私、醜い争いを眺める
忍者は指環を投げつけた。たぬきの時と同様に、ぼわんと煙が立ち上る。そしてその煙の中から、山伏姿の女の子が現れた。背格好と年の頃はたぬきと似たり寄ったり。ただ、天狗の方がほっぺた豊かな丸顔である。
「全国一億二千万の天狗ファンのみなさま! あなたの天使、キュートでラブリーな天狗が帰ってまいりましたっ! きあ~~~~っ!」
かなり厚かましいことをホザいた上に、奇声を発する天狗。が、脇腹を忍者にヒジで突かれ、途端に元気がなくなった。
「………という感じなのでマミヤさん、脳の病気が感染する心配はまったくありません。むしろこちらの方が………」
「御主人様、あーゆーのも有りなんですね? では私もひとつ………」
咳払いひとつ、奇声を発する準備に入ったたぬき。当然私は、ステッキで脇腹を突いた。
「おぉ………ご、御主人様………。いまのはちょっと、効きました………」
「二番煎じで押し通そうとしたお前が悪い」
つまり私は悪くない。
ちなみに天狗の方は、すでに復活している。忍者から、たぬきの稽古相手になってくれという主旨の説明を受けていた。どうやら理不尽なまでの不死身は、たぬきとどっこいどっこい。いや、もしかすると激レアアイテムの必須条件に、『不死身である』という項目があるのかもしれない。
たぬきのスパーリングパートナーという話に、天狗は嫌そうな顔をする。
「忍者さん、天狗は誇り高き大空の民ですよ。地べたを這いずりまわってキ〇タマ袋をかぶるしか能のない獣の相手なんて、天狗の名折れでしかありません」
「あとで団子をおごるぞ」
「さあ、張り切ってスパーリングを始めましょう! どこですかっ、相手のたぬきはっ!」
えらく安っぽい誇りだな、おい。団子ひとつで買収可能かよ。
とは思ったが、せっかくその気になってくれてるのだ。わざわざ水を差すことは無い。
で、たぬきの方はというと。
「………………………………」
天狗を見ている。
まばたきすら忘れたように、ジッと天狗を見ていた。
「………………………………」
たぬきの視線に気づいたか、天狗もたぬきを見ている。
両者、激しくはないが相手を警戒していた。
ジリッ………と、にじるようにして、たぬきが動いた。天狗もまた、ジリッとだけ足を運ぶ。
反時計回り。右へ右へとたぬきが動く。天狗もまた、反時計回り。地面にサークルを描くように、二人………二匹は距離を保って動く。
「そもさん!」
たぬきが仕掛けた。
「せっぱ!」
天狗が受ける。
「ウチの御主人様はロリコンですっ!」
「ウチの忍者さんっ、今日の下着は黒のハイレグTバック!」
なにか有りもしないことを口走り始めた。
「私の御主人様は、毎朝私からのおはようのキスで目覚めますっ!」
「私は忍者さんからのおはようのキスで目覚めますっ!」
「私はいつ、御主人様から求められてもいいように、毎日勝負パンツ着用ですっ!」
「私は忍者さんを手込めにする準備、いつでオーケイですっ!」
「っていうか御主人様っ! いつになったらたぬきを抱いてくれるんですかっ!」
「そうです忍者さんっ! 抱かせてくださいっ、今この場でっ!」
とりあえず私から、ステッキの一撃をプレゼント。天狗はまたまた忍者から、強烈なヒジを与えられていた。
たぬきと天狗。
互いに似たような頭の中味らしく、同族嫌悪ということも無く仲良くなったようだ。たぬきは天狗から八角棒の技を授かり、天狗はたぬきから怪しい魔法を伝授されている。
「ところでマスター、忍者さんも」
二匹を眺めながら、ホロホロが呟く。
「たぬきって撤退したら、どうなるのかな?」
「?」
あまり考えたことの無い疑問だ。そう言われてみれば、たぬきは「ここ一番」という時にだけ指環から出して、活躍を終えたら指環に戻していた。
つまり、撤退もしくは撤退の危機に陥るまで、使い込んだことは無い。たぬきや天狗が撤退したら、どうなるのか? これから先、アキラの代役とばかりに活躍してもらう上で、解決しておかなければならない疑問である。
「指環の中で十五秒間、待機するだけですよ?」
割りとあっけらかんと答えられてしまった。
「しかも御主人様、激レアアイテムが撤退しても、相手にポイントは入りません!」
どーだとばかり、たぬきはデカい顔をする。
「そういうものなのか?」
「そーゆーものです! だって私、選手としてオーダー表に名前が上がりませんから」
ブリーフィング中に表示される、あの表のことだ。確かに今まで、たぬきの名前が上がったことは無い。
「ですから私たち激レアアイテムを、秘密兵器として温存するのも策ですが、今回のケースのように最初から最後まで出ずっぱり、というのも手なんですよ」
ホロホロが言うなら、説得力があるセリフだ。しかしたぬきが語っているので、かなり台無しである。
「う~~ん………」
ホロホロが唸る。
「だけど秘密兵器として温存、なんて言葉を聞くと、やっぱり揺らいじゃうなぁ。たぬき出ずっぱり作戦が良策なのかって………」
「おいおい、軍師どの。君が揺らいでどうする。しかもたぬきの戯言なんかで」
「そうは言うけどマスター、たぬきを序盤から投入するってことは、マスターもたぬきのスキルを失ってるってことだよ?」
つまり、八畳敷によるディフェンスが無い。ステルスも使えない。死んだふりもできない。極々あたりまえのプレイヤー、マミヤでしかなくなるということだ。
「やっぱりマスターは、たぬきの能力を併用してこその、魔族マミヤだとも思うんだよね」
たぬき無しでは、私ダメダメかい? と思ったが、その見解が決してハズレでもないあたりが、私としても弱いところだ。
「だからと言って、たぬきの強化計画を御破算にするのは、違うと思うぞ」
これはベルキラだ。
「序盤からの投入、ここ一番での投入。どちらを選択するにしても、アキラ級の火力腕力をたぬきが得るのは、仲間として頼もしい限りだ」
「もちろん、たぬき強化計画は続行の方針。中断なんて考えてないよ? 問題はいつどこで、どんな場面においてたぬきを投入すれば、一番効果的なのか? 序盤なのか、危機の場面なのか? それとも決勝の場面か? ………む~~」
「あるいは撹乱? それとも囮? ゲリラのように、意識の外から襲わせるのもおもしろいな」
シュチュエーションを追加したのは、忍者である。おかげでホロホロは、余計に混乱した。それを眺めて、忍者は笑っている。というか楽しそうだ。
ホロホロは唇を尖らせる。
「む~~………忍者さん、意地悪だ。私が悩んでるの見て、楽しんでるでしょ?」
「私からすれば、割りとどうでも良いことで悩んでいるからな」
ベルキラの胸をトンと拳で叩いて、「面倒くさい娘だな、ホロホロは」と、からかうような口調。
「いいか、チビ軍師。戦さ場において正解なんてものぁ無いんだ。こちらが必死なら、あちらも必死。絶対に勝ってやるの信念で、闘技場に出て来るンだ。そいつを匙加減ひとつでどうにかしようたぁ、虫の良すぎる話だぜ」
「正解がなくても、ベストを尽くすのが軍師じゃない? 忍者さんの言い分は、何の策も無しに戦場へ飛び込むようにしか、私には聞こえないんだけど」
「策は、練って練って練り抜くべきだ。何も私は、策を練るなとは言ってないぞ。だが今のお前には、練り抜いた策を記した図面を、開戦と同時に火鉢でくべる思い切りが必要なんじゃないのか?」
「ぶ~~………」
あ、ホロホロが不貞腐れた。
というか、この二人。見ていると、まるで水と油。あまりにも相入れなさすぎる。
硬と軟。
ついついそんな比べ方をしてしまう。
硬はもちろんホロホロ。頭が硬いというのではなく、手堅い戦法を選択するということでは、私たち全員からの信頼がある。
軟というのは、やはり忍者。しかし彼女は頭が柔らかすぎて、時々宇宙言語を話しているように錯覚してしまう。この娘の言語を解するのは、やはり陸奥屋一乃組の面々しかいないだろう。
陸奥屋一乃組の面々しかいない………。
彼女を理解するのは、彼女の仲間五人だけ………。
もしかすると忍者、とても孤独な人間なのではなかろうか? だからホロホロの策に、こんな謎かけじみた疑問を呈するのでは?
「だから私は、臨機応変! 状況を見て、たぬきを投入しろって言ってんだよ!」
「それが無策って言ってんの! 場をある程度コントロールできないなんて、策が無いのと一緒じゃない!」
「誰だ、軍師をこんな石頭に育てたのぁ! 責任者出て来いっ!」
「私が石頭なら、忍者さんの頭なんてコンニャクが詰まってるじゃない!」
「言ったかっ、このチビっ!」
「なによっ、まな板胸っ!」
………………………………。
だんだん小学生のケンカになって来ている。
とは言え、ホロホロのこんな姿を見るのは、初めてかもしれない。
「………右脳型と左脳型の争いですね」
ベルキラも、やれやれと言いたそうだ。
「もちろん左脳型がホロホロで、右脳型が忍者だろ?」
私が問うと、ベルキラはため息をつく。
「この二人、本当に水と油なんですねぇ」
ベルキラの見立ては、私と同じものであった。