私、足止めをする
二日目、開・幕っっ!
「陸奥屋、総員転進っ! この場は友軍にまかせ、力士隊と合流する!」
前進してくる敵軍に、範囲魔法を一発ブチかましたところで、鬼将軍は指示を出した。
そして周囲の味方に一言挨拶。
「この場はおまかせする、御免!」
「おう、まかせておけ!」
「そのレベルで今まで、よく最前線を守ったな!」
「早く帰って来いよ! 俺たちゃ今にも突撃したくて、ウズウズしてんだからな!」
友軍諸兄は嬉しそうに見送ってくれた。
鬼将軍は殿。そもそも中隊長というものは、突撃は先頭で後退は殿と決まっている。しかし鬼将軍と名乗っておきながら、中隊長に例えるのはいかがなものか? 我ながらおかしな発想をしたと、苦笑する。
そして友軍たちは………。
「総裁、敵の範囲魔法が飛来します!」
「なにっ! 総員駆け足っ! ハウスに逃げ込むのだ!」
総裁鬼将軍の声は、私のすぐ背後。その手を掴んで、ともにハウスへと逃げ込んだ。頭を低くする。その頭上、いや全身を包み込むように、殺意を秘めた破壊音が響き渡る。
「何人生きているか!」
鬼将軍は頭を上げた。
私もハウスの中を見回す。
マヨウンジャーは全員生存。その他には、美人秘書の御剣かなめしかいない。
「総裁、他のハウスに避難しているかもしれません」
声をかけると、鬼将軍はウムと応えた。
「よ、大将。生き延びたな?」
忍者が現れた。ずいぶんと気楽な態度だ。
「忍者君、私たちの他に生存者は?」
「大半がやられた。魔法部隊、二乃組三乃組が全滅。一乃組はシャドウにフィー先生、デカブツがやられた。本隊は参謀にジイさん、メイドちゃんと秘書さん二号が撤退。陸奥屋は、部隊としての機能を果たせない状態だ」
被害甚大である。
「ジャック先生たちは?」
「先生とユキっぺは、あそこの………」
味方側のハウスを指差す。
「ハウスに避難した。フルヘルスだ」
「友軍はどうかね?」
「撤退七割、生き残り三割ってとこかな? まあ、味方の高レベルプレイヤーたちが丘の上を目指している。簡単には落とされないさ」
そこだけは、安心できた。
「しかし敵軍の高レベルプレイヤーも、丘の上を目指している。とっととズラかった方がいいのは確かだ」
さすがに鬼将軍もうなずいた。
「では忍者君、ジャック先生に後退の意思を伝えてくれるかね?」
「お安い御用だ」
忍者は消えた。
「総裁、ジャック先生たちからメールが入りました」
「読みたまえ」
「火の玉改と弓矢による牽制を合図に、ハウスを脱出する。とのことです」
「マミヤさん、ホロホロさん。頼めますか?」
「わかりました。いいね、ホロホロ?」
「もちろん!」
「本当に気をつけて、ホロホロ」
ベルキラが心配そうに、小柄なホロホロをのぞき込んだ。
たかだかゲーム、復活もあるだろうに、などと思うなかれ。確かに一度撤退したところで、復活はある。しかし普段の闘技場とは違い、合戦場は広すぎる。一度離ればなれになると、簡単には再開できない。復活したところで、どちらか片方がいる場所は遠い可能性があるのだ。そして二人の距離があればあるほど、二人が出会うまでに片方が撤退してしまう可能性もあるのだ。
そしてこの二人には、離ればなれのファイト、離ればなれのプレイなど、考えられないと私は思う。
「マスター?」
「マスター………」
「………マミヤ」
順番に、モモ、アキラ、コリンだ。
「どうした、みんな?」
「マスター、敵に火の玉を撃つってことは、最後までハウスに残るってことですよね?」
アキラである。その通りだ。
私はうなずく。
「あの………マスター………」
「ん?」
「気をつけてくださいね」
「約束しよう」
「ではマスター?」
次はモモだ。
「どうした、モモ?」
「特に伝言はありません♪」
「ならば何故ここに来た?」
なんでやねんの思いに駆られていると、モモはチョイチョイとベルキラたちを指差す。
二人は別れの抱擁を果していた。
「………すみません、別れ際にこんなこと」
「謝らなくていいよ、ベルキラ。私は嬉しいから」
「………もう一度、名前を呼んでくださいますか?」
「ベルキラが私の名前を呼んでくれたらね♪」
まさに熱愛。
ほとばしる情熱の嵐である。
モモは言った。
「あそこにぃ、入り込むことができますかぁ?」
「すまん、二人に配慮してくれたんだな。礼をいう」
どういたしまして、と言ってモモはさがった。そのかわりに、コリンの背中を押している。
「………………………………!」
モジモジ。コリンは真っ白なスカートを掴んで握って。真っ白なブーツが見えるくらいに、たくしあげたり。
「………マミヤ」
「どうした、コリン」
「………撤退なんか、するんじゃないわよ」
難しいことを言う。
「アンタのいないゲームなんて、面白くもなんともないんだから」
勝負の行方など、誰にも予想なんてできない。まして、個人の撤退など………。
「約束しなさい、このアタシと! 最後まで前線を守っても、絶対撤退なんかしないって! いつもアタシと一緒だって!」
私の胸ぐらを掴んで揺さぶる。だが非力な腕では、私のことを揺さぶりきれない。
「なによ、マミヤのくせに。アタシが頑張ったって、ちっとも揺るがないじゃない!」
当たり前だ。
私は男で、コリンは非力な少女なのだ。
「………帰るわよ、マミヤ」
「ん?」
「生きて帰って力士隊に、絶対言ってやるんだから! さあ、もうひと押しよ! って!」
勇ましい言葉の割りには、鼻がグズグズ言っている。
「だからアンタも、撤退なんかするんじゃないわよ!」
「心得た」
ならば………。
「総裁、撤退の準備を」
「無理はするな」
「無理をしてこその、陸奥屋です」
お互いに目礼を交わして、私は魔法射撃の準備にかかった。ホロホロも矢をつがえる。
丘の上に、敵が揚がってきた。