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私、転進を知る


 そして二日目。

 まずは拠点『下宿館』で、全員の集合を確認する。

 が。

 アキラはすでに聖衣の体操服に赤ブルマという、戦意旺盛な姿。………だけではない。ステップを踏み頭を振って、小刻みなパンチを出している。シャドウボクシングというものだが、その運動量が半端ではない。すでに額には玉の汗が浮かび、体操服の背中がしっとりとにじんでいた。

「マミヤ、マイク・タイソンって知ってる?」

 コリンだ。

「マイク………なんだって?」

「マイク・タイソン。なんでも有名なボクサーらしいんだけど、そのボクサーは試合前のウォーミングアップに、すごく力を入れてたんだって」

「………つまり、アキラもそれを?」

「そう、『アップを汗だくになるまでしておけば、ゴングと同時に最高速を出せるんだよ!』だってさ」

 ………コリン、今のはアキラのモノマネか?

「それだけじゃないのよ?」

「あ? うん、聞いてる聞いてる」

「『コリンも一緒にやらない?』だって。アタシ断ったわよ!」

「どうして?」

「アキラと一緒にアップしてたら、開幕前に心臓が壊れるわよ!」

 おっしゃる通り、ごもっともです。

「コリンはコリンのペースで、アップしていけばいいさ。それにしてもアキラ、なんでそこまで念入りなんだ?」

「そのことに関しては、私が説明するね」

 久しぶりに教授型の付けヒゲで、物知りなホロホロ博士登場。

「初日の終盤、私たちは丘の上でイベントを終えたよね? 今回のインは丘の上から始まるの」

 それは以前、ジャックから聞いた。どうやら運営サイドの、『三日間を一連の流れとした演出』らしいのだが、長丁場が過ぎるのではないかと思う。

 しかし私がどれだけ疑問を感じても、参加者が去年よりも増えているのが実績となっている。

 ま、そこはそれ。

「で、現在丘の上のハウス群は最前線。一番の激戦区であり、文字通りの山場ってやつなのね」

 そんな場所で私たちのような低レベルプレイヤーが、撤退なしで初日を終えたのだ。他のプレイヤーたちから称賛されるのも、当然かもしれない。

 ………いや、捨て身同然な鬼将軍のネタが評価されただけかもしれないが。というか、本人はいたって真剣だったはず。

「つまり本日のファイトは、開幕即強豪との一戦と、アキラは踏んでいる訳ね。アップにも力が入る訳だよ」

 ………………………………。

「コリン」

「そうね、アタシたちもアップしましょう」

 そうだ。開幕即撤退など、恥ずかしいにもほどがある。

 ちなみにホロホロもそっと汗ばんでいたし、他のメンバーもウォーミングアップに余念がなかった。

 そして定刻。

 私たち………つまり陸奥屋一党は本店に集い、総裁の訓辞を受ける。

 もちろんその言葉は、私たちの闘志を奮い立たせるものだった。

 戦う者、立ち上がる者は、みな勝つ!

 当たり前のことを言うならば、そのような真理は無い。それが真理だというのなら、敗者はこの世から消滅してしまうからだ。

 だが鬼将軍の言葉には、力がある。疑問の余地など存在していない。なぜならそれは理屈ではなく、感覚で訴えかけてくるからだ。性質(たち)が悪い。この男には理屈が通用しないのだ。そのクセ自分を信じていて、不可能は可能に変わるまで挑み続ける。それも理論立てた戦い方ではなく、強引とも言える力技なのだ。

 だから強い。

 鬼将軍という男は、理屈抜きで強いのだ。そして奴が率いる陸奥屋は、強豪相手に初日を生き延びたのだ。

 出陣。

 私たちは隊列をくんでドグラの国を歩き、闘技場を目指した。

 いや、よく見れば私たちだけではない。三人で歩く者たちがいれば、一〇人を越える集団で歩く者たちもいる。仲良く語らっていたり、磨き抜いた得物を誇示したりと、その有りようは様々だが、みな同じように闘技場を目指している。

 集え(つわもの)ども。

 闘技場は合戦二日目なり。

 初日同様受付を済ませ、私たちは控え室に入る。作戦の事前説明である。

「状況はよろしくありません」

 参謀は、いきなり核心を突いた。

「現在陸奥屋は丘の上に陣を張り、今まさに敵陣へ斬り込もうという体勢ではありますが、眼前に迫る敵はいずれも高レベル。とても太刀打ちできません」

 鬼将軍が手を挙げた。

 意義あり、という顔だ。

「参謀、戦さの前からその言葉。男子としてはいささか、情けなくはないかね?」

「その情けないことを全員の前で、平気な顔をしてホザくのが参謀です」

 参謀は真剣な顔だ。

「そもそも私たち陸奥屋のような、低いレベルのギルドが最前線で、初日を生き延びたこと自体が奇跡なのですから」

 その程度の結果は、私としては当然のことなのだが。鬼将軍はそう言いたそうな顔である。いや、むしろ戦果としては足りない。我々はもっと活躍できたはずだ。とも言いたそうである。

「後退しましょう、総裁」

 決意の眼差しだ。

「無垢なる兵をいたずらに損失してはなりません! ここは後退して力士隊と合流。その上で高レベルギルドの後方から、突撃の機会を待ちましょう!」

 口角泡を飛ばす勢いで、参謀は訴える。

 鬼将軍は腕を組み、瞑目して黙り込んだ。

 もしも同じ提案を、私が受けたらどう答えるか?

 係長の私なら、そのような提案など飲まない。部下や同期、志を同じくする者たちと、運命を共にするだろう。

 だがしかし、マヨウンジャー主の立場なら?

 振り向いて、メンバーたちを見た。

 まだ子供だ。

 こんな子供たちに対して、組織のために死ねとは言えない。私はあくまで公務員であり、軍人ではないのだ。そんな命令など下せない。だがもしも、その命令を下さざるを得ない状況ならば………。

 ともに死のう、としか言えないだろう。そしてともに死のうと言っておきながら、真っ先に戦死してやりたい。君たちとの約束は反故だ。生きたければ生き延びよ。私との約束など忘れよ。と、祈りを胸に滅びてゆきたい。

 そんな情に流されがちな私だから、参謀からの訴えに賛同してしまう。

 しかし鬼将軍はどうだ?

 奴の性格からして、後退など言語道断。だがしかし、メンバーは守りたいだろう。男の矜持が邪魔をしなければ、の話なのだが。

 さあ、どう答える、鬼将軍?

 私は部下を持つ身として、奴の答えが楽しみだった。

「………男には、退くことのできない理由がある」

 そうだ。男というものは生まれながらにして、退くことのできない理由があるのだ。

「戦わねばならない理由がある」

 そうだ、理由がなければ理由を作ってでも戦う。それが男というものだ。

「だがしかし! 歯をくいしばって屈辱に耐え抜く! それこそが真の男である!」

 ならば総裁、どうしますかっ!

「陸奥屋、開幕と同時に後退! 力士隊と合流し、友軍の後塵を拝することとする!」

 とりあえず、死地を脱することができるようだ。子供たちを無駄死にさせなくて済む。その思いが、肩の荷をおろした気分にさせてくれた。

 そして誰あろう参謀が、一番ホッとした表情を浮かべている。

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