私、ブッキングされる
ふぅ、と息をついてアイは立ち上がった。
「さすがお姉さま、まさか仰向けのゼロ距離から、ヒザが来るとは思いませんでしたぁ」
服の埃をパタパタと叩いている。
「仕方ないじゃない。闘技場以外での魔法は禁止されてるんだから」
いや、ヒザ蹴りも禁止されてると思うが………。まさか今の攻防を、女の子同士の可愛らしいコミュニケーションと言い張るつもりじゃないだろうな?
「このお礼はぁ、アイちゃん倍にしてお返ししちゃいますからねぇ♪」
「私たちを目標にするのは構わないけどね、足元をすくわれないように気を付けなさい」
「足元ぉ?」
人差し指をアゴ先につけて、小首をかしげる仕草。本来ならば幼女のように可愛らしいと言わなければならないのだろうが、どうにもこのアイという娘が相手だと、「あざといゲスの仕草」にしか見えなくなってしまう。
「足元という表現で悪かったら、背後とでも言おうかしら。貴女たち、マジックマッシュルームの首をねらうギルドが、すぐそこまで迫っているかもしれないのよ?」
「はぁ? アイちゃんたちをねらうギルドぉ?」
ゲス女は、仲間たちに目を向ける。
「心配いらないさ、姫。どんな敵に遭っても、俺達が必ず姫をシャルローネさんのもとに届けてやるよ!」
「そうさ、俺達の魔法は無敵だぜ! あらゆる敵を蹴散らすくらいにな!」
「フッ………姫のためとあらば拙者、いかなる難敵であろうとも駆逐してみせましょうぞ」
俺も俺もと決め台詞のように、次から次へと格好いいことをホザいているが………。
どんな敵でも?
あらゆる敵を?
駆逐してみせる?
無敵な魔法で?
たとえそれが、魔法特化ギルドの元祖………おそらくは………であるカラフルワンダーの長、シャルローネであってもか?
笑わせるな。
彼女は、彼女たちは、あの陸奥屋一乃組最強の妖怪ジャックに、奇襲を選ばせたギルドなんだぞ!
火酒という凶器攻撃を選択させた集団なんだぞ!
シャドウが、ユキが、忍者にダイスケ、隠し玉のフィー先生まで出て、ようやく引き分けに持ち込んだ、プロ中のプロなんだぞ!
………フッ。
失笑しか浮かばない。
所詮は高見を目指すことの無い、小僧の集まりか。より高い世界を目指さぬが故に、自分たちのレベルが世界のすべてと錯覚している、井の中の蛙のようだな。
小童ども、一度しか心の中で言わないから、心の耳でよく聞け。
お前たちがシャルローネの前に立つのは、一〇〇年早い。陸奥屋一乃組と肩を並べるなど、一〇〇〇年早い。
まあ、どうせ心の中の声。相手には通じることはない。私たちには関係の無い話だ。
「いいかしら? 人というのは日々の精進で、格段の進歩を遂げるものなのよ。昨日までは取るに足らない存在だったはずの者たちが、今日突然に、恐るべき強豪として目の前に立ちはだかることもあるの。もちろん、自分たちが資質にあふれる者たちを見落としていた、なんてこともあるわ」
「ん~~アイちゃん、お姉さまが何をおっしゃってるか、わかんなぁい」
シャルローネは、優美ともいえる微笑みを浮かべた。
「マミヤさん、マヨウンジャーはそろそろレベル3のメンバーも現れるのでは?」
「あぁ、今日は彼女たちの新しい武器を見立てに来たのさ」
「わかるかしら? 彼ら迷走戦隊マヨウンジャーが、きっと貴女たちの前に立ちはだかるわよ? マジックマッシュルームのみなさん」
店内のあちこちから、マジックマッシュルームを監視していたメンバーが、姿を現した。アイとその仲間たちは、目を丸くして驚いている。
「おぉ~~………アイちゃんたち、注目株のギルドだったんですねぇ~~♪」
「何を言ってるものやら。リンダさんの動画サイトに取り上げられてるクセに」
「でもでもぉ、注目してくださる皆様が格下じゃあ、あまり自慢にはなりませんよぉ~~?」
「言ってくれるわね」
噛みついたのは、コリンだ。
「格下相手なんて甘く見てると、痛い目に逢うことになるわよ」
「ねぇ、ケイ君? 私たちの魔法なら、このレベルのギルドなんて、イチコロですよねぇ?」
「まったくで。話にもなりませんな」
「ショウ君はどう思いますかぁ?」
「俺達に挑むなんて、一〇年早いんじゃないの、オタクら?」
「という意見ばかりですぅ♪」
クスクスと忍び笑いをもらすのは、シャルローネだ。
「今だけを見れば、ね。だけどマヨウンジャーのみなさんは、もうじきレベルが上がるメンバーさんもいらっしゃるから………化けるわよ、格段に」
アイは、やはり理解できていないのだろう。アゴ先に人差し指をつけて、「ん~~」と悩んでいる。
「マヨ………マヨウンジャーさんでしたっけぇ?」
アイの質問に、そうだよと答える。というか、シャルローネが紹介してくれたのに、覚えてないのか? 私たちのこと、本当に眼中に無いのな、君は。
「マスターさんはどちらですかぁ?」
「私だが?」
「はぁ………そうですかぁ………」
アイは私を上から下までジロジロと見回し、「ダサっ」ともらす。私だけに聞こえるようにだ。ということは、私を挑発しているのか、単に外ヅラが良いだけなのか? いずれにせよ、アイが動けば動くほど、その人となりを推察するヒントが転がり込む訳だ。私としては礼を述べたいくらいである。
「やっぱりアイちゃんこんなオジサンより、お姉さまに相手してもらいたいですぅ!」
「それはマヨウンジャーには勝てないから、与しやすいカラフルワンダーがいい、ってとこかしら?」
「まったく逆ですよぉ! 冴えないオジサンより、華やかなお姉さまと戦いたいんですぅ!」
その冴えないオジサンに負けたら、この娘はどんなホエ面をさらすものやら………。
「絶対に負けませんよぉ、アイちゃんたちには秘策有りですからぁ!」
「そうね、それじゃあマヨウンジャーのみなさんがレベルを上げたら、公開試合の形式をとって戦ってみたら? 私たちも観戦したいし、陸奥屋も応援に駆けつけるだろうし」
アイはあからさまに、「ゲッ」という顔をした。シャルローネの「ゲッ!」にはユーモアとか、人間味あふれる可愛らしさがあったが、アイの顔はただただ歪んだ表情だったので、面白味はまるで無い。
つーか、陸奥屋の名前にこの反応である。
もしかしたらマヨウンジャーは私たちの預り知らぬところで、陸奥屋の一味と見なされ嫌われているのかもしれない。
いや、陸奥屋に対する世間の評価って、どんなものなのよ?
知りたいような、知れば自分を傷つけてしまうような。なんとも不思議な気分である。
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