第02話 慣わし
第02話 慣わしと彼女
ユア。彼女は身分の高い家柄に生まれ、今年、上級女学校の3年生となった。
子どもは5歳になると幼年学校に入学する。7年で幼年学校を卒業すると、男は上級学校に進み、女は女で上級女学校に進む。幼年学校は共学だが、上級学校になると男女別学になるのは昔からの決まりだった。
幼年学校卒業以降、家族でない男と女は昼間会うのを禁じられる。夜間も「かよい」しか許されない。兄弟や親とも家の共同区画以外では会わない。細長い母屋は3つに区切られるのが常だ。両端は男の住む側と女の住む側になり、中央は共同区画となる。
ユアの家もそうだ。立派で、地味だが洗練された古くからの家は、ほかの家と同様に3つに区切られている。共同区画の奥から、離れへの長い廊下が始まる。それほど行かないうちに女側に曲がり、長く長く行く。女側の端をゆうに越すほどだ。廊下は林の奥を突き進み、ときどき気の利いた樹木が植えられている。女側の端を越し、その倍をまた行くとユアの部屋への引き戸が見える。黒塗りの引き戸には美しい細工がなされている。上品で細やかな花々の浮き彫り。男を迎える引き戸だ。
ユアはベッドから出ると、冷たい床に足を下ろした。クローゼットの中から青色の衣を取り出す。丈が短い、うすく滑らかなレースの寝着の上に、ワンピース状のそれを着る。長い黒髪を、くしで丁寧に梳いていく。
鏡を見ると、身だしなみを整えた自分が見返した。
まっすぐの長い黒髪。アーモンド形の目の中、コンパスでとったかのような正確なまるの形をした虹彩は、明るい茶色に、緑のような、もしくは黄色のような色が混じっている。瞳孔は澄んだ黒色だ。
「………バッカみたい」
四角い鏡の向こうを見ながら、わざと変な顔をつくって、つぶやく。
くしをしまうと、ユアは荒々しく部屋を出た。引き戸だけは丁寧に閉め、大股で素早く歩く。
ああ、まったくバカみたい。
その勢いは母屋に近づくにつれ、楚々とした上品な歩き方になっていった。
共同区画の一室の前。
「失礼します」
目をつぶって奥の者の反応を待つ。それは意外にも早く、すぐに「入れ」という低い声が返された。
ユアは返事を聞いてから、黒塗りの引き戸を開ける。入るとすぐにまた、すぅっと引き戸を閉めた。息をつく暇もなく奥の人物と向き直る。
床にひざをついて、胸に手を置き、こうべを垂れる。女の儀礼的な挨拶だ。
「顔を見せよ」
父親の言葉に従って、横顔を隠していた長い髪が、こうべの動きに会わせてゆっくりと戻った。
「おはようございます。父さま」
白髪の混じった髪は男に貫禄を与えていた。気難しそうに結ばれた口もと。威圧感の大きな目はユアをじっと見据えていた。
「ああ」
返された言葉は短い。
眼鏡をかけて、本を読んでいたらしい。ユアが入ってきた時点で本からは目をはなしていた。
ユアは父親の次の言葉を黙って待つ。
「話、だが」
「はい」
「お前の、『かよい』の相手が決まった」
ユアは一瞬表情を消す。だが、すぐにもとの表情を取り戻す。
「そうですか。私の夫は、誰になるのでしょう」
微笑みすら混じえて父親に訊く。
父親である彼は黙ってその表情の変化を見ていた。黙って。何も言わない。沈黙のまま、しわも深くなった手で眼鏡を外す。そして言う。
「富凪のイリだ」
「富凪……イリ………」
「そうだ。やっと富凪の家とつながる」
彼はユアをじっと見つめて、彼は言い聞かすようにつぶやいた。




