私たち、レベルアップする
翌日のことである。
いつものように魔法の草を売り払い、新しい栽培キットをセットしてから拠点に入ると、マヨウンジャーのみんながダレていた。
グデ。
擬音にすると、そんな感じか。
大柄なベルキラはソファに横たわり、アキラ、コリン、モモの三人はテーブルに突っ伏し椅子の背もたれに身をあずけていた。
「おいおい、どうしたんだ、みんな。ずいぶんと元気が無いじゃないか」
「あ、マスター………」
アキラが顔だけ上げた。オオカミ種の獣人なアキラだが、耳がタレているし尻尾もへんにょりとしている。
「………どうにも、こう………ノラないっていうか、身が入らないっていうか………」
「アタシもよ、マミヤ………こんなだらしないアタシを、叱ってちょうだい………」
モモはため息をつくばかり。ベルキラに至っては、ほぼ無反応というありさま。
「こらこら、これじゃあ迷走戦隊マヨウンジャーじゃなくって、無気力戦隊ズンダレンジャーだぞ?」
「………あぁ、ずんだ餅ですかぁ~~。美味しいんですよねぇ~~………アレぇ………」
うむ。普段から煮込みすぎたモチのような話し方のモモだけど、今日は一段と溶けている。普段が『デロッ』としたしゃべり方なら、今日は『デロ~~ン』というところか。
「いくら陸奥屋の稽古が休みだからって、そんなに怠けてたらカビが生えるぞ? というか、ホロホロの姿が見えないな」
ソファで伸びていたベルキラが、指だけでチョイチョイと道場を差す。
ホロホロは丸椅子に腰かけて、満足そうに瞳を閉じていた。
「………燃え尽きたぜ。………真っ白だ」
「それはすでにシャルローネさんが使ったネタだ。新しいネタを仕込むように。っていうか、ネタ仕込む元気はあるんだな」
ガタンと音がした。
ドアを背中で守るように、ベルキラが立っていた。
「………矢吹くん。………私、あなたのことが」
「君たちそういうネタ、好きだねぇ」
というか、そんなことばかり勉強熱心なのだから、呆れるやら関心するやら。
今度はアキラがノッソリと立ち上がる。
コリンもその前に立った。
「へ~い、コリン。ゆあべりべりストロングマンね~~」
「おいおい、アキラ。どうしちまったんだよ。あの稲妻みたいなパンチ………」
もうその辺りでやめておけ。いい加減巨匠に天から、お叱りを受けてしまうぞ。
「マスター? 私が訳もわからずボクシングのコスチュームで、リングに上げられますからぁ~~マスターは武志さんを、エルボーで倒してくださいぃ~~」
うん、わかるぞ。
私たちマヨウンジャーは今、若年層を置いてけぼりで突っ走っているな。
ふと窓の外を見ると、陸奥屋一乃組の忍者が、ローストチキンにかぶりついていた。しかも減量用のサウナスーツを着込んでだ。そして私と目が合うと、一目散に逃げ出した。
「ジョーだけならまだしも、『鉄拳』に『どついたるねん』まで持ってくるとは、みんな容赦が無いな………」
燃え尽き症候群の割りには、みんな元気なようだった。
「さて、私たちはイベントを乗り切って、大量のポイントを獲得した訳だが。みんなレベルは上がったかな?」
仕切り直し。みんなをテーブルに集めて、どうにかマヨウンジャー会議の開催である。
「レベルですか?」
「アタシは、そうねぇ………」
なんと全員、二階級特進。レベル5に昇格していた。
その中で、面白い特典がついたのは、アキラである。
「………レイピアの練習ができるようになりました? なんですかコレ?」
私に訊かれても困る。私はベルキラに目をやった。
「レイピアはフェンシングの剣と考えてもいいでしょう。ですが、何故アキラが?」
ベルキラはコリンを見た。視線によるパスだ。
「似合うからかしら?」
役に立たない意見だ。
コリンはモモにパス。
「レイピアがアキラ君のボクシングスキルと、相性がいいんでしょうか?」
ホロホロにパス。
「論より証拠ね。実験してみない?」
ということで、アキラのフェンシング修業である。
まずは御存知、藁人形のマッコイを相手に突きの稽古だ。
普段は左手左足を前にした、オーソドックスタイルのアキラ。それがレイピア片手に、右手右足を前に出した………アキラからすれば、サウスポースタイルで構えを取る。
「なんだかやりにくいですねぇ」
朗らかなアキラにしては、割りとレアな渋い顔。
「それにボクシングスタイルと違って、間合いが計り難いというか………」
好感触とはいかないようだ。
実際、レイピアでマッコイを突いてみても、アキラは勘が働かないようだ。足取りは素人の私から見ても滑らかなものなのだが、いかんせん深く突きすぎてしまう。大して前に出てもいないのに、攻撃が届いてしまうところが、アキラとしては面白くないようだ。さらには、パワーの調整である。アキラはインファイター。敵の懐に飛び込んで、強烈な拳を叩き込むスタイルである。それがポン突きチョン突きで事足りる、というのが合わないらしい。
「む~~………。マスター、この練習、どうしても続けなくちゃ、ダメですか?」
まるで鎖でぐるぐる巻きにされて、狭い檻に押し込められたオオカミである。耳も尻尾もへんにょりとタレてしまっていた。
「せっかくのスキルだから活用した方がいいんだけど、この場合はなぁ………ジャック先生に、おうかがいを立てるしか無いだろう」
それまでアキラのフェンシング修業は、お預けとなった。
続いて私。
魔法でコウモリを使えるようになっていた。
「なによ、このコウモリって?」
コリンが興味を示している。
「アンタにしちゃ、ずいぶんと耽美なスキルじゃない?」
「うむ、ウィンドウの説明書きによると、攻撃と回復の同時技のようだな」
「回復と聞いては黙っていられませんねぇ~~。マスター? 是非ともそのスキル、披露していただけませんかぁ?」
モモが変な競争心を燃やしている。あまり回復魔法を使う機会が無いため、フラストレーションがたまっているのだろう。
「それじゃあ道場の設定をして、コウモリモードに切り替えるぞ」
「じゃあ対戦相手は、アタシが勤めるわね」
コリンが申し出てくれた。
「それじゃあ道場設定………切り替え!」
ガションという音がして、私とコリンの演習場が出来上がった。
のはいいのだが?
「………なんだこれは?」
体力値が激減している。具体的に言うならば、コリンの弱攻撃ひとつで撤退、というくらいに激減していた。
「なによアンタ、それ!」
コリンは笑い出す。これはもらったわねと、瞳に書いてあった。
「ちょっと突いただけで撤退じゃないの? ………でも槍姫のコリンちゃんは、手加減なんかしないんだからね♪」
これコリン、声が踊ってるぞ?
「アタシだってレベルアップで新技が入ってるのよ! くらえ、龍尾跳っ!」
足元を突いてきた!
と思ったら槍先が跳ね上がってくる!
喉元を突かれて、まずは一撤退。
なんの、新技は簡単に手に入るものではない。
気合も新たに、もう一度道場へ入った。