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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

野郎はお呼びじゃねーですよ!

私は美少女をこよなく愛しています。

美少女はとても尊いものだと思います。

だからこそ、本当の意味で美少女である美少女にはなかなか巡り会えないものだと思います。

それは、現実でも創作でも。

 目眩が僕を襲った。前後左右上下、それらを認識できなくなる。


 たまらず目を瞑った。


 寝入り端の、自分が何処にいるのかわからなくなるあの感覚に似ている。ともすればこのまま眠ってしまいそうだ。頬がなにやら冷たいのが一層眠気を誘う。


 あれ、冷たい?


 もしかして倒れているのか?


 そう自覚した途端に意識が浮上していく。尤も寝坊助の僕であるからして、瞬間的に覚醒するはずもない。


 以前に電車の中で倒れたことがあるが、あれはなかなかに恥ずかしかった。降車駅が近くなったから立ち上がり、伸びていたら意識が遠のいた。完全に脱力していると倒れても身体は痛くならないらしい。なにせ向かいの席のおっさんに起こされるまで倒れたことにすら気がつかなかったのだからな。


 どうせなら美少女が良かったが。まぁ乗り過ごすのを回避できただけで、おっさんには感謝と賞賛を送るべきだ。ああ、でもどうせなら美少女が良かった。顔を上げたらスカートの中などという奇跡はなく、おっさんの革靴が車内の蛍光灯の光を憎たらしげに反射するのみだった。


 はぁ……なんであのとき向かいの席には美少女が座っていなかったのか。などと自身の運命を呪っていると肩のあたりを軽く蹴られた。


 誰だ。人が安眠しようとしているのに。半分寝てるくらいが一番妄想が捗るんだぞ!


 実は沈降しかけていた意識が無理やり覚醒の一途を辿る。


「ん…ぁ…」


 瞼を軽く開けるが、周りは薄暗い。それもそうか、明るかったら眠りにくいものな。快眠の敵である眩しさがないことを確認したら再び脱力する。


「おい、いつまでも寝てないで起きろ」


 野太い声と共に、さっきよりやや強く肩口を蹴られる。仕方なく身体を起こす。まだ立ち上がるには至らない。女の子座りみたいな体勢だが、寝起きはいつもこんなものだ。


「野郎は、お呼びじゃ、ねーです、よ」


「いい加減に起きんかっ!」


 胸倉を掴まれ引っ張り上げられると同時に頭突きをかまされる。数歩たたらを踏み後ろに下がる。流石の僕でもこれには勝てない。桃色空間で戯れていた嫁たちが急速に遠ざかっていく。


 代わりに目の前にいたのはおっさんだった。わかっていたことだけども、だがあえて言う。どうせなら美少女がいい。


 しかし、おっさんは二人いた。


 革鎧に剣を提げた無精髭と、ゆったりしたローブらしき服のトロそうなボサボサ頭の2人のおっさんだ。ちくしょう。


 とりあえず挨拶でもしておく。


「おはようございます」


 これでも部活で弓道を嗜んでいるからな、姿勢だけはいい。下げた頭を戻してみれば、面食らった様子の二人がいた。


「あ、あぁ」


 反応したのは無精髭だった。どうやら挨拶されるのは想定外だったらしい。無精髭は咳払いしてから口を開く。


「歩けるな? 異世界人、ついてこい」


 どうやら僕は異世界人らしい。実は知ってた。だって心は永遠に十四歳だもの。小説という仮想空間なら幾度となく経験してきたことだ。空想世界に限定したら僕は百戦錬磨と言っても過言ではない。


 窓も家具もない部屋を出る。それなのに人相を確認できる明るさがあったのは魔法なのだろうか。


 無精髭とボサボサ頭に挟まれながら石造りの廊下を歩いていく。硬質な足音が幾重にも反響して奥へ奥へと吸い込まれる。この間、僕は無言だ。下手に反抗したり騒いだりしても近接格闘に何の心得もない僕は簡単に取り押さえられるだろう。殴られたら一発KOだ。現代日本人なめんなよ。


 連れてこられた殺風景な部屋に僕をぶち込みながら無精髭は吐き捨てる。


「これから武器と魔法の扱いを叩き込んでやる。血を吐いてでも身につけろ」


 とりあえず魔法はあるようだ。武器は弓がいいな。和弓がなくったって胴造りと弓手の扱いはそう変わるものじゃないだろう。それより世界情勢と僕がここにいる理由について教えてほしいと思うものの声にはださない。


「あとは任せた」


 無精髭だけが立ち去っていく。残されたボサボサ頭がダラダラと語っていく。


 ボサボサ頭はどうやらこの世界について話しているらしい。今更ながらだが、言葉は通じるのな。校長の話にもよく似ている。よくある話であることとか、むやみやたらと"えー"を合間に入れることとか、眠気を誘うこととか結局何が言いたいのかさっぱりなこととか。


 要するに戦って死ねということを把握した後は、聞く気も一気に失せるというもの。美少女が出迎えてくれて、親切にしてくれて、あわよくばキャッキャウフフな展開にでもなれば、君たちの呼んだ異世界人どもは喜んで尻尾を振るだろうことを知らないらしい。


 っとと、とりあえず話は終わったようだ。相手が美少女じゃないとしても聞かなきゃならないことはある。


「質問いいですか?」

「久々に私の話を遮らなかった異世界人だ。特別に答えてやろう。なんだ?」

「それなりの戦果挙げたら報酬とかあるんですか?」

「はぁ? あるわけないだろう」

「え、それでやる気出る人いるんですか?」


 頑張ったご褒美に美少女が欲しい。いや、頑張らなくても美少女が欲しい。むしろ健気に頑張っている美少女が美しい。つまり美少女が欲しい。

 人身売買は良くないと思うけど、美少女が絡むのならば話が別だ。男がこんなだから世の中には泣く女性がいなくならないに違いない。女に泣かされる男もいることで手を打ってもらって、共に明るい未来を築こうじゃないか。


「戦わねば首輪が締まるから必死だろうよ。大体消耗品に褒美などとらせる意味などない」

「消耗品?」

「死にかけ一人から死んでも惜しくない非人が三匹召喚できるのだ、消耗品に違いあるまい?」

「実に経済的っすね……」


 たしかに、そうと思しいことは色々あった。なにより被召喚者の扱いに手馴れているし。


 そして今から思えば、この時はこの世界に来てから唯一の癒やしの時間だったのかもしれない。いや、美少女に巡り会えていないから癒やしもへったくれもないが、これから待ち受ける境遇を考えれば最もマシであったことは事実である。


 流石にそのまま戦場に放り出しはしないのか、ムッサいおっさんと組んずほぐれつ激しい訓練。


 【野郎はお呼びじゃねーですよ!】


 尻は奪われなかったが、散々殴られたせいで身体中が腫れ上がり、原型を留めていないんじゃないかと思うほどだ。挙げ句の果てに去り際、倒れた僕の顔に唾まで吐いてくる。臭い。あの野郎いつか殺す。


 そしてしばらくすると、衛生兵と思しき人(当然男)が近寄ってくる。


 【野郎はお呼びじゃねーですよ!】


 特に治療してくれるわけでもなく、邪魔にならないところにゴミのように放り捨てられる。挙げ句の果てに去り際、まるでそうするのが自然であるかのように蹴り飛ばされる。鬼か。あの野郎いつか殺す。


 なんとか痛む身体に鞭打って、せめて汚れだけでも落としたいと水場へと向かう。すると、肌と肌を激しく叩き合わせる音と、喘ぎ声が……。


 【野郎はお呼びじゃねーですよ!】


 全然期待していなかったからいいけどね! どうせ尻だろうと思ったよ! 気配を感じてこっちを振り向いた奴等は、恐怖で縮み上がった僕の息子を見て、鼻で笑いやがった。死ね。あの野郎いつか殺す。


 そんな過酷な生活を続けて一週間ほどだろうか。実は女性の身体を見る機会があった。いつものように汚れを落とす水場でのことだ。僕の横乳センサーが反応した。


 【ゴリラもお呼びじゃねーですよ!】


 おかしいとは思った。身長はそれほどでもないが肩幅が広すぎた。乳はあった。ふっさふさの胸毛に守られて。アレはなかったが、ゴワゴワの髭があった。伝統的ドワーフだ。畜生。この世界いつか殺す。


 そしてとうとう、初陣の機会がやってきた。残念ながら弓兵じゃなくて肉壁だ。木を削っただけの槍でどうしようというのか。せめて│誰か《美少女》と連携を組まないと……!


「あら坊や、可愛いわね。ワタシと一緒に戦わなぁい?」


 【オカマもお呼びじゃねーですよ!】


 でもめっちゃ強かった。膨らむ胸筋に迸る汗。これが無骨な人相をしていればどんなに頼りに思えただろうか。美少女だったらどんなに浪漫があっただろうか。現実は泥棒ひげを厚化粧で隠しきれないオカマなのだ。股関に向けられる視線。命と尻を守る戦い。


 彼(断じて彼女と表現してはいけない)に何度も守られたり、たまに彼をアシストしたりしてなんとか生き延びた。帰り道に詳しく話を聞かされると、彼はオカマだがネコなようだ。ごめん、タチだと思ってた。


 【だからなんだってんですよ!】


 処女ではなく童貞を守る戦いだった。数ある異世界召喚でも珍しいと思う。え、思ったより悲壮感なさそうだって? 一応コメディ枠だから! リアルにキュッと縮まったけどね!


 彼と守りあったり、彼から守ったりして何回目の突撃だろうか。由緒正しい古典的女性ドワーフに会ったのはって以来の女性との遭遇を果たしていた。つい最近のことに思えるが、実は三ヶ月ぶりくらいのことである。


 しかも、愛くるしい。


 【けどケモノっていうんですよ!】


 犬獣人だった。いや、人をつけていいのかどうか迷うくらい犬だった。体躯はそれほど大きくはなく尻尾を含めないとして、百四〇センチメートルほどだろうか。服は着ていない。毛皮のみである。キリリと高い鼻面が魅力的なお嬢さんだ。とぅいったー、や、いんすとぅるぐらむ、で人気の出そうな美人さん。


 ちなみになんで獣人のお嬢さんとわかったか。


 それは、芸を仕込まれた犬のように前足を引いてバランスを取る強引な二足立位をしていたからだ。

 それは、彼女は弟や妹を庇うように僕に立ち向かっていたからだ。

 そして、彼女が震える声で喋ったからだ。


 【声帯どうなってんですか!】


 僕は驚いた。彼女も驚いた。ちなみに複乳だった。悲しいかな、僕はケモナーではなかったし、ケモナーになれもしなかった。努力で覆せるほどの才にも恵まれなかった。ただ、それだけのことだった。もし、骨格がもう少し二足歩行に向いていそうなら、というのはただの言い訳にもならない。


 自分の無力感に苛まれながら、彼女たちをこっそり逃がしてあげた。


 項垂れたまま、もう掃討戦の局面に入った戦場を歩いていると、下卑た男達の声と途絶え途絶えに甲高い悲鳴が聞こえてきた。けれど、さっきのショックからか僕の心には何も響かない。それでも、今までの習性で悲鳴の主に近づいていった。


 【野郎はお呼びじゃねーですよ!】


 やっぱり野郎じゃないか! やっぱり野郎じゃないか! たしかに細身で小柄で女顔してるなとは思うけど野郎じゃないか!

 可哀想だとは思うけどその場を後にした。自分のことではないし、見たいものでもなかったから。


 この世界腐ってる。


 度重なる性戦(常に防衛側)に、正気判定に成功しているのか失敗しているのか、もはや自分では判断がつかなくなって来た頃。ついに凸凸の理が反転し、凸凹の理のあるべき姿に立ち返る時がやってきたのだ!


 【そういう意味じゃねーですよ!】


 そう、男と女が一対一でまぐわう。それは正しき光景のはずなのに。


 いつかのミス古典的ドワーフが

 おそらく自作の装着型コケシで

 ガチムチ捕虜を掘っていた。


 反転するところが違くない? ねぇ、違くない? しかも美しくない。オカマの彼に慰められた。いつ帰ったのかはわからない。童貞と処女は守った。


 そんな彼も、命を落とす日が来た。タイプの男に貫かれたのだから、本望に違いない。


 【勝手に死んでんじゃねーですよ……】


 時間と血の匂いが戦友の喪失感を埋めた頃、今度は正真正銘、とうとう美少女を見つけた。見つけてしまった。


 美少女に僕は飢えていた。


「いやぁぁああああ!」


 泣き叫ぶ美少女に構わず逃げられないように追い詰めていく。前の世界だったら、絶対にしなかったようなことだ。

 美少女の泣き顔は恐怖ではなく悲しみで彩られるべきだし、ましてや自らの手で美少女の顔を曇らせるようなことなど許される行いではないと思っていたはずだ。


 だからなのだろうか。それ以上はできなかった。


 【ヘタレって呼ぶんじゃねーですよ!】


 これまで周りが性癖的にも価値観的にも腐りきってたせいで、どうやら僕も根性が腐りきってたらしい。


 今までは美少女というのは悪魔の証明的存在だったけれど、ここで美少女が観測されたということはこの世界に美少女が存在するという天使の証明が成されたことにほかならない!


 これで勝つる!


 精神的苦痛と美少女欠乏症から解放された僕には余裕ができていた。具体的には美少女を落ち着かせて許しを乞えるくらいには。もちろん、謝罪には一切の妥協の余地はない。


 本当にこれ以上のことはされないと半信半疑にも納得して頂けたところで、美少女にはクリス様という愛するお人がいることを知る。


 【野郎ぼくはお呼びじゃねーですよ!】


「アリスから離れろ!」


「クリス様!」


 不審者に細剣をつきつけるクリス様は、紛うことなき美女だった。


 あぁ、この世界で初めて見る美少女と美女の絡みは美しい。胸を貫かれるような衝撃だ。


 それはそうとクリス様はこれで相当腕が立つらしい。何回か実戦を生き延びてきた僕が、いつ、胸に剣を生やしたかなんて全く気が付かなかった。つまりは、今までのフラッシュバックは走馬灯ということである。

 

「あぁ、次、目が覚めるときはきっと、幼馴染の美少女が……」

ちなみに来世は全寮制男子校に男装して通わなくてはならない系の乙女ゲー主人公かなと勝手に思っています。

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