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私、表彰式へおもむく


 イベント用のテーマソングがフェードアウトしてゆき、セピア色の世界にカラーが戻ってきた。

 目の前にそびえ立っていた東軍の砦が、音も無く消えてゆく。身を隠していた遮蔽物、丘の上のハウス。戦場にあった建築物が、ひとつひとつ姿を消してゆく。

 誰かが呟いた。

「あぁ………今年もイベントが終わったなぁ………」

 祭りのあとの寂しさか。

 祭りのあとの空しさか。

 空っぽというやつが、胸を吹き抜ける。熱狂すればするほど、燃え上がれば燃え上がるほど、寂寥は深く重たくなるものだ。

 殊に、私たち西軍は敗軍である。戦場の建築物が去った跡は、国敗れて山河あり、という言葉にとらわれてしまう。

 たかがゲーム。そんな大人ぶった割り切りなど、VRMMORPGには通用しない。この世界には実感があり実体があり、疑似世界の出来事であっても実体験なのだ。

「………明日から」

 コリンが呟く。

 そういえば、そばにいた。

 そのコリンが呟く。

「明日から、また学校だわ………」

「言うなコリン。その言葉は、私につらすぎる」

 そうだ。この三日間はどっぷりとゲームに肩までつかっていたが、明日からはまた、辛い日常が始まるのだ。

「二人とも、落ち込まないの」

 ホロホロだ。

「私の知る限りでは、これから表彰式があるらしいよ?」

「表彰式?」

「そ、表彰式♪ 今回のイベントで最高得点を叩き出したプレイヤー、レベル以上の得点を獲得したプレイヤー、レベルごとに規定された時間以上に生き残ったプレイヤーたちを表彰するの」

 つまりMVPと殊勲賞、敢闘賞を祝福するということらしい。

 気持ち良いくらいに軽快な交響曲が流れてきた。いや、これはメキシコ国歌の演奏だろうか? とにかく明るく楽しい雰囲気の曲である。

「西軍のみなさ~~ん♪ これより表彰式を開催しま~す。参加不参加は自由です! お手持ちのウインドゥを開いて、どちらか選択してくださいね♪」

 リンダだ。受付のリンダである。あるいはその姿だけを借りた、イベント専用キャラクターかもしれない。

「参加をタップすると、自動的に会場へ移動。不参加を選択すると、ブリーフィングルームへと移動しま~~す! 制限時間をオーバーすると、自動的にブリーフィングルームへ送還されますから、気をつけてくださいね~~♪」

 辺りを見回した。コリンはいる。ホロホロもすぐ近くにいた。ベルキラはその傍ら。

「アキラとモモの姿が見えないな」

「どうしたのよ?」

 キョロキョロとする私を、コリンが軽く咎める。

「いや、あくまで私のワガママなんだが、できれば頑張ったプレイヤーは、マヨウンジャー全員で祝福してやりたいと思ってね」

「表彰台にあがるのは、東軍プレイヤーかもしれないわよ?」

「それでも褒めてやりたいじゃないか、頑張った人たちを」

 肩をすくめるなよ、コリン。ため息つくなよ、コリン。まるで私が落語の与太郎みたいじゃないか。

「どこまでお人好しなのよ、アンタ。………まあいいわ、そこがアンタのいいところなんだから」

「なにか言ったかな?」

「なんでもないわ。ホラ、はやくアキラたちを通話で呼び出しなさいよ」

 通話………。なるほど、その手を忘れていた。

 アキラはモモと一緒にいた。というか陸奥屋一乃組のユキさんと一緒らしい。表彰式の件を話すと、快く承諾してくれた。

「というかマスター、陸奥屋は全員参加するみたいです」

「なるほど、そうだろうね」

 つとめて冷静に答えたが、まだ騒ぐつもりじゃないだろうなと、疑ってしまう。

「ついでに言うと、総裁なんかはMVPをねらっているみたいだし………」

 あの男、今回のイベントでは確かに見せ場たっぷりであったが、一点でもポイントを獲得したのだろうか? 私の記憶が正しければ、魔法部隊相手にあられもない裸体を晒しただけのような気がしたが。

「それでは順番に、表彰式会場へ移動しま~~す♪ お友達とはぐれないようにしてくださいね~~♪」

 ある程度の数ずつ、戦場跡から消えてゆく。私たちの番になると、一瞬目の前がブラックアウト。そして足元に赤絨毯、真っ白な古代ギリシャ・ローマ風の柱が目に飛び込んだ。というか、結婚式場かアカデミー賞授賞式か、というような会場である。

「陸奥屋、整列っ!」

 参謀の声だ。すぐそばにいたコリンたちを連れて、参謀のもとへ急ぐ。

 アキラとモモは、すでに集合していた。私が先頭に立ち、次にホロホロ。そこからは背丈の低い順番としたが、アキラとコリンはどちらが背丈が低いかで、言い争っていた。

 無法者集団に思われる陸奥屋であるが、セレモニーに対しては厳粛だ。無駄口ひとつ叩くことなく、すみやかに整列を完了していた。


 式典がはじまる。

 まずは団体の表彰である。

 敢闘賞。それぞれのレベルで定められた時間以上に、メンバー全員が生き残ったギルドが表彰されるものである。様々なチームが表彰されたが、三日間に渡って一人の撤退者も出さなかった、我々マヨウンジャーも名前が上がる。撤退者を出してしまった陸奥屋は、表彰されない。

 一応代表者として、受賞者の列には私が並び、六人分のメダルを受け取った。

「それでは団体敢闘賞の中から、最優秀賞を発表いたします!」

 なんと?

 そんな賞まで存在するのか?

「この賞の審査規準は、まず規定時間の三倍を生き残っていること。それで決定しない場合は、獲得したポイントが規定をどれだけ越えているかで優劣を決します! ………つまり、初心者ギルドほど授賞しやすくなっている賞です!」

 む! これは少々お恥ずかしい話だが、さすがに私も欲が出てくる。

「ちょっと、マミヤ………」

 静かに、というように私は口の前で指を立てた。願いや期待は口にすると、叶わなくなるものだからだ。

 ドラムロールがデレデレと流れる。私だけでなく、メンバー全員が固唾を飲んでいた。

「………ギルドメンバーのレベルは、すべて3」

 お?

「………仲間たちをよく守り、仲間たちによく守られ、三日間を生き延び」

 こ、これは………?

「身の丈知らずのポイントを稼ぎ出した!」

 あるか? あるか?

「陸奥屋所属、迷走戦隊マヨウンジャーの六人です!」

 期待はしていたが、発表された途端に、「本当に私たちが?」という思いにとらわれた。

 だが、ホロホロとベルキラが、四方に頭を下げている。モモがバンザイを繰り返している。アキラは拳闘家らしく、ふたつの拳を突き上げていた。

 そしてコリンは………。

 コリンは私の背中にしがみついていた。

 喝采降り注ぐ中、そっとコリンに囁く。

「やったぞ、コリン。………私たちがナンバーワンだ」

「………ウッ………ヒック………。人に………人に評価されたの………初めてだから………」

 リアルの生活で、いろいろとあるのだろう。

 だから、このひとときだけは。

「みんなが評価してくれている、コリン。それどころか、祝福してくれている」

「うるさいわね………うるさいわ………」

 慟哭。

 激しく泣きじゃくる様をいう言葉だ。

 しかしこれは、決して恥ずかしいことではない。人から評価されない暮らしを過ごしたなら、生まれて初めて評価されたなら、涙を流すのも当然と言える。

 だから今は、たっぷりと泣かせてやろうじゃないか。

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