぁ、現物は始めて見るよね? それが本物の鎖鎌だよ」
「なんで鎖鎌っ? 西洋ファンタジーの魔法使いが、どーして鎖鎌っ!」
「ね、マミヤ。怒りをどこかにぶつけたくなるでしょ?」
我が意を得たり。コリンは一人うなずいている。
「いや待て、コリン。君の怒りは単なる八つ当たりだ。私はキッチリ、ジャック先生に怒りをぶつけたのだ。君の怒りとは違う」
「まあ、ジャック先生は全然耳を貸してくれないけどね」
私の苦情など、どこ吹く風。
いつの間に着替えたのか、タキシードに蝶ネクタイ姿で、マイクを握っている。
「レディースえーんジェントルメン! ヒヤウイーゴー、WBC………ストローウェイト、チャンピオンシップ、おぶザワルード!」
正しいのか間違っているのか、微妙な英語をカタカナで口走っていた。
「レッドコーナー………WBCストローウェイトチャンピオン………モハメ~~ッド………ザ・グレーテスト・ホロホローーっ!」
ホロホロが紹介された。アキラよりも小さな拳を高々と掲げ、私たちにグレーテストをアピールしている。
というか、ホロホロ。君はいつからイスラム教徒になったんだい?
っていうか、その拳にはめられた、鈍く輝く凶器は何かな?
つーかホロホロ、なんでお前はメリケンサックをはめてんのよ?
おかしくないか?
おかしいだろ?
この得物のチョイスの数々、絶対にトンチキだよな?
さあ、説明してもらおうか、ジャック先生!
「説明は、また明日!」
あんた本当に、いつか天罰くらうぞ?