鬼将軍~THE MAN~
洋風ファンタジーを基調としたゲーム世界だが、屋敷は平屋建ての和風建築。その最奥に小さな庭園を眺める部屋がある。
そこに男が一人。羽織袴姿で目を閉じ座していた。
銀縁の眼鏡は高い知性を、線の細く見える輪郭は神経の鋭さを感じさせる。しかしその座する姿勢はゆるぐことを知らぬ、厳のごとき肝の太さを期待させた。
陸奥屋本店マスター、そして陸奥屋総裁の鬼将軍であった。
その鬼将軍が、静かに目を開く。
いつの間にか、障子のむこうに人影が現れた。
「………総裁」
「かなめ君かね?」
「そろそろお時間かと」
うむと答えて、鬼将軍は立ち上がった。障子の影はいつの間にか消えていた。一人、和装をといて軍服に袖を通す。
「………陸奥屋、我々は何者か」
姿見に映る自分に、男は語りかけた。
「陸奥屋、我々は挑戦者である」
男は自分に答える。
「ならば挑め! 不可能と困難に!」
自分の背中を、自分で後押しするように言い切る。
一度マントをなびかせる。線の細さは刃の鋭さへと変わり、知性は鋼の意思へ変貌をとげた。
障子が開く
秘書が控えていた。
鬼将軍が廊下に出る。秘書は後に続いた。
道場に近づくと、「総裁入場!」の号令と姿勢を正す衣擦れが聞こえる。
正面、神棚の下へ足を運ぶが、もう座したりしない。立ったまま、集まった面々に目をむける。
精鋭精強の陸奥屋同志たちが、戦気溢れる眼差しで、整然として「男」の登場を待っていた。
みな、座している。
しかし和洋を問わぬ服装で、すぐそばに得物を置いていた。
「出陣に先立ちまして、総裁から御言葉を賜ります。………総裁、お願いします」
海軍少尉の肩章を着けた、黒い詰襟制服の参謀が頭をさげた。
「かしーーらーー………中っ!」
陸奥屋一乃組ジャックの号令。男はそれに答える。
「なおれーーーーっ!」
さあ、セレモニーの準備は整った。
あとは彼らを、すでに条件を満たした彼らを、「男」にしてやるだけだ。
「寒風吹きすさぶ中、よくぞ今日この一戦のために集まってくれた。しかし私は、礼を言うのを堪えることにしよう」
道場の中の空気が、殺気をはらむ。
「前回イベントでは、ようやく一〇を越える人数だった陸奥屋も、これだけの大所帯となりイベントに挑むことになった」
それだけに、一戦の責も大きい。魔法や剣の的、藁人形になる訳にはいかない。
一度、指先で前髪をすくい上げる。
「諸君、我々は陸奥屋である。陸奥屋に必要なのは、何かっ!」
「突貫精神です!」
「攻撃精神です!」
「必勝の信念です!」
道場が沸いた。
嬉しい言葉を聞いたように、鬼将軍は頬をゆるめる。
「ならば諸君、我々はどのように戦うべきかっ!」
「前進! 前進! また前進!」
「攻めて、攻めて、攻め抜いて!」
「敵の本陣落とすまで!」
天晴れなる、敢闘精神。天晴れなる攻撃精神。
もはや陸奥屋はひとつのギルド、ひとつの同盟ではない。この世界の根幹を揺るがす存在となりつつある。
すなわち、レベルは絶対。
すなわち、魔法攻撃は効く。
その根幹を根こそぎひっくり返しかねない、バグのような存在として、今なお成長し続けているのだ。
同盟ギルドとしては最若である、迷走戦隊マヨウンジャー。マスター・マミヤの元に集った、年齢的にも若いギルドだ。
そのマヨウンジャーが先日、金星の殊勲を挙げた。レベル値の離れたギルドを、見事討ち取ったのだ。
金星ごとき、陸奥屋では珍しくはない。本店も一乃組も、さらにレベル値の離れたギルドを倒し、大金星を受けているのだ。
だがしかし、鬼将軍は感状を贈った。初めての金星に、陸奥屋は感状を贈る習わしがあるからだ。そして同盟ギルドが初の金星を挙げることは、鬼将軍にとっても格別なものであったからだ。
そしてその感状は、陸奥屋一党がいよいよ尋常ならざる存在となった、その証とも言える。
だからこそ鬼将軍は、集まった同志たちに問いかける。
「陸奥屋、我々は何者だっ!」
「挑戦者ですっ!」
「ならば挑めっ! 不可能と困難にっ!」
厳冬期イベント東西戦に、男どもが降臨する。
驚異的な熱気だった。
人を狂わせることがこんなに簡単だとは、私は知らなかった。
男の空気、戦さの雰囲気。それらは女性には理解し難いものと、先入観があった。
しかし………。
ベルキラもアキラも、ホロホロもコリンも、おとなしいと思っていたモモまでが、拳を突き上げ叫んでいた。
やっつけてやる!
倒してやる!
あんな奴ら、怖くない! と。
まるで熱病を患ったかのように、鬼将軍というウィルスに冒されて、立ち上がり、足を踏み鳴らし鬨の声をあげている。
そして私も、平凡な公務員でしかない私もまた、何かができるという根拠の無い確信にとらわれた青春期の少年のように、この世界を変えてやると叫びながら拳を突き上げていた。
奴がいる。
奴がいてくれるから、大丈夫。
その名は鬼将軍。
根拠も裏付けも無い自信が、胸の奥からほとばしっていた。
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