私、叡智に出会う
「クナイ?」
「なるほど………」
「これに毒塗られて、アンタは酷い目に逢ったのね?」
「格好いいですねぇ」
上から順番に、アキラ、ベルキラ、コリン、モモの、クナイに対する感想だ。
もちろん見た目だけの感想で、結ばれたリボンの尻尾については、まだ説明をしていない。
ということで。
「まずこのクナイ、軽い方と重たい方の二種類あるんだ。重たい方は毒を塗って、状態異常と物理の二重ダメージを与える」
「じゃあ軽い方は?」
コリンが訊いてきた。
「軽い方はこのように柄を抜くと空洞になっているから、唐辛子を仕込んで目潰しに使うのさ」
「だとしたら、胸から上をねらった方がいいですね」
「中味の飛び散る範囲にもよるけど、盾に刺さっただけでも破裂するらしいから、辺り一面マスタードまみれにすることも、できるかもしれないね」
「一時的にかもしれないけど、敵が近づけない場所を作ることができそうだね」
ここでホロホロが、会話に参加してきた。
「ところでマスター、この可愛らしいリボンは何? ………もしかしてマスターの、趣味?」
んな訳あるかい。
「いい質問だね、ホロホロ君。それに関しては、説明しなければなるまい」
いつもホロホロがつけている、つけヒゲの教授ヒゲ。今日は私が使わせてもらおう。
「まずはあちらで得意満面、別な言い方をするとドヤ顔をしたたぬきを見ていただきたい」
拠点「下宿館」の道場。壁際で大きな顔をしたたぬき。そして反対側の壁には、藁人形のマッコイが立っている。
「クナイは今日買ってきたばかり。つまりたぬきは手裏剣の素人。そんなぶんぶくたぬきであっても………」
指をパチンと鳴らす。
たぬきは三本のクナイを打つ。それがことごとく、マッコイに刺さった。
お~~、という感嘆の声。たぬきはますます大きな顔をした。
「手裏剣屋店主の話では、このリボンの尻尾が抵抗になって、切っ先が確実に的に向くらしい。つまり素人が投げても、敵に刺さるための工夫なのさ」
「あ、ボク知ってます! マンガで中国武術家が死刑囚に手裏剣を打ち込んだときも、こんなリボンがついてました!」
なんのマンガかは知らないが、アキラ、君の趣味が手に取るようにわかるよ。というか、アキラもまったくブレない性格である。
「と、まあそんな訳で、魔法攻撃の射程が短いみんながこれを装備すれば、戦力アップにつながるかなと」
「しかしマスター、私とコリンは長得物だ。いちいちクナイに持ち替えるのは、どうだろう?」
「クナイはイベント用の武器と考えている。だから、きっと使い道があるはずだ。それとこれは棒手裏剣の例だけど、剣士は右手に隠すようにして、柄と一緒に握り込むらしい」
これも店主から教わった知識だ。
「あ!」
コリンが声をあげる。
「ちょっと見て、みんな!」
何事か?
コリンは槍を構えていた。右手にクナイを隠したままだ。
槍をシゴいて右手を滑らせながら、左手に近づける。突いた体勢だ。
そこからさらに突き込んで、右手は左手のそばに。ここで一度左手を離して、切っ先側を握る先手に替えるのだが。
反対側の構えになる時、きわめて滑らかに滞りなく、構えることができた。そう、一度握りを解いた左手は、右手を撫でるようにして構えたからだ。
もちろん、元の構えに戻るときも、ごく自然な流れである。
「………生きているわ………ジャック先生の教え」
意味もわからず繰り返された、基本的な突き。そこから体を入れ替える、構えの基本的な動き。それらのひとつひとつが、すべて意味のあるものとなって花開き、ここに実を結んだのだ。
「もしかすると、私のステッキ術も?」
「きっとそうよ、マミヤ。貴方のステッキには突きだけじゃなく、打つことも払うことも、薙ぐことだってある。アタシの槍よりも多彩だわ」
「だが突くことに関しては、コリンの右に出る者はいない。最高級な一手さ」
だがそれだけではない。ベルキラの長斧にも、モモのモーニングスターにも、アキラのボクシング技術にもホロホロの弓術にも、最高級な一手が仕込まれているのだろう。
要は技を授けられた私たち自身が、そのことに気づくかどうか? なのである。
古流にはすべてが入っている。
ジャック先生の言葉だ。聞いたその時には、信じることができなかった。そんなことがある訳ないと、否定的な考えだった。
古流とは、生き残るための知恵の結晶。よりよく生きるための、叡智の極み。
考えてもみれば、その通りだ。剣や刀で殺し会う世の中で、必ず生き残るための技なのだから。平時においては、よりよく生きるための教えなのだから。
熱心に、一途に稽古する者にしか、それがわからないように隠されているのは何故か?
悪用されるからだ。
そしてそれは、速効性があるからに違いない。
「とりあえず、コリンはクナイを気に入ってくれたみたいだけど、みんなはどうかな?」
私が唇を震わせながら問いかけると、まずはアキラが手を延ばした。すぐにベルキラが、そしてモモ。
店主がオマケしてくれた革ケースを腰に巻き、そこにクナイを差し込んだ。
「うん、腰にしっくり来る」
「頼もしい武器ですよね、モモさん」
「でも一番サマになってるのはぁ、コリンちゃんですよねぇ♪」
「あ、当たり前じゃない! 美少女はすべてをモノにするのよ! マミヤなんか関係ないんだから!」
何をホザいてるんだ、お前は?
まあ良い、クナイという武器はおおむね好評なようだ。
迷走戦隊マヨウンジャー。装いも新たに、最終日である。
「御主人様、私の意見は採用されないんですか?」
「だってたぬき、お前ろくなこと言わないだろ?」
ギャフン。