第16話 いつからかの決断
第16話 もうひとつ
縁側の引き戸を、こつこつと叩く音がした。
キリアはすぐにそれが意味することに気づいて、慌てて部屋の中を見回し、誰もいないことを確認してほっとすると、そっと鍵を外して引き戸を横に流した。
城左賀に行っていたキリュの姿が現れる。
「キリュ、おかえり」
「ああ。ただいま、キリア」
キリュはキリアに笑って応えた、が、イリに殴られた頬が痛みを発しすぐに眉を顰める。
「――ったいなぁ、もう。キリア、無表情でも気にしないでね?」
「わかった。痛む?」
キリアはキリュの冗談にくすっと笑ったが、すぐに心配そうに訊ねた。
「ああ。うん。イリのやつ、思いっきり殴ってくれてね。でも、ほら」
そう言ってキリュは手の中の小瓶を見せびらかすように親指と人さし指で摘むと左右に振った。それはユアに頼まれた侍女が大きな甕にたっぷり入っていた薬を、キリュの為に小さな瓶につめたものだった。
「噂の薬、もらったよ。ユアから」
「これが、」
キリアが興味深そうに手をのばしたので、キリュはキリアに薬を譲った。
「城左賀の秘薬は思わぬ収穫だったな」
キリュが満足そうに笑う。
「あ、れ? アンズのにおいがする」
小瓶の蓋を開けるとふわりと薫るにおいにキリアが瞬いた。
「ああ、アンズも材料みたいだよ。口堅くてあんまり教えてもらえなかったけど」
なにしろ、秘薬。城左賀の門外不出の品だった。
「おっと」
キリュが突然声を上げ、それから、すこしもったいぶって発表する。
「忘れてた。計画どおり、うまくいったよ」
その言葉に、キリアの表情がパァッと輝く。大人びた彼女には珍しいほど、無邪気な。
「ほら、キリア。僕は約束を果たしたよ」
キリュは悪戯っぽく口の端をちょっとだけ上げると、子どものようにせがんだ。
「うん。約束どおり……」
キリアはキリュに近寄り、ぴったり触れ合う。
イリに殴られた頬とは反対の頬に手を置いて、キリュが目を閉じて、キリアはそっと顔を落としていった。
唇が重なる。
重ねたまま、キリュの眼鏡を外して、側のテーブルに置いた。
「……………」
ときどきキリュに応える。
何度目だろうと考える。
このキスは、何度目?
これはたぶん(安っぽい言葉でいうのなら)禁忌だろう。
この国では、兄妹同士が関係をもつことを許していない。
なら、お互いを求めて止まない者たちは、どうしたらいい?
行動しなければならなかった。
さいわい、ふたりは賢くて、方法を見つけたのだ。
これで、ふたりの邪魔をする者はいないだろう。
キリュはキリアを女と見て、キリアはキリュを男と見た。あるべき兄妹ではなく。
ふたりはなかなか賢くて、けれど我慢する能力はあまり持ち合わせていなかった。
つまり、忘れようとは思わなかったのだ。
罪といわれても、ふたりは欲しいものを手に入れた。
目をつぶって、感覚だけで彷徨う。
このキスは、何度目?
初めてお互いの唇を重ねたとき感じた罪の意識は今も健在で、それでもあのときほど揺れてはいない。
それはやっぱり決めたからだ。
覚悟した。
罪と罵られたって、キリュといると。