第17話 願う
前話から3ヶ月強、更新せず申し訳ありませんでした。
とりあえず、17話が仕上がったので載せます。
自分勝手な作者ですみませんorz
あららぎ
第17話 わらう
「はよ」
にっこりと微笑みながら、キリュはイリに手をあげる。とても珍しい無邪気な笑顔に策略を感じ、イリの顔が目に見えて歪んでキリュを睨みつけた。
富凪家の門の前。
「……何しに来たんだよ」
イリは苛立ちを溜め息に込めて吐き出す。
昨日お互いを殴りあった頬は、ふたりとも見事に目立たなくなっていた。それを見て、キリュがユアから城左賀のあの薬を貰ったことに気付き、イリはますますキリュに向ける目の色を深めてた。混じるは剣呑な色。
「なに、こんなことにも嫉妬するの?」
それに気付いてキリュはからかうように笑う。
イリは腹を立ててることには立ててるのだが、文句を言うにも言い難い。キリュが相手だと言葉尻をとられる可能性は大。やぶへびなんて御免だった。
「こころ優しいことを責めるのもどうかと思うよ?」
イリが最高に不機嫌になったことに満足した様子で、けれどそ知らぬふりで、早く行こうと促がした。
「何しに来たんだよ」
さっき問いて、答えを得られなかった質問をもう一度繰り返した。
上級学校までの男道は、時間帯のせいかなかなか人通りも多かった。
「ここではちょっと」
キリュはそう言って淡く微笑する。
つまり、人に聞かれたくない話をいうわけか。
イリはふんと鼻を鳴らした。
ふたりはそれ以上話をせずに、学校までの道を早足で歩いた。
「じゃあ、改めて昨日はごめん」
殊勝げに謝りながらも、下げる頭はほんのちょっとだ。
そこは教室で、イリとキリュのふたりだけだった。
この時間は普通に授業があるふたりだが、自主的に休んでいた。
「ユアから訊いたからかもだけど、別にキスはしてないからね? キスしてると思われるような体勢を研究して、実行しただけだから」
「は、あ?」
飄々と弁明するキリュに思わず毒気を抜かれる。
『研究、実行』って……アホか。
「今回のことは、僕とキリアが計画した。君らをちゃんと恋人同士にしてあげようってね。何でかわかる?」
机に座ってすっかり寛ぎながら、眼鏡の奥に策士の様子を滲ませて、イリに問う。
「……同情じゃないことは確かだろ」
イリはそれに吐き捨てるようにして答えた。
「うん。自分の気持ちも素直に出せない自業自得の君に同情する僕じゃないよ。キリアはそれもあったみたいだけど。生憎、僕はキリアみたいに優しくない。無論、策略なんだよ」
キリュの言葉には棘があった。確かに、イリは愚かだった。本当はこころだって求めているのにどうすることもできなくて、身体だけは一丁前に求めていた愚者なのだ。そう、それはイリにだって分かっている。キリュがそれを鼻で笑って責めるのも最もだった。
「で、その策略ですけれど、イリは自分が僕から求められることを拒否できるわけがないっていうことは分かっているよね?」
キリュの目が意地悪く光った。
イリの沈黙を肯定と受け取って話を進める。
「僕らが欲しかったのは図戯家の当主さまによる絶大な信頼。当主さまを見方につけて得られる自由。その為に、僕らには城左賀家と富凪家の、ひいてはその貴い血をひくユアとイリの後ろ盾が欲しかった。僕らの時代にまだまだ城左賀と富凪は健在だろうからね」
「何の為に……?」
壮大な話だった。家に縛られるのが自分たちの運命なのに、あろうことかキリュとキリアはその家から自由を得ようとしているのだ。イリはそんなこと思いついたことだってない。その必要すらなかった。ユアだって考えたことがないだろう。自由なんて。自分の好きにできることなんて、ほんの僅かなのだ。
「何の為に」
キリュがイリの質問を繰り返した。物怖じしないで真っ直ぐ視線を合わせてくるイリに満足を覚え、機嫌よく笑う。
「失望しないでよね。僕は一応君を親友だと思ってるから。いくら女ひとり思い通りに手に入れられない間抜けな君でも、僕は親友だと思っているのだから」
その声はどこか悲痛だった。
皮肉に覆い被さられているが、どこか痛々しい。
なんでか、なんて、分からない。
「俺だって、いくらムカついてもお前を親友だと思っているさ。どれだけの付き合いかなんて忘れたが、年月は裏切らない」
イリの仏頂面を見てキリュは小さく笑った。ああ、なんてこいつは不器用なんだろう。昔から、ずっと。これだからうまく恋愛できないんだよと、こころの中で皮肉る。
「僕はね、」
言葉は、案外するりと渇いた口から出てくれた。
「僕はね、嫁を取りたくないんだ。キリアも、婿を取りたくない。僕とキリアがいっしょにいられること。それが僕らの目的」