私、間抜けになる
「マスター、気をつけてね」
ホロホロが私の袖を引いた。
「斬岩のふたつ名を持つダインさんのことですから………」
そうそう、ダインという名前だった。確かホロホロとフレンド登録しているはずだが。
「なにをたくらんでいるか、わからないよ?」
「え? だって君たち、フレンド登録してるんだろ?」
「だからわかるの。………斬岩ダイン、何故かマスターに興味津々って感じで。………以前訊かれたことがあるんだよね、たぬきの八畳敷について」
「だがここは、出し惜しみするべき場所ではない」
「そこが問題なんだよねぇ~~」
我らが秘策、我らが秘密兵器。たぬきとたぬきの八畳敷。むざむざとカラフルワンダーの前で公開するのは、もったいない。殊、八畳敷で敵をくるみ、たぬきの置き土産から火の玉で爆発させる必殺のコンボは、極力見せたくないというのが、ホロホロの心情である。
「だがホロホロ、たぬきは成長する。いま現在の必殺技が霞むくらい成長するならば、ここはやはり出し惜しみ無しで行こうじゃないか」
む~~という顔は晴れないが、それでもどうにかホロホロも納得してくれた。
「じゃあ、行ってくる」
「気をつけてね」
私は斬岩の指定したハウスの上によじ登った。
「準備はいいですか、マミヤさん?」
斬岩からの通信だ。
いつでもいい、と答える。
すると、岩が生えてきた。ハウスとハウスの間にだ。それこそ道をふさぐかのように。
別な場所にも生えた。ハウスの屋根を追い越す高さだ。
それをあと三回繰り返すと、不正者たちの生き残りが私の眼下に集まった。ハウスとハウスが囲む、ちょうど十字路の真ん中。しかも四方は、生えてきた岩に囲まれ、逃げることができない。
右往左往する不正者たち。私は八畳敷を広げる。
「いくぞ、たぬき!」
「合点です、御主人様っ!」
指環が答えた。
敵の中に飛び降りた私は、八畳敷を裏返し。不正者全員を包み込む。逃げ場を奪ったところで、絞り口からたぬきの置き土産。………うむ、毒ガスという名の屁を浴びても、敵はまだ元気なようだ。そこへ火の玉投入。密室同然の八畳敷内部で、大爆発が起こった。
………しぶといな。まだ生きている。ならば密室の中に。今度はファイヤーボールを放り込む。
それから少しの間、不正者たちは元気だったが………。
「あぁ~~っ!」
「やられた~~っ!」
「お兄ちゃんっ、亜美、とんじゃうっ!」
断末魔とともに、全員撤退していった。
目の前の悪は、すべて滅んだ。そのことを報告する。
「あーーっ! 全部岩で囲んだから、マミヤさんの活躍が見れなかったーーっ!」
斬岩の声だ。
なるほど、そういった目的があったんだね。わかるわかる、それは決して邪な目的ではないことも。そして君が軍師策士の類であることも。
そしてもうひとつ。
間抜けっぷりはウチのホロホロと、どっこいどっこいだということも。
決まった。これは私自身、クールに決まった。なんと格好いいのだろう、私。ハードボイルドだな、私。
しかし私は、ふっと気づいた。
「四方を岩に囲まれて、どうやって外に出よう?」
通信で笑い声が聞こえてくる。
「総裁、同志マミヤが味方の岩に囲まれて、出られません!」
「おいしい! おいしいぞ、同志マミヤ!」
「よしみんな、指差して笑ってやれ!」
なんの、私には魔法飛翔があるのだ。これを使えばこの程度の岩山、越えることなど造作もない!
重力の戒めを解き、フワリと宙に浮かぶ。そしてゆっくり岩山を越えようとした時、斬岩の魔法が切れた。岩山が消えたのである。
「ここで魔法の無駄遣いとは! やるな、同志マミヤ! さすがだ、同志マミヤ! 今夜は君のための夜だ!」
総裁は絶賛してくれるが、陸奥屋のみなさん。腹抱えて笑ってないで、戦闘しようや、戦闘。
「総裁、私たちの後方を中心に西軍が押し寄せて来ます!」
「ようやく登ってきたかね。では参謀」
「はい、魔法部隊に左右の残敵を攻撃させ、味方の意識をそちらに向けましょう」
「うむ、そうしてくれたまえ」
陸奥屋魔法部隊の範囲攻撃が撃ち込まれた。
西軍総大将から、全体通信が入る。
「みなさん、陸奥屋さんが活路を開いてくれました。まずは丘の上を完全に占拠しませんか?」
総裁の意図を汲んでくれたようだ。総大将が丘の上占拠を示唆してくれた。
振り向くと、丘の上には西軍勢力が次々と駆け上がってきて、野火のごとく拠点を広げていた。各ポイントで戦闘が発生する。そしてことごとく西軍が勝利していた。
その数に私は目を見張ってしまう。
まさしく合戦。
まさしく戦争である。
私が生まれるより遥か昔、日本と米国が、日本と中国が、あるいは日本列島のあちこちで、このような戦いが繰り広げられていたのだ。それを映画やマンガ、あるいは嘘に塗り固められた伝聞の作り話などではなく、架空世界で『体験』しているのである。
自軍の有利は人を酔わせる。はからずも常識的であるはずの私でさえ、合戦賛美の声を挙げそうになってしまう。
戦争は人を酔わせる。
それが有利の情報ならばなおさら。
勝利の知らせならば、殊更である。
だからこそ、そのことに気づいたならば、私。冷静になれ。酔いしれることなく、醒めるのだ。
「陸奥屋諸君!」
しかし悪魔が吼えた。
男子という男子を死の淵へと誘う、悪魔よりも凶悪な男が吼えたのだ。
「この合戦の肝は、今ここに有り! 突撃に備えよ! 命の捨て所は、今ここぞ!」
『ラッセラーーっ!』
一軍がまとまった。
まとまってしまったのだ!
この悪魔の声に乗せられるように、この悪魔に操られるようにして、老若男女を問わず決意を固めてしまったのだ!
嗚呼、戦争とは………。
ただ悪戯に人を酔わせ、死に追いやるものなのか。そして野辺に骸をさらし、誰一人として振り返られぬものなのか。
そして極めて愚かなことに、私自身が心を揺さぶられてしまったのだ。
この一戦に、必ず勝つ!
そのためには飛び込まなければならない!
飛び込んで敵を討つのだ! 例え私が、声無き骸となろうとも………。
恐ろしいことに、奴の声、奴の言葉には人を酔わせるだけの力があるのだ。
「コラーーっ! 突撃なんかしちゃ、ダメでしょーーっ!」
ハッと我に返る。
シャルローネの声だ。
「いま陸奥屋が突撃したって、返り討ちに逢うしかないでしょっ! なに考えてんのっ、鬼将軍さんっ!」
おぉ、そうだ。当たり前に考えれば、丘の上を占拠されて東軍が黙っているはずがない。敵も勝ちたいのだ。何か必勝の策をもって、待ち構えているに違いない。
「どうして陸奥屋っていうのは、馬鹿な男の子しか揃ってないんですかっ! いい加減にしないと、お姉さんも怒りますよーーっ!」
「おや、翁のところのシャルローネさん。私たちの意気込みに水を差すのかね?」
鬼将軍は涼しく答えた。
「当たり前ですっ! そんな無謀な作戦、許す訳にはいかないじゃないっ!」
「無謀な作戦か………。ということは、我々には何かが足りないのだね?」
「火力が足りてませんっ! 大体にして、陸奥屋は近接戦闘特化と言っていいような、腕力集団なんですから! 魔法の援護無しで突撃なんて、考えられません! どうして魔法の力を頼らないんですかっ!」
フッと小馬鹿にしたように、鬼将軍は薄く笑った。
「魔法など我らにかかれば、児戯にも等しいわ」
「それは貴方が魔法の深淵をのぞいていないからです!」
あ………。これはマズイ。
「魔法というのは、それほどまでに奥深いものなのかね?」
「魔法の奥深さを知らないのは、貴方が魔法の強豪と当たっていないからです! 魔法ってすごいんですよ!」
ダメだ、シャルローネさん。その男から離れろ! その男は、その男は………っ!
「口先ばかりでは信用できないな。どれ、ひとつあそこでたむろしている敵。あれを消し飛ばしてくれれば、少しは信用しても良いぞ?」
「なによなによ! いっつも上から目線で偉そうにっ! 今日という今日は、目にモノ見せてやるわよっ!」
シャルローネさん。その男は悪魔よりも言葉巧みに人の心を操り、人の心を惑わせる、悪魔主義者ならぬ魔王そのものなんだぞ!
「カラフルワンダー、総攻撃用意っ!」
「フッ………あの程度の小童相手に、仲間の力を借りるというのかね?」
「ムキーーッ! 本当に口の減らない男ねっ! あんなの私一人で片付けるに、決まってるじゃないっ!」
のったーーっ!
シャルローネさん、悪魔の口車に見事乗ったーーっ!
しかし、私は背後の気配に気づく。
ホロホロがいる。
ジャック先生がいる。
そして美人秘書、御剣かなめがいた。
「マスター、よく見ておいてね」
「滅多に見られない光景だぞ?」
「カラフルワンダー筆頭、氷結の魔女シャルローネの、本気の魔法ね」
ホロホロだけならいざ知らず、ジャック先生に御剣かなめ。いずれも固唾を飲んで見守っている。
一体これから、何が始まるというのか………。