私、アキラの絶不調を見る
戦士と剣士が魔法の呪文を詠唱する。
「今だ、たぬき! やってやれっ!」
そう、たぬきの最初の役割は、敵前衛に嫌がらせすること。まずはそれができてナンボ。わざわざ敵の背後に出現させるのは、確実に邪魔や嫌がらせをするためなのだ。
期待に応えて、たぬきの背後からの攻撃が決まる。当然、詠唱していた呪文も停止した。
そこへベルキラとアキラの手裏剣である。さらにたぬきの殴打。戦士剣士の二人は、動くに動けないでいた。
「マスター、私たちもお仕事だよ!」
ホロホロが矢を射る。ノーダメージの魔法使いに命中。私も火の玉改を撃ち、呪文詠唱の邪魔をする。
頃合いとしてはアキラたちも、魔法の間合いから白兵戦の間合いになっているはずだ。どんな調子なのか、通信に耳を傾ける。
「アキラさん、大丈夫ですかっ!」
たぬきの声だ。
「待ってろアキラ! いま救援にいくっ!」
今度はベルキラが、切羽詰まった声を出す。
何があったのだ?
「大丈夫よ、ベルキラ! アンタが相手してる剣士は、アタシにまかせて!」
後衛のコリンまで、前に出ないといけない事態なのか?
チラリと見る。
なんとアキラが、膝を着いていたのだ。
ダウン。
改めてその定義を、アキラから聞いたことがある。足の裏以外の部位が、リングマットに触れた状態をダウンと言う。立って闘う、スタンディング&ファイトを信条とするボクサーにとっては、大変に屈辱的な状況のはずだ。
アキラは小柄だ。だからダウンシーンも、珍しいことではない。体格差で弾き飛ばされたり、パワーで押されて転倒したことは、これまでも度々見られた。しかしそれらは、いわゆるスリップダウンである。そして今回は、ノックダウン。ダメージによるものだ。
「アキラさん、避けてくださーーいっ!」
今度はなんだ? たぬきの叫びが、あまりにも悲壮だ。
と、弱魔法の一発が、立ち上がろうとしたアキラの、顔面を弾き飛ばした。後衛の魔法使いによる攻撃だ。さらに目の前の戦士も、弱魔法を一発。
尻餅をつくようにして、アキラが後ろに倒れる。
「モモちゃん、回復魔法っ!」
ホロホロの指示で、アキラはどうにか撤退を免れた。
「アキラ、さがって! コリンと完全に交代して!」
すごすご………などという言葉を使っては、あまりにアキラが不憫だ。しかし後退するアキラの姿は、他に言い様がなかった。
まずはベルキラとたぬきのタッグで、戦士を一人死人部屋へ送る。残った剣士はコリンとベルキラで痛めつけた。たぬきは一度指環に戻している。魔法の撃ち合いで、私の体力も削られていたからだ。八畳敷を使って急場をしのぐことにした。
「ホロホロ、体力値は大丈夫かい?」
「キビシくはないけど、楽でもないかな?」
「私たちが崩れると、魔法使いが厄介になる。今のうちに回復した方が、いいんじゃないかな?」
戦士が撤退して、復活。そして剣士も、間もなく撤退というところ。試合時間は中盤を越えて、終盤戦突入という場面だ。
いわゆる山場という奴である。ホロホロはモモに回復魔法を求め、体力を取り戻した。
「マスター、少し前進しよっか?」
「回復した途端に攻撃的だな、ホロホロ」
「私たちが囮になって、敵の全軍突撃を誘いたいんだよね」
そろそろ敵が萎えるくらいのポイント差が欲しい、という意味だ。悪い考えではない。ポイント差は現在、1しか無い。回復魔法を施されているとはいえ、敵魔法使いたちの体力も減っている。付け入る隙はあるはずだ。
「みんな、総攻撃に備えてね! 敵を誘き出すよ!」
ベルキラとコリンには、現在相手をしている剣士を葬ることを命じた。
「敵の回復役をねらうね! 着弾したら、全員で突撃だよ!」
ホロホロが弓に矢をつがえた。私も呪文を詠唱する。まずはホロホロが足を止める。そして射出、即突撃。
私の番だ。火の玉改を発射。すぐに突撃の体勢に入る。
「モタモタしてるんじゃないわよ、マミヤ!」
コリンが私を追い抜いてゆく。すれ違いざまに、可愛らしくウィンクひとつ。決戦を楽しむような表情だ。というか、まだ着弾もしていないのだが、早くも突撃だ。
「行きますよ、マスター! ここで決勝です!」
「ガンガン行ってくださいねぇ~~♪ 私のモーニングスターも、血に餓えてますからぁ~~♪」
ベルキラもゆく。モモがゆく。………だがしかしモモ。それは回復役のセリフじゃなかろうて。
「………………………………」
アキラだ。
暗い顔で、私を追い越してゆく。
必死必殺。
まるで死にゆく者の顔である。いや、そんなことはあるまい。アキラに限って………。
そして敵は。
回復役への攻撃と私たちの突撃で、動揺しているのが見えた。
いま一度、ホロホロが矢を射た。私もあとに続く。今度は二人とも、魔法使いに対する嫌がらせだ。
戦士が出てくる。その後に魔法使いたちが、へっぴり腰でついてきた。私たちの突撃に釣られた総攻撃だ。
「出てきたよ、マスター! たぬきも出して数的有利を保って!」
指環をコリンとベルキラの中間に投げ捨てた。たぬきは一緒になって駆けてゆく。
そして両軍の激突だ。
コリンが引っ掻き回す。ベルキラがごり押しする。そこへモモのトリックスター的攻撃。私とホロホロは最後の嫌がらせをして、白兵戦に備えた。
コリンとベルキラは、敵の戦士をスルー。内懐に誘い込む。その上で魔法使いに、肉弾戦を申し込んだ。私とホロホロの接近戦が付加されているので、あっという間にキルの山を築く。後続の剣士は、すでに逃走の体勢だ。
ならば戦士の方は?
アキラと撃ち合っていた。
というか、戦士の方が一方的に押し込んでいる。
それほどの腕前とは思えないのに、だ。
いや、アキラの動きがおかしいのだ。ギクシャクギクシャク、いつものアキラとは雲泥の差である。
私の目の前で撃ち込まれた。それも二連発だ。ほぼ無防備なところに、戦士のさらなる一撃!
………は、入らない。
間一髪、モモが救援に入ったのだ。
アキラのバイブレーションが切れたらしい。レイピアを構えた。そのまま、蜂のひと突き!
………が、浅い。
もう一度。
アキラは一歩さがって、レイピアをかまえた。
しかし敵の戦士も、すぐにバイブレーションから醒めた。
またもアキラの突き! 戦士はそれを受け流し、カウンターでクリティカル。さらに傷口を広げようとしたところで、終戦の銅鑼が鳴った。