私、期待される
私たちは控え室に帰って来た。カラフルワンダーは、もういない。別の控え室に送られたのだろう。
私たちはそこから、陸奥屋本店へ移動。総裁より、「最終日も元気でイベントに参加してもらいたい」という御言葉をいただき、解散する。
拠点「下宿館」に帰ると、私は沈み込むようにしてソファに腰をおろした。
………疲れた。
今日のファイトは、その一言に尽きる。
開幕早々の撤退。
そのための囮。
被弾からの窮地。さらに救出。
そして何よりも、魔法の猛威だ。
食い破られた前線を建て直し、さらには押し返すという、魔法の猛威。目標としていたカラフルワンダーが、それを苦もなくやってのけたのだ。
肩を落とす。
あれにどうやって勝とうというのか? いや、あんなのがわんさかといる、今回のイベント。これを生き延びることの方が先決だ。
意地を張って、「このイベントで成長するべきだ」とは意気込んでみたものの、道はあまりに遠く険しい。
「どうしたんですか、マスター?」
顔をあげると、アキラがのぞき込んでいた。体操服と赤ブルマから、いつもの服装に戻っている。
「いや、なんでもない。少し疲れただけさ」
嘘を言った。
こんな子供に、私の憂いを吐露する訳にはいかない。
「そうですか? ボクはまた、カラフルワンダーの魔法を見てびっくりしてたんだと思いましたよ」
鋭いじゃない、君ぃ………。
「あぁ、あれは凄かったな。私も正直、驚いたよ」
話に入ってきたのは、ベルキラである。
「ファイヤー・ボールがドッカンドッカンってね、ベルキラさん!」
「私は津波のあとの雷かな? あれは効いたと思うぞ」
「私はぁ、地面からタケノコみたいに、ニョキニョキって生えてくる岩? あの岩が好きですねぇ」
モモが話に加わりコリンが参加して、いつの間にかみんなで、魔法スゴイを連呼していた。
そして………。
「マスターもいつか、あんな風になるんですよね!」
という結論に達する。
って、待ちなさい君たち。ちょっと落ち着きたまえ。何故にそのような飛躍した結論に到るのかな?
「だってアンタ、魔族じゃない」
待てコリン、だからと言ってだね………。
「さらには、職種が魔法使いだな」
確かに魔族の魔法使いは、魔法の基本値は高いよ、ベルキラ………。
「オマケに陸奥屋の稽古をぉ、欠かさずこなしてますぅ♪」
モモ、何故に君は私を追い詰めるのかな?
「マスター?」
最後はアキラだ。
シャルローネ張りの上目使いで、私に訴えかけてくる。
「努力は人を裏切りませんよ?」
「そうだねぇ、マスター………」
しまった! ホロホロが残っていたか!
「………危機を迎えるマヨウンジャー。傷つき非力を嘆き、試合場に崩れ落ちる私たち」
うん、ホロホロ。その頃には私もきっと、撤退してるから。
「そこに掲げられた、希望の灯火っ!」
いやいやホロホロ、そこで鼻息フンス! は、いかがなものだろうか?
「あれを見て、モモちゃん!」
「あぁ、ここで現れますか!」
ホロホロ、モモを巻き込むな。
「どうかな、ベルキラ!」
「暖かい………希望の灯火が、こんなにも暖かいとは………」
ベルキラ、君にはもう何も言わないよ。
「アキラ、立ち上がろう!」
「力が湧いてきましたよ、ホロホロさん! 今なら男子ミドル級でも倒せそうです!」
いやアキラ、君はゲーム世界でヘヴィ・ウェイトすら殴り倒しているだろ?
「さあ、私たちの誇り。マスターを送り出しましょう」
ホロホロはキュッと、乙女の手を握りしめる。
乙女はうなずいた。
そして私に輝く瞳をむける。
「いってらっしゃいませ、御主人様」
「たぬき、いい加減にしろ」
とりあえずたぬきにアッパーカット。白いキャンバスに沈めたところで、辺りを見回す。
やはり、コリンが縛り上げられていた。目を回している。微かに香る衣服から、たぬきの置き土産を食らったのがわかった。
「ま、落ち着こうじゃないか、みんな」
私はソファでくつろぎの姿勢をとった。
「君たちの期待を一身に背負っている、我が身の重さは理解した。しかし私としては、あまりにも事を性急に求めすぎていると思うんだけどね」
「でもマスター、ボクは格好いいマスターも見たいんだけどなぁ」
「気持ちは嬉しいけどね、アキラ。そうは言っても今日明日どうにかなる、という話ではないだろ?」
「それは、まあ………」
「今日はエキサイティングな魔法を見て、私たちも少し興奮してるのさ。今まで通りの地道な努力。これを重ねて、明日へと繋げようじゃないか」
明日はイベント最終日。現在のところ、東西両軍ともに五分。つまり、いよいよ決戦ということだ。
「ところでホロホロ、試合時間を残して砦が落ちた場合、どうなるんだ?」
肝心なことを忘れていた。
ホロホロは「そのまま第二戦がはじまるよ」と、資料も見ずに答える。
「というか御主人様、バトルに気を取られすぎで、細かいことは頭に無いんですね」
たぬき、お前はさがっていろ。
「明日は開幕と同時に魔法攻撃。それから丘の上占拠だったわよね?」
「あぁ、そうだなコリン」
「退くことも大切だけど、やっぱり攻め込むとか占拠するってのは、楽しいわね」
槍をひとつしごいてみせる。
「あんまり興奮しすぎるなよ?」
「もちろんよ! だけど嫌がらせ攻撃してくる敵がいたら………フフフっ」
わかる。
決戦という言葉に胸おどらせているのは、なにもコリンだけではない。私も同じなのだ。
「まあ、今日のところはお開きにしよう。明日は万全なコンディションで臨まないとな」
とはいえ、今夜は眠れるかどうか。私も少し興奮している。