私、たぬきに悩まされる
「ではでは魔族さん、脅威の激レアアイテム、どうぞお持ち帰り下さい!」
きららさん、たぬきを自称する娘から抽選箱を抜き取る。文字通り、たぬきから抽選箱を抜き取ったのだ。
現れるたぬきの下半身。黒いタイトスカートに茶系のパンスト。黒い編み上げブーツ。
そしてタイトスカートのお尻からは、ふさふさモコモコの尻尾が生えている。
「御主人様! 私のこと、末長く可愛がってくださいね!」
「いや、いきなり抱きつかないでくれないか。私の好みは有能かつ美人。子供特有の愛くるしさとかには興味が無く、むしろ犯罪の香り漂う事態は、明確にノー・サンキュー! というか店主! この誤解されそうな事態をどうにかしてくれたまえ!」
「さあさ、時間が来たから屋台をたたんじゃいますね♪ はぁ、忙しい忙しい」
「こら店主、こっちを見なさい! 話に耳を傾けよ! この珍妙なアイテムをどうにかしてくれ!」
きらら店主の手鐘が効いたか、私を取り囲むように人垣が築かれてゆく。
待ってくれないかみんな。私はまだレベル1の詰まらない男なんだ。
決してみんなの注目を集めたり、マークされなければならない人物ではないんだ!
本当に私を、そっとしておいてくれ!
「おい、見ろよ。オッサンが女の子に抱きつかれてるぜ」
「うらやましい限りだな。冷やかしてやれ、ヒューヒュー♪」
「ねぇ、あの女の子、涙ぐんでない?」
「男の方が泣かしたのよ、きっと」
「うわ、サイテー………」
私の願いとは裏腹に、誤解の輪は広がる一方。
揚げ句の果てには、「ロリを泣かせる羨ましい奴………」
「バトルで会ったら、集中的にヤッちまおうぜ………」
「魔族のマミヤか………手前ぇ、名前おぼえたかんな………」
などと、不必要なヘイトをひと山いくらで買う始末。
あの、きららさん。本当に責任とってくださいませんか?
しかし屋台はきれいに畳まれ、魔法使いきららとともにその姿が薄れてゆく。
何故かどこからともなく、流れてくる「蛍の光」。
「本日はみなさま、魔法使いきららのアイテムくじに、多数さまの御贔屓御来店をいただき、誠にありがとうございました。当店はこれにて閉店、すべてのクジを引き上げさせていただきます。またの御来店、店主きららは心よりお待ちしております」
コラ待て、本気で逃げを打つ気だろ?
「激レアアイテムを獲得されたお客さまにおいては、末長くアイテムの成長を見守ってくださいますよう、心からお願い申し上げます」
いくら手を伸ばしても、スカスカと手指は空を掴むばかり。
そして音も無く、魔法使いきららは消えて行った。
………………………………。
………あのガキ、何の説明もフォローも無く、姿を消しよったわ。
「あらためまして、御主人様。私はこのゲームの中でも滅多に会えないアイテム、たぬきです! 今日この時より御主人様がアカウントを削除するその時まで、滅私奉公粉骨砕身猪突猛進一撃必殺の信念で、御主人様にひたすら尽くすことを御約束いたします」
たぬき娘は片膝をついて、西洋の儀礼よろしく、私に頭を垂れた。
というか今の四文字熟語。最後にいらん事を言わなかったかな?
「つきましては御主人様、激レアアイテムとの契約をお願いしたいのですが………」
………やはりこの娘も私の疑問、激無視かね?
というか神妙な面持ちに、思わず「なんだい、契約って?」と訊いてしまった。
たぬきは瞳を輝かせる。
「はい! 私を抱いてください! そして熱いベーゼで病気になるくらい濃厚に私を汚して、それから、それから………あふん♪」
頬を真っ赤に染めたかと思うと目を血走らせ、さらには鼻息を荒くして興奮。頭にのぼった血は意識を刈り取り、たぬきはバッタリと倒れてしまった。
………鼻血が出ている。
しかし、夢見るような寝顔は、とても幸せそうに見えた。
「やん、もう………御主人様ったら………。ここじゃダメ! みんな見てるでしょ?」
訳のわからないうわごとをホザき、気持ち悪く痙攣する姿を無視すれば幸せそう、という話ではあるが。
「あぁっ! いけません! 伸びている場合じゃないんですっ! なんとしても御主人様に私の初めてを奪っていただいて、貴方の私を実現しなくては! ………ということで、御主人様?」
「なにかな?」
たぬきは地べたに寝そべったまま、タイトスカートをチラチラめくっていた。
少しうるんだ眼差しで、たぬきは言った。
「………カモン」
「子供に興味は無い。はやく立ち上がりなさい」
「なんですか御主人様っ! 女の子から誘ってるんですよっ! はやく頂いちゃってくださいよっ!」
「だから子供に興味は無いと言っている。はやく立ち上がりなさい」
「フンだ、いいですよ。御主人様がさせてくれって言っても、簡単にさせてなんか、あげないんですから!」
「できればいつまでも、そうあってもらいたいものだ」
「可愛らしいたぬきがここまで誘惑しても反応しないだなんて………すみませんでした」
「なにかね、その私にとって不名誉な予感しかしない謝罪は?」
「御主人様、もう機能が衰えてらっしゃるのですよね?」
「何を言っているんだね、君は?」
「そうでなければ………すみませんが御主人様。御主人様とともに、このたぬきもレベルアップさせて下さい!」
「何故に?」
本当にこのたぬき、何を言っているのか?
「忠臣の誉れ高きたぬき、レベルが上がりさえすれば御主人様の要望通り、股間に生やしてみせます!」
「何を生やすか、何を!」
「もちろんナニをです。御主人様は好きなんですよね、ナニ。たぬきはレベルさえ上がれば、御主人様のためなんでもやりますよ! というか男の娘という趣味がお有りとは………」
オトコノコという響きだが、字面が妙なことになっていそうで、私としては気が気でない。たぬきを名乗るこの娘、一体どのような漢字をあてたのか?
「ですが御主人様、生えていない私のことも、存分に可愛がってくださいね」
むっくり起き上がり、私の腕に腕をからめて、そして………。
「身をからめてくるな、熱い吐息をかけるなチビのくせに、そしてそこは触るなっ!」
「………触るなということは………。もう、御主人様ったら………。たくさんの人が見てるんですよ? そんな大胆なこと、たぬきの身でも恥ずかしいじゃないですか」
気絶していた時と同じ、このたぬきは意識があっても、気持ち悪くクネクネぴくぴくと痙攣するらしい。
「でも、御主人様の要望でしたら………このたぬき、勇気を振り絞って………」
うっとりした眼差しで地べたにしゃがみ込んで、ズボンのファスナーに手をかけようとするたぬき。
もちろん「いただきます」をするように、お口をあーん………。
その脳天に、必殺のヒジ! 脳震盪を起こして失神するたぬき。
そして私は、ある事実に愕然とする。
「………これだけ文字数を消費していながら、話が何ひとつ進行していないではないか」
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