私、ゲーム機械を購入する
私は公務員。
酒を飲まなければ煙草も吸わず。女遊びをしなければギャンブルもしない。
つまりアフター5は健全な店に立ち寄るくらいで、待つ者の無い部屋へ一直線に帰るだけ。
良く言えば優良物件。しかし未婚。
悪く言えば詰まらない男。そのせいか未婚。
これと言った趣味は無い。あるとすれば、自宅のパソコンでネット遊び。
しかし危険な場所には立ち入らないので、そこでも詰まらない性格は健在だ。
人間、堕ちるのは一瞬。
それが座右の銘である。こんなことを座右の銘にしているのだから、女の子が寄ってこないのも当然である。
だが、今日は違う。
いや、今夜からは変わると言った方がいいだろうか?
部下の言葉もあって、生まれてはじめてゲーム機械というものを購入してみたのだ。
趣味ができますな、係長。
そう言われれば、否と答えるだろう。
さすがに趣味がネットだけでは、退屈ですかな?
そう訊かれれば、それも違うと言う。
さすがの私も、自分の人生がこれで良い、とは思わない。
だが実際の人生で、おかしな振る舞いのできる立場ではない。
ならばせめて仮想現実とやらで、羽目を外してみようかと思った次第。
擬似体験ゲーム、あるいは仮想現実ゲームと呼ばれるネットサービスを受けられる機体、商品名エリアルを購入してみたのだ。
「係長、違う自分を体験できますよ」
確か部下はそう言った。
「それは、違う人生を体験できるという意味かね?」
私は質問した。
「そうっスね! ある意味そうっスよ!」
ある意味とはどういう意味なのか?
そんな疑問よりも、いまどきの若者はどうしてこうも、上司である私に親しげな話し方をするのか?
そちらの方がよほど疑問であった。
ともあれ、取り扱い説明書に目を通す。
〇 屋内の直射日光があたらない場所に保管してください、とある。
見たところ本体はディスクトップくらいのサイズだ。これでは屋外に持ち出して楽しもう、という気にはなれない。
〇 飲酒中の利用はなさらないでください。
心配いりません、飲みませんから。
〇 ご利用は最高でも、一日三時間まで。
割りと遊べるんですね。というか、貴方は実家の口うるさい母親ですか?
いろいろ書いてあったが、要旨はそれだけだ。
もちろん、商品でプレイ中に気分が悪くなった場合は………という項目もある。
取り扱い説明書の主旨は掴んだ。
さっそく附属のコードを接続して、ラグビーのヘッドギアに似たものをかぶり、ゴーグルを装着。
そのまま電源をオン。
ゴーグルの視界が真っ暗になり、仮想世界とのアクセスのため、しばらくお待ちくださいとアナウンスがある。
待つことしばし。
軽快な音楽とともに、さまざまなゲームメニューが浮かび上がる。
それは私から三〇センチほどの空間。なにもないはずの場所に浮かび上がっていた。
ちなみに、ゲームメニューの背景は私の部屋の風景。まだまだ仮想世界には旅立てないらしい。
ゲームメニューを並べた画面に指を伸ばし、小さくスライドさせる。すると見えない場所から次のゲームが現れ、先ほどまで目の前にいたゲームは姿を消した。
ふむ、取り扱い説明書にもあったが、スマホと同じような操作である。
先ほどまで目の前にいたゲームを、指先のスライドで呼び戻す。
せっかくこれからの舞台をチョイスしているのだ。じっくりと吟味してみたい。
まずは、可愛らしい女の子たちが物騒な機関銃やピストルで武装した、シューティングゲームとある。
なるほど、銃を乱射して爆弾を放ってというゲームならば、爽快感があって現実を忘れることもできる。なにより、自衛官ではない我が身としては、こんな体験はゲームでなければ不可能だろう。
しかし、何故に女の子の姿なのか?
メニューを開いてみる。なにか説明書きがあるはずだ。
どれどれ………。
「あなた好みの衣装や髪型でドレスアップ。さまざまなカスタマイズで戦場を飾る、本格派シューティングゲーム………」
どうやら説明書きは、私の疑問に答える気が無いようだ。
つまりそこは考えるべきではないものなのだと、暗に言っているのかもしれない。
………次。
水着の女の子たちが取っ組み合う………これは、女子プロレスのゲームと解釈していいのか? それにしてはボクシングや柔道の選手もいるような………?
「可愛らしい女の子になってキャットファイト。リングコスチュームをカスタマイズして、栄光のベルトを目指せ」
………………………………。
………女の子である必然性はどこにあるのか? いやそれもあるのだが、ここでもカスタマイズか? 栄光のベルトを目指すのに、それは必要なことなのか?
説明書きは、またしても私の疑問に回答してくれない。というか、疑問をさらに深めてくれただけだ。
………次。
おぉ、今度はバイクレースのゲームか。
学生の頃には、峠を攻めて攻めて攻めまくったものだ、友人が。
それはさておき。
「あなたは峠のクィーン………」
………早くも嫌な予感がしてきた。
しかし説明書きだ。すべてを読み終えずに、勝手な判断をしてはいけない。
「実在するスーパーバイクを実在するパーツでカスタムし、世界中のライバルをぶっちぎれ」
ふむ、女の子であることは引っ掛かるが、熱い展開を期待できそうだ。
なにしろ私の愛機は、原付のスーパーカブ。峠を攻めた経験など無いし、これから先もゲーム以外で公道を飛ばす気は無い。
これは面白そうだ。
「どれどれ………女の子のデザインと革ツナギはカスタム可能です」
………………………………。
どうしてそうなる?
時代はカスタムなのか?
それも女の子のカスタムなのか?
誰か答えてくれないだろうか? この世に光はあるのかどうかを。
絶望しか存在しないゲーム界に、私の士気もガタ落ちなのだが、考えてもみよう。
違う人生を体験するというのは、そんなに簡単なことではない。
それを機体の代金だけで手に入れようというのだ。
この程度の困難に、膝を着いてはいられない。
幸いなことに、ゲームの種類はまだまだあるようだ。
さらに画面をスライド。
「ファンタジー?」
不意にそんな単語が目に入った。
よくテレビでCMが流れている。もちろんこのゲームではない。ほかのゲームだ。
映画でも、少し前に大ヒットした作品があったはずだ。たしか、巨人が出てきたり魔法を使ったり。騎士や剣士が戦う、派手な映画だった。
「なるほど、私の人生には剣も魔法も縁が無い。これは確認する価値がありそうだ」
もちろんこれまでのゲームに、その価値が無いとは言えない。仮にもプロが製作し顧客のニーズが存在するのだ。私一人の価値観で、それを断じてはならない。
ということで、まずはタイトルから。
「ドグラの国のマグラの森、か………」
なるほど確かに、タイトルからしてオドロオドロしている。おとぎ話のようなファンタジーではなく、陰謀うず巻くダークファンタジーというところか?
説明書きを読み進める。
「武器や魔法、スキルを手に入れて、目指すは世界最強の称号」
………この手のゲームは最強を目指すものが多いが、私としては最強などに興味はない。
しかしこれは仮想世界で競い合う、いわば競技なのだろう。最強を目指すのは当然か。
「人類、魔族、ニンフ、ドワーフの中から好きな種族を選んでインすることができます」
ただし、一度選んだ種族は変更できません。
「ふむふむ、そしてバトルをすると銀貨が貰えて、武器を強化したり装備を整えたりできるのか」
さらには仲間とパーティーを組んで探索に出掛け、さまざまなアイテムを拾ってくることもできるらしい。
「おっと、銀貨を手にいれる方法は、それだけではありません。職業に就いて銀貨を得ることもできるのか………」
かなり自由度は高いようだ。
まあゲーム初心者が世界最強になれるはずもないが、これは少し面白い体験ができそうだ。
ものは試しである。
そして普段の私なら、十分に下調べしてから、ゲームをはじめるはずなのだが………。
「目をつぶったまま飛び込む、というのも面白そうだ。………思い切ってインしてみるか」
仮想世界というものは、人を大胆にするものらしい。
私はバーチャル空間へとダイブした。
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