私、危機を迎える
「さあ、マスター。お祭りはこれからだよ!」
「いい言葉だな、再突入の時に使わせてもらうよ」
ということで。ハウスの窓と敵側のドアから、迎撃を始める。
「いけっ! 風の矢居刃っ!」
「火の玉改、射出っ!」
私たちの攻撃が、丘に揚がってきた敵兵に命中する。同時に陸奥屋メンバーが、ハウスからの脱出を開始した。
「ここで逃げ出したなら、私たちも楽なんだけどな」
ステッキを回しながら入力動作。ホロホロはすでに、二の矢を放っていた。
「無理無理、マスターはそんな真似できないよ」
私も火の玉改を撃つ。
「だってマスターは総大将に、陸奥屋マヨウンジャーなんて呼ばれて、否定しなかったんだもん」
「そう言われれば、そんな呼ばれ方もしたな」
「なんで否定しなかったの?」
「きっと私も陸奥屋の一員というのが、気に入っているんだろうな」
敵は魔法が得意ではないのか、私たちに撃たれっぱなしだ。
「陸奥屋の一員ってことは、マスターにはお利口さんの真似はできないってことだよ?」
「ホロホロはどうなんだ?」
「お利口さんなら………」
さらに矢を放つ。
「………囮なんかしないで、さっさとハウスから逃げてるよね♪」
そうだ。私たちは囮なのだ。
だから敵の前進を少しでも阻んで、本隊の転進を少しでも楽にしなければならないのだ。
「それにしても、このハウス。範囲魔法の連発を食らっても、びくともしないな」
「そういう仕様なんでしょ? 探索では火の玉が燃え移ったりするけど、イベントでは絶対的な遮蔽物として、燃えない崩れないになってるみたいだね」
ということは?
「この中にいる時、範囲魔法を放り込まれたら、一巻の終わりってこと」
「なるほど、八畳敷に置き土産。火の玉で着火のコンボと同じか」
「あ?」
ホロホロが、ものすごい目で睨んできた。やはり、八畳敷にくるまれて屁をかけられて、最後に爆発させられた記憶は、いまだに屈辱のようだ。
「とりあえず、敵の中に魔法使いが現れたら、即座に攻撃しよう」
「そうだね、間に合えばいいけど」
と言っていたら、あやしい魔法が飛んできた。
「まずい、逃げるぞ!」
私はドアから、ホロホロは窓から、味方側に飛び出した。そのまま地面に伏せる。
敵の魔法は、見事ハウスの内側に着弾したようだ。窓からドアから、大量の水弾があふれ出る。さらには雷魔法だろう。明らかなオーバースペックで、こちらも窓やドアから雷光がはみ出していた。
「すごいすごい♪ 敵はムキになってるよ♪」
「ならば、もっともっと挑発してやらないとな」
火の玉改を二連発。ホロホロも矢を射かける。
私たちの囮は、なかなか順調にいっていた。そろそろ我々も退避するべきか、と思っていた時だ。
「ぬっ!」
移動中、脚が効かなくなった。その場に転倒する。
「マスター!」
ホロホロの声は危機を知らせる声色だ。慌てて転がり、ハウスの陰に隠れる。
右脚にバイブレーションが走っている。目で見て確認した。棒手裏剣のようなものが刺さっている。しかも、毒が込められているようだ。赤く点滅している。
「マスター、大丈夫?」
「ん~~………言いたくはないが、これはもうダメらしい」
「弱気なこと言わないの!」
「手裏剣で脚をやられた。しかも毒が塗ってあるらしい」
ホロホロに右脚を見せる。膝から下が赤く点滅を始めた。さすがにホロホロも、ギョッとしたように目を剥いた。
「………毒って、どうにかならないの、マスター!」
「モモかフィー先生がいれば、どうにかなったかもしれないな」
ホロホロの目を見ながら、できるだけ静かに。
「ホロホロ、みんなと合流するんだ。囮作戦は終了だ」
「でも、マスター」
「行くんだ、私のことはかまうな」
ホロホロはグズった。
私でも躊躇するだろう。
たかだかゲーム。確かにその通りだ。ゲームなのだから私のことなど見捨てて、さっさと逃げるのが正しい。
しかしこの辺りがVRMMOという奴の面倒くさいところ。
目の前に仲間がいる。毎日一緒に行動している。泣いて笑って怒って。疑似空間とはいえ、目の前にいる仲間なのだ。
その仲間が負傷している。動けないでいるのだ。それを見捨てることなど、そうそう出来るものではない。
私だってきっと、ホロホロのようにグズグズとしてしまうだろう。
だから私は、少しだけ汚い手を使う。
「………ベルキラが待ってるぞ」
「う」
かなり効果的だったようだ。ならばもうひと押し。
「コリンに、アキラに、モモに。みんなに伝えて欲しいんだ、奴は勇敢に戦ったと。総裁やジャック先生にそれを伝えられるのは、ホロホロ………君しかいないんだ!」
「………わかった」
「復帰したら追いかけていくからな、それまで撤退なんかするんじゃないぞ」
後ろ姿に声をかける。
ホロホロは振り向きもせず、手を振って応えてくれた。
「………………………………」
さて、私だ。
懐をまさぐると、以前ギャングごっこをした時の小道具、紙巻き煙草とマッチが出てきた。現実の私は煙草など吸わない。だから、疑似空間だから、一本くわえて火を着ける。もちろん、格好つけのためだ。
疑似空間の煙草は、煙たくもなければムセもしない。だが、これから一戦やらかしてやるぞ、とい気にはさせてくれた。
立ち上がれないまま、ステッキをかまえる。呪文の詠唱開始。火の玉を凝縮してゆく。
が。
右肩を撃たれた。
ステッキを落としてしまう。
先ほどの魔法使いだ。
戦士たちも、私を発見したようだ。得物を振りかざし、襲いかかってくる。
あぁ、これでもう、撤退か。
ここまでよくやって来れたものだ。あまり目立たない人生を送ってきた私にしては、かなり上出来な戦果じゃないか。
不思議と、満足をしていた。
と、思ったら。
目の前の敵がバタバタと倒れた。
何が起こった? どういうことだ?
キツネにつままれたような気分であった。