私、シャルローネの勇姿を見る
祈りを捧げる乙女の横顔というのは、なんと美しいものだろうか。何が乙女の祈りを、聖の高みまで昇らせるのであろうかと考えさせられてしまう。
乙女というのは非力な存在である。故に祈りを捧げることしかできない。だからその祈りは純粋で、気高く清らかなのだ。その一途な思いが、乙女の祈りを高みへと導くのだろう。
シャルローネは祈る。彼女に力を貸す、氷の精霊たちに。
シャルローネは祈る。我らに仇なす者たちに、氷結の鉄槌が下されんことを。
「我、氷の精霊に願い奉る。我らに仇なす愚者どもに、我らに刃をむける獣に、我らを仇敵と罵る牛頭馬頭に、生涯忘れ得ぬ心の傷を与えたまえ」
乙女の横顔とは裏腹に、唱える呪文は物騒だ。
「精霊の名と力のもとに、氷結の魔女シャルローネが裁きの鉄槌を下さん! 魔道奥義『閉ざされた世界』、発動っ!」
幾何学的な装飾の杖から、輝く粉があふれ出した。そしてその尖端には、大型トラックのタイヤほどもある巨大な魔法弾………それもギュウギュウに圧縮されたものが、太陽のような輝きを放っている。
投擲。
敵がたむろする砦めがけて、魔法弾が飛んでゆく。
………何も起こらないか? それとも恐るべき力というものは、発動に時間がかかるのか? いや、違う。魔法弾はすでに着弾し、その効果を発揮しはじめている。
着弾地点が白く輝き、その白さはみるみる広がってゆく。
凍らせているのだ。ありとあらゆる物を。魔法による凍結はとどまることを知らず、砦や守備兵、前衛にいたるまで、すべてにダメージを与えていた。
その範囲、視界ぜんぶ。
目の届くところ余すことなく、彼女の氷の牙が獲物としていた。
「ちくしょーーっ、なんだこれはっ!」
「凍るっ! 凍ってゆくっ!」
「助けてくれっ! 俺のライフは、もうゼロだーーっ!」
悲鳴が聞こえてくる。恐怖が色濃くにじんだ声色だ。
死の淵に立たされた者たちの、本気の叫びである。
「どうかしら、鬼将軍さん? 魔法の力ってすごいでしょ?」
「………こんなものかね、魔法の力というのは?」
「まさか! 私、シャルローネの魔法はお代わり自由。今夜は奮発しちゃうんだから!」
え、まだやるの?
東軍はすでに地獄絵図なんですけど?
「吹けよ風、呼べよ嵐。大気にただよう母なる水を冷まし、凍てつかせ、我が槍、我が刃とせんことを願う」
魔道奥義その二、ダイヤモンドダスト。彼女はそう唱えた。
青空がにわかにかき曇り、太陽光線が遮られる。暗雲立ちこめるとは、まさにこのことだ。悪い予感しかしないのだが、彼女の魔法は美しい光景を生み出した。
「わあ………」
ホロホロが声をあげた。
「綺麗ね………」
コリンも、思わずもらす。
真っ黒な雲の中から輝く粒が、天からの贈り物のように降り注いだのだ。
「マスター、これって………」
幻想的な景色に目を奪われながらも、アキラが私の袖を引く。
「あぁ、ダイヤモンドダスト現象だ」
あまりの寒気のために空気中の水分が凍結し、空中にただようダイヤモンドダスト現象。私もテレビのニュース映像でしか、見たことがない。
「まさか、実物を見ることになるとはな………」
私たちは空から舞い降りる氷の粒に、心奪われていた。
しかし。
「ぎゃーーっ!」
「なんだ、この氷の刃はーーっ!」
「俺は死なないぞっ! まだこんな所で………あーーっ!」
「メーディック! メーーディックっ!」
地上では阿鼻叫喚の光景が繰り広げられているようだった。そう、丘の上からその存在を確認できるということは、シャルローネの放ったダイヤモンドダスト。確実に握り拳くらいの大きさがある、ということになる。
「助けてください! せめてこの子の、この子の命だけは………ギャーーッ!」
「お母さーーんっ! お母さーーんっ!」
「おのれ、血みどろ尻バットめ………ぐえぇぇっ!」
最後の叫びをあげた者には、雲間から光が差し込んだ。そしてその一ヶ所目掛けて、より多くの氷が降り注いだのである。………明らかな、オーバーキルであった。
乙女という名の鬼女、聖を自称する娘を罵った罰である。仕方のないことであった。
「見て見て、ベルキラ! あれがサンピラーだよ!」
「本当に綺麗だな、ホロホロ」
睦まじく肩を寄せあう二人だが、地表の光景は目に映らないらしい。光輝くダイヤモンドダストが、血に濡れて薄紅色の花を咲かせているのだが………。唐突に、『恋は盲目』というフレーズが、頭をよぎってしまった。
しかしこれだけ強力な魔法を使って、シャルローネは大丈夫なのだろうか?
振り返ると、氷結の魔女は地に伏していた。慌てて駆け寄る。まさか彼女は、自分の体力を削って魔法を撃ったのでは?
膝を着き抱き上げる。
「シャルローネさん、大丈夫かっ! しっかりしろ!」
私の呼び掛けに、シャルローネは薄目を開ける。
「………パトラッシュ、僕もう、疲れたん」
手を離した。
シャルローネは後頭部をゴチンと石にぶつける。
「いったーーっ! 酷いじゃないですかっ、マミヤさんっ!」
「本気で心配したんだぞっ、このバカ娘っ!」
「だからって手を離すことないじゃないっ!」
私たちが言い争っていると、カラフルワンダーの水流使いが丸椅子を据えた。
「すまない、マヨウンジャー筆頭。ウチのリーダーは年若い小娘なのだ。………男子ならやはり、名作〇場よりもこちらの方が琴線に響くであろう」
文句タレタレのブーたれのまま、シャルローネは丸椅子に腰かける。
そして満足そうな笑みをたたえて、こう呟いた。
「………燃え尽きたぜ。………真っ白だ」
「何をやっとるか、君は」
丸椅子を蹴飛ばして、しりもちをつかせる。シャルローネは苦情を述べようとしていたが、奴の声がそれに勝った。
「陸奥屋っ、総攻撃用意っ! 目標っ、東軍砦っ!」
鬼将軍が、軍刀を振りかざしていたのだ。