私、決着する
喝采の中、椅子に腰をおろした鬼将軍は、疲れたように瞳を閉じた。
「………かなめ君」
「はい」
「カラフルワンダーのシャルローネは、どうしているかな?」
「はい、総裁の勇姿に………」
「私の勇姿に?」
「お腹を抱えて笑っています」
「………………………………」
鬼将軍はなにも言わない。
「………かなめ君」
「はい」
「それは機嫌が直ったと判断しても、良いのかな?」
「花マルがもらえるような戦果かと」
疲れた表情がやわらぐ。
満足しているような表情だ。
「どうにか、仕事をやり遂げられたようだね」
「お疲れさまでした」
「………フィー先生」
魔法医師を呼んだ。
「フィー先生、少し回復魔法をほどこしてはくれまいか?」
「嫌です」
銀髪童顔の魔法医師は答えた。
鬼将軍は瞳を閉じたまま、動かない。
「………フィー先生」
「お断りします」
怒ってなどいない。不機嫌な訳でもない。ただ普通に、フィー先生は答える。
「総裁に回復魔法など、使いたくありません」
「………フィー先生、君は私のことが嫌いなのかね?」
「はい、嫌いです」
それはそうだ。
どこの世界に、ふんどし姿にマントを羽織った中年を、好む女性がいるものか。
「総裁、私だけではありません。全世界の女性すべて、総裁のことが嫌いです」
そうだ。
男と女は相容れない。お互いを理解し合うことなど、永久にできないのだ。
そして鬼将軍は男である。男の中の男でしかない。たとえ貧弱な裸体のヒョロ眼鏡であろうともだ。
故に女性からは理解されない。女から好意を向けられることは無いのだ。
しかし奴は、高笑いをやめないだろう。女ごときに理解されずとも、私には自由があるとうそぶくに違いない。
そして帆に風をはらませて、自由の大海原へと舵を切るのだ。
残された女たちは、やがて気づくであろう。鬼将軍のいない生活が、味気ないことに。鬼将軍が去った日常が色褪せていることを。
そして、自分たちの本当の気持ちに………。
「フィー先生。君、今日は一段と手厳しいね」
「はい、総裁のことが大嫌いですから♪」
フィー先生、本気で回復魔法を使わないつもりだ。
さあ、気を取り直して。今年の厳冬期イベントも、残り時間はわずかだ!
「マミヤさん、生きてますか!」
通信が入る。シャルローネだ。大丈夫、生きている。私は返事した。
「それじゃあカラフルワンダーで魔法攻撃するから、有終の美を飾ってくださいね!」
レベルの若いギルドがイベントを締めたら、プレイヤー全員の励みになるから。シャルローネはそう主張した。
「それは良いアイデアだ、シャルローネさん」
ジャック先生だ。
「ならばマミヤさん、俺たちがマヨウンジャーの楯になる。総裁、よろしいですね?」
鬼将軍はフッと片頬だけで笑う。
「………許すことはできんな、ジャック先生」
「何故!」
鬼将軍は立ち上がった。そしてマントを翻す。
「これより陸奥屋は、総員マヨウンジャーの楯となり突撃する! 西軍の勝利はこの一戦にあり! 陸奥屋の屍を山と築いても、必ずマヨウンジャーを敵砦まで送り込むのだ! よいな!」
「ラッセーラーーッ!」
苦笑いが届いた。
シャルローネの通信である。
「………敵わないなぁ、男の子たちには」
すこしだけ男の子たちに憧れるような、すこしだけ男の子たちの結束を羨むような、そんな声色であった。
「爆弾は持ちましたか、マミヤさん」
ジャック先生に肩を叩かれる。
「大将の真似なんかしたら、ダメだぞ」
忍者に励まされる。
「マミヤさんならできます。私は信じてますよ!」
ユキさんだ。
「俺たちが………」
「必ずマヨウンジャーを守り抜いてみせる」
シャドウにドワーフの巨漢だ。
カラフルワンダーの魔法が降り注ぐ。敵も私たちをねらってきた。撃ち合いである。
「一歩も退けなくなったわね、マミヤ」
コリンだ。
「やり遂げるわよ、絶対に!」
陸奥屋の犠牲を払い、西軍の期待を背負い、最後の突撃である。
「陸奥屋、突撃ーーっ!」
「このジャックに続けーーっ! 突撃だーーっ!」
ドンッという音がした。腹の底に響く音というやつだ。しかし私は爆弾を使っていない。マヨウンジャーの誰も、使ってはいない。もちろん西軍の誰一人として、敵砦に入っていないし爆弾を使っていない。
しかしこの音は、間違いなく爆弾の音だ。
「あ~~盛り上がっているところ、大変に申し上げにくいことなんですが………」
全体通信だ。西軍総大将の声である。ひどく恐縮した声色だった。
「西軍砦が、爆弾で攻撃されてしまいました」
は?
ナニヲイッテルンデスカ、アナタ?
おっしゃる言葉の意味が、よくわからないのですが。
「いやぁ、西軍総攻撃は素晴らしいんですけど、防御も大事にしないとね? 伏兵に突入されちゃうんですよねぇ」
ドンッ! ドンドンッ!
腹にしみわたるように、轟く地響き。そして丘の向こうで立ち上る黒煙。
「うんうん、今年の厳冬期イベントは、劇的な逆転敗北でしたねぇ。それではみなさん、また来年♪」
ひときわ大きな爆音と、巨大な煙。
そして無情に響く、終戦の銅鑼。
それはセットをひとつ取られたというものだが、同時にイベント閉幕を知らせるものでもあった。
東軍西軍の通話がオープンになる。
「東軍のみなさーーん、やりましたーーっ! 出雲鏡花さんの策略により、私、チームまほろば兼茶房『葵』店主、さん………」
少女らしい明るい声であったが、そこで通話は途絶えた。事件に巻き込まれる要素は無い。ならば通話中の事故ということになる。茶房『葵』店主を名乗っていたが、なんとも間の悪い娘であった。
………いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。茶房店主のことは、どうでもいい。この決着をどうしたものか。思わず奴に目をむけてしまう。
鬼将軍だ。
西軍は陸奥屋、マヨウンジャーを問わず、すがるような目をむけている。
奴はマントを翻した。
そして高らかに笑う。
「ハーーッハッハッハッ! 東軍諸君、これは我々西軍の大勝利だっ!」
いや、総裁。あんたナニ言ってんの?
「この大逆転敗北! このような負けっぷり、諸君らにできようものか!」
いや、常識人や通常人には無理でしょうな。
「これを達成せしは、この鬼将軍! 陸奥屋一党の総裁だっ! ハッーーハッハッハッ!」
自慢するとこそこかよ?
しかも一人で達成したかのように自慢してるし!
羨ましかねーよ!
様々なツッコミが可能である。ばかの見本と取ることもできよう。
しかしマントを翻す堂々とした立ち姿は、男の目には眩しすぎた。
格好いい。
そして真似ができない。
今ここで、このような大見得を切るなど誰にもできはしないのだから。
「いま一度言おう! 私の名は鬼将軍! 陸奥屋一党の総裁だーーっ!」
悪魔の高笑い。群衆の喝采。
イベントの幕が下がりはじめたのだろう。世界がセピア色に褪せてゆく。
と、そこへ『まほろば』のマスター、天宮緋影が歩み寄る。
「おぉ、ひ~ちゃん。どうかしたのかね?」
おっさん、よそのマスターをひ~ちゃん呼ばわり止めい。
「差し出がましいようですが、鬼将軍」
「なにかね?」
「そろそろ服を着た方がよろしいですよ?」
イベントソングが静かに流れる。私たちは動きを止めていた。スタッフロールが流れ、今回のイベントを開催に漕ぎ着けた製作者たちが紹介された。
あの時の、この時の、戦場におけるイベント参加者たちの勇姿が、ストップモーションで映し出される。その上を流れるのは、私たち参加者、一人一人の名前であった。
そして最後に東軍の勝利が宣言され、私たち全員にねぎらいの言葉がかけられた。
お疲れさまでした、と。