私、ジェントルマンになる
「ちょっと、マミヤ大丈夫?」
コリンは心配そうな顔をしたが、そんな顔をするなら初球から決め球放るような真似はしないでほしいものだ。
などとも言えず、「大丈夫だ、問題ない」とだけ答える。
ゼロだった体力はリセットされ、またもや残りわずかな状態からリ・スタート。
「まだ動作入力しかできないんだから、無理しない方がいいんじゃないの?」
「新しい技には無理はつきものさ。だけどあと二回試してダメだったら、ちょっと手加減してもらえるかな?」
「オーケイ、わかったわ」
わかったわと言ったが、どうやらあと二回は全力で攻撃してもいい、と解釈したらしい。またも新技、龍尾跳で私の胸元をねらってきた。
が、なれていないのだろう。どうにか必殺の一撃をかわすと、コリンは大きく体を崩していた。
ここだ!
私はステッキをかざし、素早く動作入力。新魔法コウモリを放った。
降り下ろしたステッキの先端から、三匹のコウモリが羽ばたいた。
「なんのっ!」
コリンは槍で叩き落とそうとするが、コウモリはヒラリヒラリとかわしてコリンにまとわりつく。
その一匹が………。
「キャッ」
コリンの首筋に吸いついた。バイブレーションが走っているのか、コリンは動けないでいる。
「ア………ッ!」
もう一匹が、コリンの胸元に吸いつく。
「はぁんっ………」
そして最後の一匹は、背中に吸いついた。
こうなるとコリンは瞳も虚ろに、ビックンビックンと痙攣するしかない。
だが………。
「コリンの体力が減っているな」
ベルキラが呟く。
「それだけじゃないよ。マスターの体力が回復してる!」
コリンから奪った体力が、そのまま私に。とはいかないが、その半分以下程度には回復している。ここ一番、生き残りをかけた時の一発技というところだ。
そしてコリンは。
棒っ切れのようにブッ倒れ、全身をピクピクと震わせていた。体力の一分を吸い取られただけなのに、大袈裟な娘である。おまけに頬を染めたトロ顔で、不覚にも少し色っぽいじゃないか。
まあ、私の魔法の実験台になってもらったのだ。捨てておく訳にもいかない。
「大丈夫か、コリン。しっかりしろ」
細くて軽い、たおやかな体を抱き上げてやる。
「あ………あぁん………すご、こんなの………はじめて………」
なにを言ってるものやら。シュチュエーションが色っぽい場面だとしても、そんな言葉は一〇年早いわ、小娘が。
「まぁまぁ、いけません! コリンさんが大変ですねぇ!」
モモが駆け寄ってきたが………モモ、何故に君は台詞が棒読みなのかな?
「マスター、そのままそのまま。いま私がメディカルチェックをしますねぇ♪」
仲間が倒れたのに、楽しそうだねぇ、君。
というかモモ、メディカルチェックは君がするのだろ? 何故私の手をとり、コリンの頬や髪を撫でさせる?
「む~~………これは深刻な状態ですぅ。マスター、コリンさんを抱えてあちらのソファで休ませてあげてください~~。もちろん、お姫さま抱っこのままですよぉ♪」
深刻な状態の割りには、誰も深刻な表情を見せていない。むしろニヤニヤしている。とはいえメディカルマジカルの専門家の言葉だ。黙って従うしかない。
「おぉ! 忘れてましたぁ! マスター、時々コリンさんの頬っぺたや髪を優しく撫でて、大丈夫かい? とか声をかけてあげてくださいねぇ~~♪」
それはわかったのだが、モモ。何故に君は声を弾ませているのか? 今日のマヨウンジャーメンバーは、私に何の説明も無い。なかなかに不親切な姿勢であった。
お姫さま抱っこの体勢でソファに腰かける。ちょうどコリンの腰が、私の脚の間に収まった。コリンの膝裏を片脚で支えてやると、私の片手がフリーになる。その手で言われた通り、コリンの髪や頬を撫でてやった。
小さな身体は若鮎のように、私の腕の中でピクピクと痙攣を続けている。一度うるんだ瞳が私をとらえたようだが、恍惚とした眼差しはまぶたに閉ざされて、小さな両手が私のシャツを握り締めた。
モゾッ………。
私の胸に、顔を埋めてくる。仕方ないので、ハニーブロンドの流れ落ちる後頭部を、そっと撫でてやった。
どうやら痙攣はおさまったようだ。しかしコリンは寝息を立てている。
「すぐに気がつきますからぁ、そのままにしてあげてくださいねぇ♪」
モモは言うが、私としては魔法の練習をつづけたいのだが。
ふと見ると、たぬきが道場に立っていた。
「あぁっ、御主人様っ!」
バッタリと棒っ切れのように倒れ込む。
「たぬきも倒れました。後生ですから私にも、その優しい抱擁を………」
「残念だがたぬき、私の膝はコリンで満員だ。そしてお前は私の魔法を浴びた訳でもない。モモに助けてもらえ。実験材料にされても責任は負えんがな」
「あぁっ、そんな御主人様!」
「さあさあ、お邪魔虫はあちらで、このモモさんと一緒に遊びましょうねぇ~~♪」
「御主人様! あなたのたぬきが今や風前の灯火がクライシスですっ! 貞操の危機が手込めにされて、汚れっちまった悲しみに太郎の屋根に雪ぞ降り積む!」
なにを訳のわからんことを叫んでいるやら。
モモにはそういった趣味は無い。
そういった趣味は無い………はずだ。
そういった趣味は無い………よね?
未確認である。
「………んっ」
かすかに甘い声をもらし、コリンの瞳が開いた。
「大丈夫かい、コリン?」
声をかけると、まばたきひとつ。それから私の顔を視線でとらえて、また胸に顔を埋める。………耳が真っ赤だ。桜貝を思い出す。
「………恥ずかしい」
気弱な呟きだ。
「………アタシ、またやっちゃった」
そうだ、コリンは以前にも森へ討伐に出向いたとき、衆人監視の中、痴態をさらしたことがある。
「今回は私のせいだ。コリンが恥ずかしがることはない、悪いのは私だ」
「もう………バカバカバカ………」
「すまなかった、悪かったと思っている」
「悪かったと思ってるんなら、もっとギュッてしなさいよ」
何故そのようにしなければならないのか? 私には理解し難かったが、悪いのは私である。言われた通りにしなければならない。細くか弱い身体を、ギュッと抱くことにした。
しかし困ったことに、ギュッと抱き締めるとコリンの体臭に、鼻をくすぐられてしまう。乳臭いと言っては、あまりにも風情が無さすぎる。どちらかと言うと心地よい、甘い香りである。ついついこの香りにおぼれてしまいたくなるが、そこは私も紳士である。ジェントルマンとして、あるべき姿勢を貫かなければならない。
湧きあがる衝動をグッとこらえて、ナイスミドルを演じ切った。