私、茶房を訪れる
「かまうことは無いさ、今日明日にでもやっつけてやれ!」
マジックマッシュルームとの指名対戦の報告をすると、陸奥屋一乃組のジャックは快活にそう言った。
なにも全員がレベルを上げるまで、待ってやる必要は無いというのだ。
「いやしかしジャックさん、それはあまりにも乱暴な考え方じゃないですか?」
「乱暴なものか。むしろ敵がこちらの情報を集める前に、力技でやっつけてやるのさ」
確かに、敵は私たちのことをあまり知らないようであった。半面、我々はマジックマッシュルームについて、ある程度の知識がある。これは我々のアドバンテージだ。
「でも師匠」
ジャックを師匠と呼ぶのは、ホロホロだ。
「マジックマッシュルームのアイという娘、気になることを言い残したんです」
「気になることを?」
「はい、秘策があると」
「秘策か………それをカラフルワンダーの目の前で披露したら、バカの極みだな」
そう、アイという娘はカラフルワンダー………あるいはもっとダイレクトに、シャルローネとの対戦を熱望していた。そのためのものであろう秘策を、カラフルワンダーの眼前で見せびらかすのは、まさしく愚の骨頂である。あるが、しかし。
「その愚を行う可能性に満ちているのが、アイとマジックマッシュルームの面々と見ています」
ホロホロの報告に、ジャックはアゴを撫でて考え込む。
「………フィー先生は、どう思います?」
「私も動画で見たわよ、マジックマッシュルーム。実況者の主観が混ざってたから、あまり公平な目で見られないし、公平な意見じゃないけど………私のところに、つける薬は無さそうね」
つまり、バカだと判断しているのだ。
「それよりも、秘策っていうのが気になるかなぁ?」
フィー先生は賢い。
ウチのホロホロもお利口さんだ。
つまり、バカの考えを読むことはできない。
「秘策が何なのか、わからないですか、ジャックさん?」
「この流れで俺に振るということは、俺がバカの類と判断してのことかな、マミヤさん?」
それはさておき。
「バカの秘策を知るにはバカのスペシャリストに訊くのが一番だ」
というのがジャックの結論だ。
「ということで、忍者」
「私はバカじゃないぞ」
天井から声がした。
「そうじゃない、バカ狩りのスペシャリストにアポをとってくれ」
「奴ならきっと茶房にいる。直接出向いた方が早いぞ」
「そうか」
なに? バカ狩りのスペシャリスト? そんなのと繋がりがあるのか、陸奥屋は。というか、バカ狩りのスペシャリストなんていう者がいるのか、このゲーム世界には? しかも茶房? このゲームでは飲み食いができないのに、茶房?
私の疑問は、マヨウンジャー全員の疑問でもあった。みんな頭の上に、「?」を浮かばせている。
ジャックは笑って言った。
「マミヤさんはクラブとかサロンとか聞いて、何を思い出すかな?」
「酒場、飲み屋、それも綺麗な女の子が接客してくれる店かな?」
「って思うよね? だがそういう店じゃなくて、情報交換の場所と考えてもらいたい」
「つまりこの場合のクラブとかサロンは、葉巻やお酒のウンチクを語りながら、実はかなり大事な情報のやり取りをする、紳士の社交場?」
「そう、英国式、なんて枕詞をつけたら理解しやすいかな?」
私はうなずいた。
しかし子供たちには分かりにくいようだ。
「とりあえず、バカ狩りのスペシャリストはそこにいる。それだけ理解していれば、それでいいよ」
ということで、ジャックが案内してくれる。
中央区。繁華街のど真ん中。
洋風の街並みの中で一軒だけ、和風な暖簾を出している店がある。
茶房『葵』と書かれていた。洋風の建物に、暖簾。その辺りは現実世界にもよくあるので、違和感は無い。
しかし、ファンタジーな世界観の中では、「我が道をゆく」姿勢が押し出されていた。
忍者といい天狗といい、たぬきといいサムライ娘といい、このゲームは世界観が少しおかしいような気がする。いや、参加者がそのような世界観を構築しているのだろうか? あるいは運営が、日本人に馴染みやすいように配慮しているのか? その辺りの事情は、推察することしか出来ない。
ジャックはドアを押した。天井に近いところで鈴が鳴る。
「いらっしゃいませなのですよ~~♪」
ウェイトレス………というより、茶店の看板娘と言った風な娘が振り向いた。………いや、娘というより女の子。女の子というか、子供? ショートカットに和服。赤いたすきにヒラヒラのエプロン。………なんとも、こう。子供のお手伝いな雰囲気が、ありありである。
いや、ここはゲーム世界。彼女がNPCでない限り、小柄な女性がプレイしている可能性もある。油断は禁物だ。
「おぉ、ジャックさんの御来店なのですよ~~」
「こんにちは、歩ちゃん。七人だけど、席は空いてるかな?」
テーブル席、カウンター。いずれも満席のようだ。
「相席でよろしければ、奥の座敷が空いているのですよ」
「相席のお相手は、どちら様かな?」
「鏡花さまなのですよ!」
なに? 鏡花? ついつい心に引っかかる、そんな名前だな。ホロホロたちも、互いに顔を見合わせている。
そしてジャックは私たちに片目をつぶり、「ジャックポットだ」と宣言した。
「鏡花さま、相席をお願いしたいなのですよ」
歩はふすまの向こうに声をかける。
「あら、どちら様ですの?」
聞き覚えのある声が返ってきた。もちろんウチの娘っ子たちは、輝くような瞳で互いに見交わしている。
歩は答えた。
「陸奥屋一乃組のジャックさんと………」
こちらを見る。
私は名乗った。
「愉快な仲間たちです」
「愉快な仲間たちなのですよ♪」
ふすまの向こう側で、慌ただしい音が響いた。しかし取り繕ったような声が返ってくる。
「アテンションぷり~ず。当座敷間は、つい今しがた満席となりました。人生の悲哀を噛み締めて、おのれの不運を呪いつつ、他の座敷へ御移りくださいませ」
そうか、出雲鏡花。そんなに陸奥屋一乃組が嫌いか。
しかし、残念だったな出雲鏡花。ジャックはすでにとなりの座敷に乗り込んでいるのだよ。座敷間ということは、互いの部屋を隔てるのは、ふすま一枚でしかない。
ふすまの向こう側で、スパーーンという音がした。
「はっはっはっ、鏡花さん! そんなにツレなくするもんじゃないよ!」
「なにしに来やがりましたのっ、陸奥屋一乃組っ!」
先日の落ち着いた雰囲気など、どこへやら。
出雲鏡花は悲鳴に近い声をあげていた。
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