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私、ボルサリーノをかぶる


 私の出で立ちは髪型がオールバック、服装は暗い色のスーツにループタイ。さらに漆黒のマントに多目的用途のステッキが標準である。

 今日は特別、そこにボリサリーノ・スタイルの帽子を加え、目深にかぶって中央区を歩いていた。

 ボリサリーノ・スタイルとは、高めのクラウンに広めのツバを用いたフェルトハットの形で、少し大きめな中折れ帽子と考えていただければ結構。ちょっとしたギャング映画に出てくる帽子、とイメージすればいい。

 そのような帽子をわざわざ目深にかぶっているのには、理由があった。顔を見られたくなかったのだ。つまり私は今、秘密の行動をとっている。

 行く先は、馴染みとなりつつある例の魔法屋だ。大通りから折れて、古びたドアを押す。

「いらっしゃい………あぁ、あんたか………」

 オヤジは私の姿を見て、すべて納得してくれたようだ。

「例のモノが入ったんだって? 見せてもらいたい」

「おうよ」

 オヤジはいつもの陰気な顔で、奥へと入って行った

 待たされている間、店内を見回す。

 いつも通り、客の気配が感じられない店だった。秘密の買い物をするには、最適である。

 オヤジが戻ってきた。

 カウンターに、白い壺と茶色い壺を並べる。

「白い方が抽出の壺、茶色い方が熟成の壺だ」

 私は革袋に入った銀貨を、代金として差し出した。

「………いよいよヤルんだな?」

「………あぁ、ヤル!」

「吉報を待ってるぜ………いや、報告なんざいらねぇや。成功しても黙ってな。この知識と技術は、お前さんが努力して得たものだ。お前さんだけの財産だよ」

「ありがとう」

 私はオヤジに背を剥けて、店を出た。


 ベルキラがドワーフの組合工房で、アンチ・マジック・シールドの作製方法を学んできた。いや、正確には盗んできた、と言った方が正しいかもしれない。あまり多くは語らないが、職種が盗賊というホロホロが、一枚噛んでいるらしいのだ。

 で、この対魔法楯。作製に『魔法石』というアイテムが必要らしいのだ。

 簡単に言うとこの魔法石、探索で手に入るのだが、マグラの森の向こう側の採石場に行かなければならないのだ。

 そんな場所まで行ける実力は、我々には無い。

 せっかく手に入れた作製方法なのだが、アイテム不足で作ることができない。みんなガックリと肩を落としたものだ。

 もちろん魔法石を商っている店もある。

 が。

 のだが。

 マグラの森を制覇しなければ、売ってくれないというのだ。

 商店としては失格な話なのだが、ここはゲームの世界。そういう縛り、ルールがあるらしい。

 そんな愚痴をオヤジにしてみたところ、「図書館に行ってみな」とのこと。その言葉に従って、図書館で魔法石について調べた。が、出て来ない。いくら調べても、出て来ない。

 そこで対魔法楯について調べてみた。

 すると意外なほど、簡単に出て来たのだ。

 低レベル向け、『安物の対魔法楯』の作製方法が。そして、魔法の草が魔法石の代用品になることも。

 まずは魔法の草を抽出の壺に入れて、エキスを抽出する。抽出したエキスは熟成の壺に移し、精分を濃厚にする。その液体で紙に対魔法の呪文をしたため、お札を作る。楯は二枚張りのものを使うのだが、その間にサンドイッチするようにお札を貼り付けておくと、楯は対魔法の能力を帯びるという。


 私はボリサリーノのツバを、ひとつ撫でた。自然と笑みがこぼれる。

 魔法石の代用品として魔法の草を用いると、オヤジに告白した時のことを思い出したのだ。

 オヤジは「でかした!」と大声を出したが、すぐに人差し指を口の前で立てて笑ってくれたものだ。

 この一件から、オヤジの態度は小僧っ子をあしらうものではなくなった。私のことを一人前、と認めてくれたのだ。そこを少し誇らしく思う。やはり半人前扱いより、一人前として扱われた方が、気分がよろしいものだ。

 拠点に帰って来ると、どいつもこいつもスーツ姿でコートを羽織り、頭にボリサリーノを乗せていた。チビっこいホロホロなどはだらしなく椅子に腰掛け、すっかりギャング気取りである。いや、みんなで『訳ありな男』や、『事情のある男』になりきっていた。

 デコが駆け寄ってきた。彼女だけは娘役なのだろう、ウェスタンブーツにジャンパースカート。リボンタイのお嬢さんスタイルである。

「マミヤ! 無事だったのね!」

 おう、なりきるなりきる。

 そうなると私も、『翳のある男』を演じなければならないだろう。そっと、できるだけ優しくコリンを押し退ける。

 モモとホロホロが挟む、丸テーブル。葉巻を揉み消した灰皿と、散らばったポーカーのカード。そしてバーボンのボトルにショットグラスが置かれていた。

 私はテーブルを撫でるようにして、カードを床に落とした。そして二つの壺が納まった木箱を置く。

「………約束の物だ。彼女を離してやってくれ」

 ホロホロがアキラにアゴをしゃくる。アキラはそっとコリンの背中を押した。彼女は私の胸に飛び込んできた。甘い匂いが鼻をくすぐる。

 コリンは小さく震えていた。いや、コリンだけではない。みんな俯いて、笑いをこらえている。

 私はボリサリーノを脱ぎ、頭上に掲げた。


「やったーーっ!」


 みんな一斉に声を上げ

る。投げられたボリサリーノが飛び交った。

「これでアンチ・マジック・シールドが作れるんですよね、マスター!」

「ああ、そうだぞアキラ! 今まで散々に悩まされた、あの魔法! 魔法を無効にする楯が作れるんだ!」

 モモがショットグラスに、バーボンを注ぐ。そしてトレイに乗せて、みんなに配って回った。

「みなさん、グラスは行き渡りましたかぁ?」

 ハーーイという返事も、生き生きとしている。

「それじゃあちょっぴり、気が早いかもしれないけど………カンパーーイっ!」

 グラスをみんなで合わせて、チンと涼しい音を立てた。そして琥珀色の液体を、グッと一息で飲み干した。もちろんゲーム世界の話なので、味もなければのど越しもない。酔っぱらうことも無い。

「それじゃあ早速、対魔法楯………アンチ・マジック・シールドを作るか!」

「マミヤ、魔法の草はどっちの壺に入れるのよ?」

「こっちの抽出の壺だ」

「マスター、二枚楯の準備はできていますよ!」

「気が早いな! まずはお札を書かないとならないぞ!」

 私たちの拠点に、笑顔があふれていた。

 いや、笑顔しか無いと言った方がいいだろう。


 そうだ。

 誰一人として、これから発生する問題を、予想していなかったのだ。

御来場いただき、真にありがとうございました。

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