私、決戦前夜をむかえる
稽古はたっぷりと積んだ。
風のスニーカーも出力を制御して、使いこなすことができるようになった。
「決戦前夜は闘技場や探索、出稽古などせず、みんなでゆっくりしていなさい」
という鬼将軍の指示に従い、私たちは拠点で思い思いの時をすごしていた。
「………………………………」
「………………………………」
みんな無言であった。
ベルキラは斧を磨いでいる。
ホロホロはネットの海を旅しながら、情報収集に余念が無い。
アキラはイベントのためにと奮発した聖衣、体操着に赤ブルマを試着している。
モモは汗を拭っていた。モーニングスターで藁人形のマッコイを叩いていたのだ。
コリンは乙女の横顔、書物のページをめくっている。
最近出番の少なかったたぬきも、八畳敷の手入れをしていた。なんでも八畳敷には自己再生能力と自己修復能力があるのだが、手入れをすればそれらの能力が上がるのだそうだ。
そして私。
私は何もせずに、ソファに体をあずけている。
何もせずにとは言ったが、まったく何もしていない訳ではない。
頭を働かせていた。
動画で見た、昨年の厳冬期イベントを脳内再生し、今年のイベントはどうなるかを想像。そこで我々はどのように戦い、どのように振る舞うべきなのかを、頭の中で描いては消し、消しては描いてを繰り返していたのだ。
「ん~~………」
ホロホロのうなる声が、かすかに意識の中へ入ってきた。
「どうした、ホロホロ?」
これはベルキラの声。
「あ、ベルキラ。これ見てくれる? 厳冬期イベントや東西戦で検索かけて、いろいろ調べてたんだけど………」
あれこれしているのだろう。パネルタッチの音が、かすかに聞こえてくる。
「………ホロホロ、さっきから気になるページが引っ掛かるな」
「でしょでしょ? これがごく一部のものだといいんだけど………」
「何かあったのかい?」
さすがに私も身を起こした。ホロホロたちのところまで、足を運ぶ。
「あ、マスター。これ見てくれる?」
ネット画面を覗き込む。検索ワードは、『ドグラの国のマグラの森 厳冬期イベント』である。
まず最上段に、運営からの告知ページが検出されていて、次に動画集だ。ホロホロはこの動画集に、不自然を感じているという。
「なになに………ドグラの国のマグラの森、厳冬期イベント。ネタプレイ集? ………なんじゃコリャ?」
「それがね、マスター。東西戦とかイベントで検索しても、似たような動画が検出されるんだよね」
ピンと来た。
すぐさま私もネットにアクセスする。
リンダの動画、もっこり実況である。
当然のように、新着の告知が届いている。
タイトルは、『よい子はマネしちゃ、ダ・メ・よ♪』となっている。悪い予感しかしないタイトルだ。もちろん説明文には、昨年の厳冬期イベントでのネタプレイを集めました、とある。
「………よく拾うもんだな、リンダも」
私は呟いた。
このようなネタプレイに走るギルドやプレイヤーは、ごく一部だと信じているからだ。その、ごく一部のプレイヤーを目ざとく発掘してくるのだから、リンダの苦労は相当なものだろうな、と………。
「マミヤ、厳冬期イベントとブログの組み合わせでも、頭の痛いのが見つかったわよ?」
コリンだ。そちらの画面ものぞいてみる。
「なになに? イベント二日目、正面の敵は初心者さんらしいので、使いなれない武器と紙鎧で出撃します! ………奇特な方もいらっしゃったものだな」
「こっちも酷いわよ? ………流れは掴んだ! これから重火力に紙装甲で、カミカゼして来ます! だって………」
なんともまぁ、このゲームにはストレスのやり場に困った方々が、多数いらっしゃるようで。
「よかったな、みんな。私たちは陸奥屋の一員で。おかげでネタプレイに走らなくても済むんだからね」
「まったくその通りだわ。コメディアンみたいな戦いをするなら、レオタードで戦う方がマシよ」
コリンは真顔でうなずいた。
「ですがぁ、マスター? この辺りで検出されるプレイヤーさん方はぁ、みなさん楽しそうですねぇ」
「モモさん、騙されちゃダメですよ? あくまでもボクたちは、勝負偏重主義。そのために今日まで、いろんな稽古を積んで来たんですから」
アキラは鼻息をふんす! ブルマ姿で右手のグローブを、左手の手のひらに叩きつけた。
「だがしかし、みんな。このネタプレイという奴、気にはならないか?」
一番真面目そうなベルキラが、割りととんでもないことを言い出した。
「私は気になりますよぉ? どんな方がいらっしゃるんでしょうねぇ?」
「私も気になるかな? 紙装甲に重火力でカミカゼだなんて、どんなプレイヤーがやるんだろう? って」
「ネタプレイというのでしたら」
たぬきがしゃしゃり出てきた。
「たぬき一族に伝わるこの茶釜、装備して出撃しましょうか?」
「たぬき、綱渡りのような曲芸をする場ではないぞ。いつも通りに行こう」
コイツのネタプレイだけは、なんとしても阻止しなくては。
不思議な使命感が、私の胸で湧きあがる。
「それよりたぬき、八畳敷の調子はどうだ?」
ネタプレイを忘れさせるために、話を別な方向にひん曲げてやった。
「おまかせ下さい、御主人様。これまでのコンディションにくらべても、今日明日が最高潮の仕上がり。まさしく、大の大人でも泣いて悦ぶ毛皮の手触りです」
いちいち言うことが卑猥であるが、あえて突っ込んではやらない。このたぬきは、一度からむと果てしなく図に乗るからだ。
「本当に、気持ちいいですねぇ」
しまった! モモが引っ掛かったか。しかもすでに、やわらか毛並みのマントを撫でくり回していた。
「ちょ、アンタ! ………いいの? それってたぬきの………言いにくい場所の毛皮なんでしょ?」
「キチンと鞣してありますからぁ、今では手触りのいい毛皮ですよぉ?」
「………アラ、本当だわ。たまらないわね、この感触」
「コリン、ボクにも触らせてよ」
なんということでしょう。コリンのみならず、アキラまで………。
そしてベルキラまで、物欲しそうな眼差しで八畳敷を眺めていた。
………夜は更ける。
決戦の日を明日に控えて、何事もなく、夜が更けてゆく。
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