私、初日を終える
忍者が前に出た。
敵は我々の姿を見て一度立ち止まったが、編成の組み換え中と知るやニヤリと笑っていた。
シャドウが魔法でそよ風を起こす。忍者は懐をまさぐり、掌の上に何か乗せていた。
何をしているのか?
忍者は背中をむけているので、よく見えない。
しかし!
「うぅっ! く、苦しいっ!」
「めまいがっ! ………くそっ!」
敵が苦しみ始めた。もちろんゲーム世界。おそらくは運営による演出とは思う。思うのだが、この反応は初めて見る。
敵は次々と膝を着き、行動不能となった。そこへ手裏剣。さらには鎖分銅を振り回し、撤退の山を築き上げた。
「………春香の術ですか」
シャドウの呟きが聞こえてきた。
「あぁ、そうだよ。ラフレシア親父から採れる毒は、即効性があって強く効くのさ」
毒? 毒と言ったか、忍者? それをそよ風に乗せてばらまいたんだな、この薬物テロ忍者め! っていうかそんな闘い方もあるのか、このゲーム?
と、とにかくだ。まずは陸奥屋が編成を完了。私も戦闘体勢を整える。
しかし………。
「忍者君………」
「どうした、大将?」
「せっかく戦闘体勢を整えたのに、敵がいなくなったではないか」
「大将がモタモタしてるからダベさ」
地の言葉なのだろう。忍者は少し訛りを入れて喋る。
「忍者君、すると私の見せ場はどこにあるのかね?」
「とりあえず………」
忍者は指差した。
丘の下に群がる敵から、光弾が撃ち出された。範囲魔法だ!
「とりあえず、あの攻撃から生き残ることダベな」
「総員散開! 範囲魔法だっ、来るぞーーっ!」
散開と言っても、範囲魔法が大量に撃ち出されているのだ。逃げ場は無い。
「丘を下って! 後退です、この場を放棄してくださいっ!」
ホロホロの声だ。
「総裁、この場はおいどん方にまかせて、はやく!」
力士隊が盾になるらしい。一列に並び替え、鬼将軍の壁になる。
「すまん、諸君! 陸奥屋、丘の斜面に移動する! かかれっ!」
「かかりますっ!」
返答、即行動。
私たちは移動を開始した。
背後から、勇者の雄叫びが聞こえてくる。
「魔法がなんぼのもんじゃいーーっ!」
「かかってこんかい、おらーーっ!」
「おらおら、ぬるかぞ! ぬるかぞ、魔法攻撃っ!」
「陸奥屋、バンザーーイっ!」
岩石の降り注ぐ音、氷柱が伸びる冷たい音。落雷、炎上、暴風、津波。心まで削り取られるような災害の音が、斜面に這いつくばった私たちの頭上で轟いた。
「………馬鹿。………男って、みんな馬鹿だわ」
コリンは唇を噛み締めていた。
「ですがマスター?」
そばで伏せていたモモが言う。
「力士隊のみなさんも、一緒に逃げればよかったのでは?」
まったくだ。モモの意見は理解できる。しかし男として、陸奥屋としては、理解する訳にはいかない。
「………モモ、それを言っては台無しだ」
もしも彼ら力士隊に、「何故あそこで盾になったのですか?」と問うたとしよう。きっと彼らは真っ白な歯を輝かせ、満面の笑みでサムズアップするだろう。
それは我々が、陸奥屋だからさ。
そう答えるに決まっている。
だから我々は、彼らに負けないような我々の活躍をしなければならない。
「さあ、コリン。泣き虫の時間はここまでだ。丘の上を奪還する仕事が待ってるぞ」
「わ、わかってるわよ!」
グッと涙を拭う。
「あの馬鹿たちが復帰してきたら丘の上で、『遅かったわね』って言ってやるんだから!」
女の子にしては上出来な言葉だ。ポンと頭を撫でてやる。コリンは少し驚いたように目を丸くしたが、すぐに猫の子みたいに目を細めた。
「長距離型範囲魔法、味方陣営から射出されました。間もなく着弾します」
御剣かなめの声だ。
「よし、陸奥屋諸君! いま一度我々が丘の上を占拠するぞ!」
陸奥屋、いまだ戦意旺盛。衰えることを知らず、である。
まずは岩石降り注ぐ丘の上。次に火炎が襲いかかる。そして着弾と同時に氷柱が生え、大量の水が敵を襲う。さらには落雷、仕上げの竜巻。範囲魔法の展覧会である。
突入の号令。私たちは足をはげました。しかし忍者の方が早い。跳ぶようにして丘の上へと消える。
私たちが丘に上がると、「ここいらに敵はいないぞ! 前進、前進だっ!」と、忍者の声。
「よし、陸奥屋前進! この場は我々で占拠するぞっ!」
鬼将軍も乗り気だ。声が弾んでいる。もちろん私たちもである。
「さあ、マミヤ! 力士隊の馬鹿たちのために、ハウスを暖めておいてやりましょ!」
「被弾するなよ、コリン!」
「まかせておきなさい!」
私たちマヨウンジャーは最前列、もっとも敵に近いハウスを三つ占拠した。眼下には斜面が広がり、平地が続き、敵の砦まで視認できる。そして斜面には、無数の敵が駆け上がってくるのが見えた。
誰かが私の肩を叩いた。シャドウだった。
「押し寄せてきますね、敵が」
「さっき力士隊に聞いたんだけどね、民族大移動とかいうヨロシクないプレイがあるらしいけど、敵もそうなのかな?」
「もちろんです、マミヤさん。だけどそういった輩は、さっきの範囲魔法でみんな吹き飛んだでしょうね」
「濡れ手で粟とはいきませんか」
「人生に楽はありません。ただただ愚直に、歩き続けるのみです」
魔力を充填、火の玉改の準備を終える。そして射出、命中。しかし敵もレベルの高い者が、前線に出て来ているらしい。思ったような効果は得られない。それでも私は火の玉改を撃った。
私にできることは、それしか無いからだ。
範囲魔法が飛んできては後退。そして再び丘の上の占拠を繰り返す。その度に敵は強力になっていったが、陸奥屋一乃組に助けられ、初日を終えることができた。