私、復活の兆しを見る
勝利ではある。
撤退をゼロで抑え切った、パーフェクトゲームだ。
しかし私たちに笑顔はなく、作戦成功の高揚感や達成感もなかった。
ラウンド終了直前、みんながアキラの出来の悪さを見てしまったのだ。
アキラのダウンシーンも、衝撃的ではなかったと言えば嘘になる。だが対人ゲームである。取った取られたのゲームなので、それは仕方ないと納得できた。なにしろアキラは前衛のポイントマン。被弾、撤退の数は、決して少なくは無い。
しかしだ。
攻撃面であれだけポンコツな動きをするアキラなど、今まで見たことがなかった。
アキラには迷惑かもしれないが、本音を言ってしまおう。私の中でアキラという少女は、スーパーガールかミラクルガールのような存在で、この娘が白兵戦・肉弾戦の類いで負けるなど、考えられない存在なのだ。
もちろん白兵戦にも、至近距離での魔法攻防がある。試合巧者相手では、さすがのアキラもかなわない時があるのはわかっている。
しかしそれでも思ってしまうのだ。
「接近戦なら、アキラのものだな」と………。
そのアキラが見せた、意外な姿。
動きがちぐはぐで、素人の私から見ても手足がバラバラ。ジャック先生なら、なんて言うだろうか?
気持ちばかり前に出て、身体がついて来ていない。とでも言うだろうか?
その焦り、苛立ちが、アキラの肩から湯気のように立ち上っている。ある意味、殺気。ある意味、機嫌の悪さ。ある意味、場の空気を悪くする雰囲気。
私の知るアキラは、決してこんな娘ではなかったのに。太陽の申し子、真夏の娘といったアキラは、どこへ行ってしまったものか。
だれもが居たたまれない。そんな気分なのだが、ここは年長者の私がなんとかするしかない。
「………アキラ」
小さくか細く薄っぺらいが、濃縮された筋肉を感じる肩を、ポンと叩いた。
「………ジャック先生のとこ、行くか」
「………はい」
小さくうなずくアキラ。
返事の声も、ひどく頼りない。
コリンが心配そうに、私たちを見ていた。
「………ここは、私とアキラの二人きりがいいかな?」
「そうね、アタシたちは拠点で待ってるわ」
「………コリン」
アキラは申し訳なさそうにうつ向いた。
「………その、心配かけて………ゴメン」
「調子の悪い時は、誰にだってあるわ! 大体にして、サウスポースタイルで慣れないレイピアを使ってんだから、上手くいく訳ないじゃない!」
「そうそう、それでいきなりブッチギリな成績を叩き出したら、アキラは世界中のフェンシング選手に土下座しないとならないぞ?」
コリンが救いの言葉を与えてくれた。私もすかさず便乗する。
少しだけアキラに、笑顔が戻った。もちろん気遣う私たちに、さらに気を遣った偽りの笑顔に過ぎないのだが………。
「おう! そんなにボロクソだったか!」
陸奥屋一乃組。
我らが師匠とも言えるジャック先生は、戦果報告するなり喜びの声をあげやがった。
「きっとアレだろ? 動きはギクシャク、手足はバラバラ。これがあのアキラか? ってくらいにダメダメだったんだろ?」
しかも見て来たかのように、アキラの調子を言い当てる。私としては、舌打ちしたい気分だった。
「それがわかっていて、何故アキラにレイピアを強いるんですか?」
ちょっとだけ、怒気を含めて訊いた。悩むアキラに対して、あんまりな姿勢だからだ。
しかしジャック先生、私の気持ちなどお構い無し。ズケズケとアキラに、嫌な質問を浴びせる。
「レイピアの使い勝手はどうだった?」
「………ひどく、使い難いです」
「何故使い難いと思う?」
「サウスポースタイルだから………。それに、間合いも違うし」
「だとしたら、オーソドックスタイルなら、レイピアを使いこなせるかな? 素手だったら、サウスポーでも闘えるかい?」
「………………………………」
傷心のアキラに、なんてことを訊きやがるんだ、このオヤジは。さすがに温厚な私でも、腹立たしくなってくる。
「つまりアキラ、今アキラが挙げた『レイピアを使い難い理由』ってのは、すべて的外れってことさ」
ほ? なにかまともな展開になってくるか? ちゃんとした教えを授けてくれる、そんな気配が見え隠れしてるぞ?
ジャック先生が立ち上がる。
「ちょっと稽古するか」
武器棚から、レイピアを取り出した。
「あるカラテ家が言ってたな。………構え三年、歩み三年。突き方三年………。万日の稽古をもってして、ようやっとってね」
まずは構えだ。
「構えは大切だぞ。いつ、どのような相手の、いかなる攻撃にも対応できる。それが構えの精髄だ」
つまりは、バランス?
すぐに、どのようにでも動けるには、やはりバランスが重要なのだろうか。
そのような目で見てみると、アキラはバランスが悪く見える。何故そうなのか? 慣れていないから、というのはアキラの言い分。
しかしジャック先生と並んでいると、バランスがとれない原因が、他にあるように思える。
「構えたら歩く。歩法はすべてを可能にするからね。攻めるも歩法、守るも歩法さ」
二人の違いは、さらに顕著になった。するするヌルヌルと前進、後退するジャック先生。ギッタンバッコン、ギクシャクして歩くアキラ。そりゃそうだ。構えでバランスの悪いアキラが、まともに歩法をこなせる訳が無い。
「そして突き」
二人の突きの違いを見て、あっ! と声をあげてしまった。
「アキラ、力みすぎ!」
私が言うと、ジャック先生はプッと吹き出した。
「マミヤさん、ダメだなぁ。それはアキラに、『自分で』気づいてもらいたかったのに」
簡単に答えを教えてはいけない。そんな慣わしでもあるのだろうか? あるらしい。とりあえず私は、頭を掻いて恐縮するしかなかった。
「力み、ですか?」
しかし当のアキラは、ポカンとしている。
そしてレイピア片手に、トントンと二度三度その場で跳ねる。
「マミヤさん、見ててくださいね。その場跳躍って筋肉のリラックスには、効果絶大なんですよ」
フィー先生だ。いつの間にか私の隣で、アキラたちを見ていた。
トントントン、アキラは跳ねるのをやめて構えに入った。
「………………………………」
思わず息をのむ。
なんということか。たった数回の跳躍で、アキラの構えが変わったのだ。
見違えた。
様になっている。
隣のジャック先生に見劣りしない、完璧な剣士の誕生を、私は見た。
「さあ、アキラ! 前進後退。………やってみな!」
ジャック先生の声に、若い剣士が動き出す。
ギクシャクガタガタ、ギッタンバッコン。
「………まあ、なんでもかんでもすぐ身につく、ってことは無いか」
構え完璧、歩めばポンコツ。
アキラのレイピア修業は、まだ少し続きそうだ。