私、帰還する
東西戦初日、終了。
私たちはブリーフィングルーム、あるいは控え室と呼ばれる場所へと帰ってきた。
みんな、一様に無言である。一時間という長丁場、今まで対戦したことのない高レベルプレイヤーとの闘いのため、緊張感がいまだ冷めないでいたのだ。
「マミヤさん」
「?」
シャドウが話し掛けてきた。
「いい顔です」
「???」
「戦う人の顔だ。その緊張感を維持してください。いまの状態が武道でいう所の、残心というものです」
残心といわれて、斬新という漢字を当ててしまった私は、悪くないはずだ。なにしろ私はゲーム世界で稽古をつけてもらってはいるが、現実世界では武道も格闘技も心得が無い。いやそれどころか、スポーツすら経験が無い。観戦を趣味としたことも無い。まったく戦うことを知らない人間なのだ。
シャドウの解説によると残心とは、敵を倒したあとで油断しないことを言うそうだ。引いてはこの場合、一戦を終えて明日があり、明後日のある状態。ここで緊張感が途切れることなく、明日の開幕即戦の状態を維持することを言っていた。
「とは言え、リラックスも必要です。拠点に帰ったらマヨウンジャーのみんなと語らい、笑い、明日の英気を養ってください」
アキラの姿が目に入った。ユキさんと語り合っている。時に拳を振るう仕草を交えているので、いまの一戦の反省会をしているのだろう。
コリンは? 忍者に相手をしてもらっている。壁を指でなぞり、あれこれと頭をひねっていた。もしかすると、兵の運用について習っているのかもしれない。
モモはフィー先生に立ち位置の一手を授かっているようだし、ベルキラはドワーフたちと得物について教授されている。そしてホロホロはジャックたちと共に、参謀や秘書と打ち合わせをしていた。
今日の戦果、私たちマヨウンジャーにとっては、上出来すぎるものだった。なにしろ強敵を相手に、一人の撤退も出さず生き残りを果たし、部隊として陸奥屋の活動に貢献できたのだ。
「マミヤさん、今日はかなりポイントを稼いだでしょう?」
「そうかな? ………って、本当だね。かなりポイントを稼いでいる。だけどレベルアップの条件を満たしているのに、クラスが上がってないなぁ」
「イベントでのポイントは、三日目が終了してからまとめて貰えるんですよ。もしかしたら新しい魔法やスキルを育てるのが、追いつかないかもしれませんよ」
なんとなくわかる。
新しい魔法を使えるようになっても、パワーアップアイテムが不足していたり、経験値不足であったり。ネットゲームにおいてはその辺り、課金で補う者もいるらしい。
「では諸君、帰還するとしよう!」
鬼将軍の一言で、私たちは整列。威風堂々の退室をする。
控え室を出ると、ロビーにたむろしていたプレイヤーたちから、視線を注がれた。
注目されていると感じた途端、拍手と歓声が沸き起こった。
「待ってました、陸奥屋っ!」
「今夜はお前たちの夜だぜ!」
「面白かったぞ!」
なんだ? 賛辞を浴びているぞ。私たちはそんなに目立っていたのか?
陸奥屋!
陸奥屋!
陸奥屋!
私自身、コールを受けるなど生まれて初めての体験だ。まして若いウチのメンバーなどは………。
ホールに響き渡る陸奥屋コールに、夢見るような眼差しを漂わせていた。
しかし、何故だ?
何故、私たちが讃えられるのだ?
その理由がわからない。
陸奥屋は人垣に囲まれる。ヤンヤの歓声を受けていた。
しかしその人垣がふたつに割れる。まるでモーゼの十戒だ。人垣の割れ目に立つのは………あれは、女性だろうか? 見たことのあるシルエットである。俗っぽい言い方が許されるのであれば、完璧とも言えるプロポーションだ。出るべき箇所は自己主張をし、引き下がるべき箇所はくびれている。シルエットだけで美女とわかるその人は、受付のリンダであった。
彼女は私たちに歩み寄り、値千金とも言える笑みで迎えてくれた。
「お疲れさまでした、陸奥屋とマヨウンジャーのみなさん」
「さして疲れてなどいないさ」
鬼将軍は無愛想に答えた。
「鬼将軍さん? 私たちはみなさんの奮戦を、受付業務の合間に拝見していたんですよ?」
「観戦料を払いたいとでもいうのかな?」
本当に無愛想な男だ。まるで、美女を前にしてもゆるぐことのない硬派を気取る、中学生男子のようでもある。
しかしこれだけ冷たくあしらわれても、リンダの表情は乙女のままだ。
「そうね、観戦料を払いたくはなるかしら。受け取ってくださいますか?」
はにかむ乙女の、上目使い。仏頂面の鬼将軍も、さすがにここは折れた。
「………嫁入り前の娘御に、恥はかかせられないな。仕方ない、受け取ってやろう」
スパーーン!
竹刀が鳴った。
というかリンダ、君は一体その竹刀、どこに隠し持っていたのかね?
「はい、ロビーにお集まりのみなさん! 聞きましたね? このゲームバランスの崩す元凶の鬼将軍が、私の説教をうけると明言しましたよ!」
え? いやちょっと待てリンダ。それってどういうことよ?
そそくさと説教準備をはじめるリンダ。具体的に言うならば、ロビーに畳が敷かれる。
「さあ、鬼将軍さん! 今日という今日は、年貢の納め時ですからね!」
「ちょっと待ちたまえ。何かね、この準備は?」
「問答無用! まずは正座です! 正座っっ!」
納得いかないという顔で、鬼将軍は受付脇の畳の上に正座した。
「鬼将軍さん! あなた自分がどれだけ無茶したかわかってるんですかっ!」
「はて? 何かあったかね?」
「マミヤさんたちのような初心者を、最前線に送り込んだでしょうがーーっ!」
バッシンばっしんと竹刀が鳴る。まるで「私の怒りはここからだ」と言わんばかりである。
「しかもレベル二桁を相手に生還して、これじゃレベルの意味なんて無いじゃない!」
「戦さの勝ち負けはレベルに起因するものではない! 精神力の濃度である!」
「レベル無視するような発言、ヤメーーッ!」
うん、総裁。その発言はリンダが怒りますよ。
「まったく反省してないじゃない! いいわ、鬼将軍。今夜は寝ないで説教よ!」
「それは言われの無い拘束であり、私としては………」
「シャラーーップ! いいわ、今夜は寝ないで付き合ってあげる!あなたの蛮行がどれだけゲームバランスを崩しているか、思い知らせてやるわっ!」
とまあ、こんな感じで夜はふけてゆく………。