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私、スマートなアキラを見る


 アキラの不調もあって、私たちの戦績は勝ったり負けたり負けたり、と言ったところ。だが誰一人としてアキラを責めたりはしない。

 今は巨鳥が羽ばたくために、充分な助走をつけているだけ。というのを、全員が知っていたからだ。

 そしてアキラも、日に日に動きが良くなっていた。二日もすれば足さばきが滑らかになり、その翌日には防御が上手くなったりと、目を見張るような上達ぶりである。

「………その割りに」

 ジャック先生は首をかしげた。

「攻撃が上達しないのは、どういうことなのかな?」

「ジャック先生、私に訊かんでください」

 あんた戦闘の専門家。レイピアをアキラに勧めたのも、あんた。素人の私に訊いてどうする。

 アキラは今、剣士ユキと稽古している。前進後退で間合いを外すのは、すっかり身につけたようだ。レイピアを使った受けやさばきも堂に入っている。だがしかし、肝心要の突きともなると、いまだに固さが抜けないようだ。

「おまけに間合いも掴めてないみたいですね」

「………これは、性格なんだろうか?」

「性格?」

 私が訊くと、ジャック先生は腕を組んでうなずく。

「アキラという女の子個人の性格は別として、ボクサーアキラは、かなり攻撃的なファイトをする。どうしても飛び込んで行きたい。どうしても打ち合いをしたい。どうしても打ちまくりたいと、なかなか自制が効かなくなるのかもしれないな」

 ポンポンと手を打って、ジャック先生は二人の攻防をやめさせた。

 そしてアキラを呼びつける。

「アキラ、君は苦手なタイプのボクサーがいるかい?」

「苦手なタイプですか………」

 アキラは考え込む。アゴの先に指をあてる仕草は、可愛らしい女の子でしかない。

「そうですねぇ、足を使って逃げまくるボクサータイプ………。それもリーチが長くて、予備動作(モーション)無しのジャブを打ってくる。………試合巧者なタイプが苦手ですねぇ。………打ち合いをしてくれたら、ボクだって負けないんですけど」

「アキラはノーモーションのジャブが苦手かい?」

「目で追いかけているうちは。打たれてる間に、相手のリズムというか呼吸というか、そういうものさえ掴んでしまえば、あとは一気に………!」

 ニヤリと獰猛な、肉食獣のような笑みを、アキラは浮かべた。

「じゃあアキラ、その苦手なタイプの選手がレイピアを握ったら、どんな動きをするかな?」

「フェンシングっぽい動きでですか?」

「フェンシングっぽい動きで」

 アキラは藁人形と向き合う。と言っても、正面に対して正面に向き合うのではなく、藁人形の正面に対して真横になって、顔だけ向き合うスタイルだ。

 そのままレイピアを握った右手を、ひざの辺りまで垂らす。手首をクイクイ動かして、肩からどんどん力を抜いてゆく。

 クイックイッ、だらり。クイクイ、だらり。

 右手からリズムが生まれている。それに合わせてステップもぬるぬる。

 前進のタイミングで、スッと剣が伸びる。藁人形には刺さらない。スルスルと後退。もう一度間合いを計りなおして、距離を詰めていって剣を出す。

 プスッ。

 今度は藁人形に刺さった。アキラにポイントが入る。が、深追いはしない。スッと後退して、防御(ディフェンス)の構えをみせた。

 ピッと突いては後退。後退しては距離を詰めて、からかうような剣のひと突き。

 私だけではない。その場にいた全員が唸った。

 お見事、という意味ではない。普段のアキラとの違い。その変貌振りに唸ったのだ。

 アキラと言えば突撃一番。自分の命を標的にして、殴って殴って殴り倒すのが信条のはず。それがどうだ。自分は安全圏にいて、倒す気のないポイント取り。ただひたすらに嫌がらせをする、真っ向勝負とは縁遠いスタイルを見せてくれたのだ。

 これを唸らずして、何を唸るというのか。

 そのアキラは、汗ひとつかかずに言った。

「とまあ、こんな感じですかね………って、みんなどうしたんですか? 変な顔して?」

 私たちの驚きに、アキラの方が変な顔をする。

 コリンが私を見た。

 ホロホロも私を見る。

 モモが私に視線を向けて、ベルキラも私を見た。

 すべて、何か言ってやれ、という眼差しだった。

 ………仕方ない。ここはマスターの私が出るしかない。

「………コホン。こんなことを言うのは失礼かもしれないが」

「はい」

「アキラ、こんなスマートな闘い方もできるんだな」

「マスターも歯に衣着せない人だなぁ」

 いや、アキラ。

 私としては、アキラが歯に衣着せないという言葉を知っていたことの方が、驚愕なのだが。

「ボクだって基本や基礎は教えてもらっとるんですよ? 得意でも好きでもないけど、アウトボクシングだって格好くらいはできるんだから」

 アウトボクシングに相当悩まされたのだろう。アキラの言葉には、重たい説得力があった。

 だから、『できるなら何故、アウトボクシングを採用しないのか?』、などと簡単には言えなかった。

 フッ………。

 寂しそうな笑みを、アキラは見せる。

 まるで寒気の中に咲く、頼りない寒桜のような笑みであった。

「でも、ジャック先生には悪いんだけど、こんな闘い方でボク、本当に強くなれるのかな………?」

 アキラは悩む。

 戦士として悩んでいる。

 こんなとき、私はつくづくマスターとしての無力を感じてしまう。

 私はゲームマスターではない。その辺りはホロホロや、ゲーム先人であるメンバーたちにまかせている。

 私は武術や格闘技の使い手などではない。その辺りは陸奥屋一乃組にまかせている。

 ならば私はアキラの悩みに、どのように接すればいいのか?

 愛すべき若者、アキラ。正直に言うと、その実直さ真面目さな、いくら誉めても誉めたりないくらいに、愛しいものだ。だが私は、アキラが本当に差し伸べて欲しい手を、差し伸べることができないのだ。

 なにしろ私は、凡人なのだから。

 眼差しをジャック先生に向けて、救いを求めた。

 彼は節くれ立った厳つい手で、アキラの頭を撫でる。

 いつの間にかアキラの隣に、ユキさんが立っていた。シャドウも寄り添っている。みんなアキラの真面目さを、こよなく愛しているのだ。そのことだけは、素人の私にもわかった。

「アキラ、お前が不安を感じるのは、当たり前のことなんだぞ?」

 真面目なジャック先生は、割りと珍しいかもしれない。愛弟子にむけるような眼差しは、まるで父親のものだった。………ふと、『私にもあのような眼差しができるだろうか?』と、真剣に悩みそうになる。

「ちょっとだけ種明かしをするとな、今までアキラが築きあげたものをすべて、叩き壊そうと思っているんだ」

「え!?」

 ちょっと待て、ジャック先生。それはあまりにも乱暴ではないのか?

 誰もがそのように思ったはずだ。

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