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私、宇宙言語に出くわす


 一度組み上げた物を完全にブッ壊す。

 匠の世界にはそのような成長方法、教育方法があると聞いたことがある。聞いたことがあるだけで、この世に実在するとは知らなかった。そんなものはあくまでも書物やテレビ、ネット上の情報であり実体のないもの。あるいは私の目の前に登場する機会のないもの、と思っていた。

 何故なら私は凡人だからだ。匠の世界などとは縁が無い、本当につまらない凡人なのだ。

 だがジャック先生。

 おそらく現実世界では、剣の達人。推察にすぎないのだが、最低でも流派の四天王とか呼ばれるクラス。高く想定するならば流派のトップ。しかも他流派からも一目二目を置かれる存在。

 そう感じていたのに、そうと知っていながら、うかつだった。ゲーム世界の中の話だが、匠は目の前に存在していたのだ。そして恐ろしいことに私たちマヨウンジャーは、その教えを授かっている。

 以前コリンが感動していた。槍の手の内に手裏剣を隠し持っていながら、手を外すことなく手裏剣を邪魔とすることなく、前手と元手を入れ換えることができたと。ジャック先生の教えは技となり形となって、何百年の時を越えて生き続けているものだと。

 私たちも匠の技を授かっていながら、まったくその自覚がなかったと、ただ恥じ入るばかりであった。

 しかし、感動はここまで。

 今までアキラが築きあげたものを、すべてブッ壊す。そこにどのような意味があるのか、言語や理論で納得することが、私にはできないでいた。

「アキラもマミヤさんも、納得できてないって顔だね」

 もちろんだ。今まで築きあげたものを、さらに磨くならば話はわかる。だが、ブッ壊してどうする、という話だ。

 当の本人アキラならば、その思いはなおさらだろう。

「例えば、アキラは今、走っている。それこそ全速力でだ」

 ふむふむ。

「しかし走っているだけでは、もう限界。これ以上速く走ることは望めない」

 そうだろう。アキラのファイタースタイルの闘い方は、完成の域にあると私も思う。

「だけどアキラは、グライダーを使うと空を飛ぶことが出来るんだ」

 そうそう、グライダーを使えば………って、ちょっと待て! なんだその話の飛躍はっ! グライダーどこから出て来たっ! つーかグライダー使ったら誰でも空を飛べるだろうよっ!

「それはもう、走る速度なんて目じゃないほどに、速く速く飛べるんだ」

 こら待てオッサン、一人でどこへ旅立とうとしてるんだ。お前いま明らかに、自分の世界へ旅立ってるぞ。

「グライダーを使うという発想を得るためには、二本の脚で走るという発想を捨てなければならない」

 いやいやジャック先生、あなたは何か人間として、捨てちゃならないものを捨ててるでしょ?

「そしてアキラの脚力なら、グライダーを担いで走って、自力で飛ぶことができるのさ。その時まで、自慢の脚を封印ってことだ」

 納得できたかな? という顔をしないでください。というかジャック先生、あなたの話はいつも私をひとりぼっちの置いてけぼりにします。私が愛くるしいウサギさんだったら、間違いなく孤独死をしてますよ。

「………つまり、ジャック先生。新しい何かを手に入れるには、今ある物を捨てないとダメ、ってことですよね?」

 ついていったのか、アキラ? 君はいまの話で、要点を抜き出すことができたのか? 私には理解サッパリの宇宙言語だったぞ!

「その通りだ、アキラ。よくわかったな」

 ………もしかしたら私は今、百年に一人出るか出ないかの天才、あるいはバカを見ているのかもしれない。というかそんなの二人同時に、私の目の前に置かないでください。

「だとしたら、ボクがいま捨てないとならないものって、なんだろう?」

「お? 一人でテーマを探り始めたな。感心感心」

 なんだろう、この魂がしなびてゆく感覚は? 何故私は、このような感覚に襲われなければならないのか? 誰か私を救ってください。たちけてプリーズ………。

 そして私がいたたまれない気分にとらわれていると、決まって奴が肩を叩く。

「………飲みましょう、御主人様。あなたのたぬきが付き合いますよ」

 たぬきが私の肩を叩く。そして笑顔を投げかけてきた。

 その笑顔は、大層邪なものに見えた。


「へぇ~~………アキラがそんな教えを授かってるんだ………」

 心配してくれるメンバーに、ジャック道場での様子を報告すると、コリンが感心してように口を開いた。

「いや待て、コリン。君も今の話を理解したのか?」

「できる訳ないじゃない」

 できてないのかよと、普段ならばズッコケているだろう。だが今日ばかりは、コリンを「同志よ!」と叫びながら、抱き締めてやりかった。

「大体にして走ってる話に、どうしてグライダーが出て来るのよ?」

「そうだろそうだろ? うんうん」

「まあ、発想を変えることが必要っていうのは理解できるけど、例えが悪すぎない?」

「いや、まったくもってその通り!」

「で、マミヤ。アンタはそんな苦情も言えずに、一人滅多打ちに逢って、帰って来たわけ?」

「………いや、それは」

 待ってくれ、コリン。超人二人の会話に巻き込まれてみろ。自分の感性や価値観に、自信が持てなくなるんだぞ。

「………大の大人が、呆れたわねぇ。ホント、アタシがついてないとダメなんだから」

「ん? いま何と?」

「なんでもないわ。それより私たち凡人は、特訓や必殺技よりも、普段の稽古を大切にしないとね」

 コリンは槍を手にした。

 藁人形に向けて、軽くシゴキを入れる。

 天才の友人。

 自分には見えない、アキラにしか見えない景色というものがあるのなら、コリンの心境というのはいかがなものだろうか?

 ほんの少しだけ、胸が締めつけられる。

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